斎藤に呼びだされる
そして、「馬フェチ」の安富である。こちらは、連れてゆく馬を厳選し、飼い葉の手配も余念なくおこなったようだ。
ってか、馬車をひく「梅ちゃん」と「竹殿」だけでなく、騎馬が五頭も増えてしまった。
このあと若松城は籠城戦になるし、これが最後の抵抗であると、会津藩の首脳陣も予測、っていうかわかっている。
籠城戦に騎馬は必要ない。たとえ城外に討ってでたとしても、銃砲撃の的になるのがオチである。
まとまった頭数は必要ないというわけであろう。
そして、俊春が懸念していることを安富に告げた。
籠城戦が長引くというよりまえに、若松城内はすでに糧食が枯渇しかけている。本格的に籠城戦になれば、喰いものがすぐにでもなくなることは火をみるよりもあきらかである。
喰うものがなければ、人間はどうするだろうか……。
安富がその懸念を告げられたとき、かれは狂ったようになった。
「馬フェチ」のかれのことである。
『愛しいお馬さんたちが喰われるかもしれない』
安富はそのときの想像をすると、いてもたってもいられなくなった。おれたちの制止などきく耳ももたず、阻止をもはじき返しはね飛ばした。かれは、半狂乱状態で若松城の城代のもとに駆けていってしまったのである。
安富をそんな状態にした俊春は責任を感じ、すぐに桑名少将にフォローを頼みにいった。それから、桑名少将と二人で城代に頼み込んだ。
その甲斐あってか、馬車馬の二頭に加えて五頭をゲットすることに成功した。
だが、それでもなお馬たちは残っている。
『こっそり城外に逃がしてしまおう』
安富のとんでもないつぶやきである。炎上するまえに、俊春とおれとで全力で阻止しなければならなかった。
馬は、たとえ戦いそのものにはつかわずとも、伝令につかうことはある。それから、戦場や城内から逃げだすときにも必要かもしれないのである。
そんな一幕もあり、新撰組は出立の準備を整えたわけである。
桑名少将と桑名藩士たち、それから松本も準備ができている。
騎馬には、桑名少将と桑名藩士たちに乗ってもらうことにした。松本は、馬車に乗る。
あとすこし時間がある。白虎隊の隊士たちが見送りにきてくれていて、市村と田村と相棒を囲んで別れを惜しんでいる。
それを眺めていると、斎藤が目線で呼びだしてきた。
『ちょっと校舎の裏へこいや』
そんな険悪な目線である。
呼びだされたのはおれだけではない。島田と俊春の二人もである。
みんなに背を向けてあるきだすまえ、相棒がこちらをみつめていることに気がついた。
正体を明かしてからも、相棒の俊春べったりはかわらない。が、塩対応はなくなった、気がする。
相棒は、おれよりも俊春のことが心配らしい。
そのことは置いといて、大手門のちかくに樹が幾本かあったらしい。が、この戦のためにきられてしまったという。残念ながら、おれの知識では切り株をみただけではなんの樹だったかを判別することはできない。
それらの樹は、もしかすると若松城のもとになる蘆名氏の館があった時分からそこにたっていたのかもしれない。
危急の際にはなんでも利用するのが戦の常である。伐採されてなにかにつかわれたとしても、仕方のないことなのかもしれない。
実に残念なことである。
斎藤は、その幾つかの樹の切り株のちかくまでくると、こちらをふりかえった。
「世話になった」
かれがその一言を発しただけで、島田がぐずぐずと鼻をすすり上げて泣きはじめた。
まぁおれも、じわりとこみあげてきているから、他人のことはいえなのだが。
「しばしの別れ、だな」
斎藤も涙声になっている。
やはり、かれも別れたくないのである。
昨日、副長と俊冬が仙台に発ってから、かれはひかえめにいってもロス感に苛まれ、どんよりとしたオーラをまとっていた。
ちかづくのがはばかられるほど、『おれはさみしんだ』という感情が体中からまきちらされていた。
しかし、さすがに一夜経つと、かれも手下たちのことに思いいたったらしい。今朝は、じゃっかんながらも立ち直っているように見受けられる。
とはいえ、やせ我慢であることをひしひしと感じられるのであるが。
「生き残れる。ゆえに、また会える。そうであろう?」
かれは、おれをみながら尋ねた。
かれ自身、おそらくは会えることはないであろうとわかっている。にもかかわらず、そうきいてきたのである。
おれに気を遣っている。ということもまた、ひしひしと感じる。
おれがいまだに、かれを史実に従わせていることに責を負っていることを、かれはしっているから……。
「ぐううううう」
島田の号泣は、すでに頂点にたっしている。おれも、双眸から落ちる涙をとどめることができない。
『泣き虫わんこ』の俊春も、めっちゃ涙を流している。もはや、それを隠そうともしていない。




