悠久の誓い(三)
王城を後にした俺たち。
その足でエイアブさんの店を訪ねたが、もちろんそこにエイアブさん本人はいない。
依然として巡業真っ最中なのだろう。
その代わりとして、俺たちを出迎えてくれたのは同じ商会のメンバーであるマイヨルさん。
混じり気のない白髪から判断するにそれなりの年齢だろうが、見るからに鍛えているであろうガッチリとした身体つきはその年齢を感じさせない。
しかも驚いたことに、マイヨルさんはエイアブさんの父親なんだと言う。
「いや〜うちの息子が世話になってるようで」
「こちらこそ」
マイヨルさんはすでに家督をエイアブさんに譲り、自分は自由気ままな余生を送っているらしい。
今はエイアブさんの代わりに店番をしているようだが。
「立ち話もなんだ。どうぞ奥へ入ってくれ」
軽い世間話をしつつ店の奥に通された後、俺はここに来た理由を話した。
つまり最高級の金剛石を探しているということだ。
念のためシルヴィーの名前や婚約指輪についての話は出していない。
俺がシルヴィーと婚約したということが知られると話がややこしくなると思ったからだ。
「・・・金剛石、それも最高級のやつをねぇ。これまたどうして」
やはりマイヨルさんは怪訝そうな表情を浮かべる。
俺としては出来るだけ詮索されないような答え方をしなくてはならない。
「最高級の金剛石は市場に出回らないほどの価値を持つと聞いたんだがそれは正しいんだろうか」
「まあその通りだよ。最高級品は私も見たことがないからね。一体どこから来てどこへ行くのかさっぱりだよ」
マイヨルさんはお手上げといった具合だ。
そもそもこの商会は『聖遺物』を主に取り扱っているのだから金剛石についての情報はさほど多くないのかもしれない。
「剣夜殿と言ったかな。お前さんがうちのためを思って言い出してくれたの嬉しいんだが、私たちではちと門外漢になってしまう。だから申し訳ないんだが・・・」
「情報は本当に一つもないのか?」
俺はマイヨルさんが言い終えるよりも前にそう切り出した。
いくらこの商会が『聖遺物』を主に扱っているからといって、金剛石の情報が一つもないというのは少し違和感がある。
どちらも同じ鉱物なのだから偶然出くわすということも有りうるだろう。
「全くないという訳ではないが・・・ほとんど確証がない。噂程度の話で鉱脈を掘ろうとするのはあまりにも採算が合わないと思うんだが・・・」
「それでも構わない」
「・・・」
マイヨルさんは俺の即断ぶりに面食らってしまったのだろう。
しばらく黙り込んだまま机のある一点だけを見つめていた。
俺としてはできるだけ早く金剛石を手に入れないといけない。
だから噂であろうとなんであろうと、まずはそれに従って行動する。
マイヨルさんが心配しているのはおそらく鉱脈を掘るに当たってかかる諸経費のことだろう。
俺もエイアブさんの商会で雇われている身。
俺が何かしらの事業を行おうとすれば、エイアブさんがそれに必要なお金を出すことになる。
よってお金を出すに値するだけの利益が見込めるのかということを判断しなくてはならないのだ。
だがしかし、そういったことはあまり俺には関係がない。
移動も鉱石掘りも全て魔法でやる訳だから実質必要経費はゼロ。
実際に鉱物を削り出したり、加工したりするのにはそれなりの人手が必要になるだろうが物が出てしまえばエイアブさんも納得するだろう。
「そう言えばエイアブの奴が言っていたな。お前さんは仕事初日でいきなり『聖遺物』を掘り当てたそうじゃないか」
「ええ」
「なら、その腕を見込んで試してみる価値はあるのかもしれんな・・・」
そう言ってマイヨルさんは立ち上がり、机の引き出しから一枚の紙を取り出した。
メモ用紙程度の大きさしかない紙はかなり変色が進んでいる。相当昔のものなのだろう。
「これは私が若い頃、何十年も前に噂された情報だ。とある場所で最高級の金剛石らしきものが見つかったらしい。それを聞きつけたいくつもの商会が噂の場所へと赴いたのだが・・・帰ってきた者は一人としていなかったそうだ」
「その金剛石が見つかった場所というのは」
「それが・・・はっきりとした事は何もわからないのだ。ある者に聞けば北方だと言い、ある者に聞けば南方だと言う。又は西だと言う者もいれば東だと言う者もいる。どうしてか情報があまりにも錯綜としていていつの日か噂は嘘であったと言われるようになったのだ」
「なら情報は何も・・・」
「いや、一つだけ信憑性の高い情報がある」
マイヨルさんが先ほどと違って力強くそう言った。
「その金剛石が見つかった場所には何匹もの魔物が住んでいると言われていた」
「魔物?」
「ああ。一種の生物だとは思うのだが、話によると、大きさや形はまちまちであったが、共通点として全身が驚くほど真っ黒らしい。まさにお前さんが今着ているコートのように」
魔物・・・真っ黒・・・
その二つの言葉を聞いた時、俺の脳内で何かが繋がった。
確認の意を込めて赤姫の方をチラッと見てみたが、赤姫はなんのことかさっぱりといった具合にポカンとしていた。
まったく・・・
「今でもその魔物が巣食っているかどうかは分からないが、お前さんほどの強力な魔法使いなら見つけ出して退治することもできるのではないか?無論かなりの無理難題だとは思うが・・・」
マイヨルさんの言う通り、全身が黒い生物のいる場所という情報だけで探索するのはあまりにも骨が折れる。
ただ、それは何のアテもない場合だ。
