土方と主計
「相馬か・・・。で、あの犬は兼定っていうんだな?」
土方歳三は障子に視線を向けていった。
「昨夜のこと、礼をいっておく。ところで、昨夜のことだがな・・・。新撰組の連中には襲われたってことはいってあるが、だれに、ということについてはいってねぇ。ゆえにおめぇにもそれを通してほしいんだ」
「ちょっと待ってください。おれにもだれだかわからなかったですよ」
おれは怒鳴っていた。状況がまったくわからない上にどんどん増えてゆく謎で混乱しまくっている。
「それに、おれは過剰防衛してしまった・・・。始末書ものですよ」
土方は笑った。陰湿な笑い方だと思った。
「防衛?新撰組で防衛などしてみろ、切腹もんだ」
「「局中法度」ですよね?」
おれはおもわずいっていた。新撰組の非情なる掟。それは目の前にいる土方自身が作ったものだ。
おれは、土方をあらためてみた。間違いない、髪こそ長いがよく眺めたモノクロ写真そのものだ。
土方歳三がおれの前にいる。だとしたら、おれは?おれはよく小説や漫画にあるタイムスリップとかタイムトラベルとかしているわけか?相棒と一緒に?もしかすると転生、とかもありかも・・・。いや、普通転生は死んでからか?
やけ気味に、ありえないいろんなことが脳裏をよぎってしまう。
「ほう、よく知ってるな?なに者だ、おめぇ?」
「あなたの方がご存知なのでは?昨夜、おれをみて「とのも」って叫びましたよね、土方さん?相棒のことも知っているようだし、相棒もあなたのことを知っているようだ」
奇妙な間・・・。土方は陰湿な笑い声を上げた。
「馬鹿いってんじゃねぇよ、「とのも」だと?おれにそんな知り合いはいねぇ」
どこか嘘っぽかった。警官としての勘が、土方はなにかを隠していると告げた。
「まあいい・・・。兎に角、昨夜の相手のことは知らねぇで通してくれ」
それをききながら、おれにもようやく昨夜のことを思い返す余裕ができていた。
鹿児島弁に示現流に「兼定」。そう、おれは昨夜のあの小男のことも写真でみていた。
土方歳三とはまた違う意味で、その生き様に共感し尊敬していた男だ。
「人斬り半次郎」こと中村半次郎。後の桐野利秋だ。
おれは昨夜、幕末に迷い込んで土方歳三に会ったばかりか「幕末四大人斬り」の筆頭「人斬り半次郎」と刃を交えてしまった。
よく生きているものだ。そう結論付けると途端に悪寒がした。吐き気までしてきた。
「土方さん、入るぞ」
そのとき、障子の向こうに人の気配がしたのと同時に声が掛けられた。
「いいな、これは頼みじゃねぇ強制だ。それを忘れるなよ、相馬?」
土方はおれの耳に唇を近づけて囁いた。
おれの背筋をさらなる悪寒が走った。