またもや副長を託される
「ええ、そうですね。また会えますよ」
さきほどのかれの問いに、そう答えるのが精一杯だ。
いまの斎藤に、いつものようなさわやかな笑みはない。かれは、おれの言葉に泣きっ面を上下させた。
「副長のことを頼む」
それから、指先で目尻の涙を拭ってからいった。
それは、永倉や原田にいわれたことと、まったくおなじ言葉である。
当然のことながら、斎藤も副長の未来をしっている。
副長が、いつ頃、どこで死ぬのかということをである。
かれらは、副長とは試衛館時代からともに過ごしてきた間柄である。
そのおなじ時代からすごしてきた近藤局長と井上を、すでに喪っている。
これ以上喪いたくない。土方歳三も生き残ってほしい。
かれらがそう切に願うのは、あたりまえすぎるであろう。
「主計。おまえのお蔭で、すくなくとも総司と平助は死なずにすんだ。左之さんもだ。だったら、副長も……」
かれは、不意に口をつぐんだ。つづきはきかなくってもわかっている。十二分によめている。
「頼めるか?」
さきをつづけぬまま、かれはおれたちをみまわした。
おれたちは、同時にうなずいた。
「だからと申して、たまが身代わりになるのも困る」
かれは、俊春をみつめた。
これもまた、永倉と原田の願いでもある。それから、近藤局長のそれでもあるはずだ。
斎藤がいいきっかけをつくってくれた。
それに便乗しない手はない。
ずっとおれたちの間でささやかれているのが、「俊冬影武者説」である。以前もそのことで俊春を問い詰めたことがある。っていうか、責めたことがあった。
ちなみに、『おれたち』というのは、永倉と原田と斎藤、そしておれである。
じつは、副長もしっているのである。俊冬が、自分の身代わりになろうとうしているということを。
とはいえ、まさか副長のまえで「影武者なんて馬鹿なことはやめろ」とか、「身代わりなんてやったところで無意味だ」とか、「スルーしておけばいいんだ。なにもわざわざ自分が撃たれる必要などない」とか、いえるわけがない。
おおっと、いまのはなにもおれの本心ではない。俊冬を説得するのなら、たいていはこんな感じのことをいうのではなかろうか、という推測である。
くどいようだが、いまのはおれの気持ちではない。
というわけで、副長のまえでそんなことをいえば、副長本人に「予定通り死んじゃってください」っていっているようなものである。そうとらえられても仕方がない。
たとえ副長に死ぬ覚悟ができていたり、本人がそう望んでいるのだとしても、眼前でそんなふうなシーンが展開されたとすれば、気持ちがいいわけがない。
しかしながら、可愛げのない天邪鬼な副長のことである。
『そこまでいわれて死んでやるものか。意地でも生き残ってやる』
って、意地をはるだろうか。
なるほど……。それはそれで、いい策かもしれない。
それは兎も角、そんな副長に外見だけでなく性格も似ている俊冬のことである。こちらが「やめろ」とか「死ぬな」って説得しまくったら、かえって逆効果になるかもしれない。
副長もたが、俊冬もけっこう意地っ張りなところがあるからだ。
「主計、主計。ときがない。わたしの褌で相撲をとるつもりなら、はやくやってくれ」
妄想、もとい必死に考え中のところを、斎藤に邪魔されてしまった。
「斎藤先生も永倉先生も原田先生も、あっもちろん島田先生も、それからおれも、みんなが心配している。なにもたまが死ぬことなんてないんだ。副長の頸が行方不明だっていうことは、きみらもしっているよな?」
俊春のまえに立って尋ねた。まだタメ口をきくのになれてはいないが、これもじょじょに慣れてくるだろう。
かれは、かっこかわいい相貌にはっとするほど悲し気な表情を浮かべた。
くううううっ……。
二歳どころかずっと年少に思えるほど子どもっぽいかれのまえだと、まるでマウンティングをとっているみたいだ。
ってか、俊春ってこんなにかわいかったっけ?
いや、もともとかわいいが、よりいっそうかわいく感じ……。
な、なにをいっているんだ、おれ?なんて瞳でかれをみているんだ?同性だぞ?
「主計っ!いいかげんにせぬか。おぬし、暗示にかけられていることに気がついていないのか?」
またしても斎藤である。
そのアテンションで、自分が俊春に暗示にかけられていることに気がついた。
ってか、俊春はいまのあざとい系の表情だけで、おれに暗示をかけたというのか?
「きみ、面白いくらいに暗示にかかるんだもの。つい、かけちゃった」
「あのなぁ……」
テヘペロする俊春に、つっかかってしまった。
ってか、暗示ってそんなに軽いノリでかけていいものなのか?
これって暗示ハラスメント、略してアンハラにあたりやしないのか?