幸と言うべきか不幸と言うべきか、俺たちにはそのアテについて大きな心当たりがある。
俺としても赤姫としてもあまり思い出したくないような記憶だが、否が応でも思い出してしまう。
全身が真っ黒い魔物・・・すなわちあの魔獣についてのことを。
「少し試してみたいことができたので、この件については俺に任せてくれ」
「本当か!?だがどうやって・・・」
「それは一通りのことが分かってから報告しようと思う」
「そうか・・・」
マイヨルさんはあまり納得している雰囲気ではないが、現状俺の口からは何とも言えない。
確信もなければ確証もないのだから。
目当ての金剛石を見つけるまでは変な期待をさせないでおこう。
「まあエイアブが信頼するのだ。私もお前さんに任せてみるとしよう。何か分かったら教えてくれ」
そして俺たちはエイアブさんの店を後にした。
時刻は夕方を過ぎた頃。空が暗くなり始めている。
さすがに今から探しに行くのは難しそうということで、俺たちはとりあえず家に戻った。
帰って早々シルヴィーとリーニアにどこへ行っていたのかなどと詰問されたが、俺は散歩をしていただけだというあまりにも見え見えの嘘をつきつつ自分の部屋に退避した。
二人に対して嘘をつくというのは結構心にくるものだがもう少しの辛抱だ。
そして夕食ができるまでの間、俺はちょっとした会議を催すことにした。
会場は俺の部屋。参加者は俺、赤姫、白丸、ラパティア。
議題は明日の作戦についてだ。
「さて、明日のことについて今ここで話し合って置こうと思う」
「どうしたんじゃ急に」
「赤姫はさっきの話を聞いてなんとも思わなかったのか?」
「さっきの話?何の話をしておったかのう・・・?」
赤姫は少しも悪びれる様子なく首を傾げた。
まさか話すら聞いてなかったのか。
それともこいつが鳥頭なのか・・・
「この人が婚約するって話でしょ。しかも二人と。この女たらし」
「俺は別にそんな軽い気持ちで婚約するわけじゃないからな」
「近づかないで変態」
ラパティアはまるで虫を見るような目をしながら俺との距離をとっていく。
何がそんなに気に入らないのだろう。
シルヴィーによればこの世界では複数の人と婚約することはさほど珍しくないはずなんだが・・・
かといって今の俺ではラパティアに対して強くは言いにくい。
とりあえずそっとして置こう。
「話を戻すが明日の話だ。俺はもう一度この場所に行ってみようと思う」
俺は床に広げた地図のある一点を指し示した。
サマルティス王国に隣接するオーヴェルネ皇国。
その南東部に広がるジャングル地帯。
『聖遺物』が豊富に埋蔵されている一方で危険な生物が多く生息するため人の立ち入りが少ない場所。
俺も過去に二度訪れたわけだがそのどちらでも思わしい結果は得られていない。
特に二度目の時は予想をはるかに超えた伏兵に出くわしてしまったからだ。
ティラノサウルスによく似た巨大生物。
もちろん本物のティラノサウルスを見たことがあるわけじゃないが、あんな生き物が地球に存在していたとはどうしても思えない。
鋼鉄よりも硬いと思われる鱗。至る所から生えでた鋭利なトゲ。
そして何よりも特徴的なのは全身を塗りつぶす漆黒。
あの黒さがまさしく魔獣としての特徴を如実に表していたのだ。
「あの魔獣と再び戦うということですか剣夜殿?」
「いや、今回の目的はあくまで金剛石があるかどうかを確かめることだ。だから戦わなくて済むのなら戦うつもりは・・・」
「リベンジじゃな」
「・・・そう言うと思ったよ」
赤姫の目はやる気に満ち満ちていた。
俺としては無益な争いは避けたいところなのだが、赤姫がそう簡単に引き下がるとは思えない。
だからこその作戦会議なのだ。
「分かった。ただし俺も手伝うからだ」
「剣夜は儂を信用しとらんのか」
「前回の様を見せられて信用するのは難しいだろう」
赤姫が自信満々に放った攻撃が一切通用していなかったのだから。
「なんじゃい!儂じゃってこんな姿でなければあんな木偶の坊など一瞬で消し炭にしてやることもできたんじゃ!」
「まあ落ち着け。できないことを嘆いても仕方ないだろ。今回は俺たちが手伝うので我慢してくれ」
「むぅ〜」
赤姫は頬を膨らませるだけでそれ以上は文句を言ってこなかった。
昔の赤姫だったらもっと駄々をこねただろうが、これも成長したということなのだろう。
「俺たちがって、もしかして私も何かするの?」
「ラパティアは・・・そもそも何ができるんだ?」
「知らない」
聖霊は本来聖獣と同様に聖剣などの神器に宿る代わりに持ち主になんらかの力を与える。
白丸の場合は吹雪を自在に操る。
アロガーザと名乗っていた『天国領』の住人の場合は大量の聖霊を使って聖剣を強化していた。
となると聖霊となったラパティアにも何かしらの能力があると思うんだが、本人が分からないなんてことがあるのだろうか。
「白丸はどう思う?」
「普通なら自分の能力は自分が一番よく分かっていると思うのですが」
「私知らない」
「本当か?」
「ふん」
ラパティアは逃げるようにして聖剣の中へ戻ってしまった。
あの様子だと何か知っているような気がするんだが、無理強いはできない。
とりあえず今回はラパティア抜きで作戦を考えることにしよう。
「それじゃあ早速明日の作戦を考えるぞ」
「わかりました」
「儂が一番じゃからな」
・・・一体何の一番だ。リレーの順番決めでもあるまいし。
なんだか赤姫に作戦なんてものが理解できるか心配になってきた・・・




