悠久の誓い(一)
「・・・お上手ですね。本当、初めてとは思えません」
きっとナターリャさんの教え方がうまいんだろうが・・・俺もなんだか初めてじゃないような気がする。
もしかしたら地球にいた頃に経験したことがあるのかもしれない。
記憶はなくても身体が覚えているものなのだろう。
「ですが、剣夜様は少し消極的ですね。そこはもう少し激しく動いても構いませんよ」
なるほど。
「そうです。とてもいいと思います」
これはかなり体力を使う。
思っていたよりもずっとハードだ。
「大事なのは、殿方が積極的に動き、相手の女性が全身を委ねられるような安心感を与えることなのです」
理屈では分かってもなかなかうまくいかない。
まだまだ練習が必要そうだ。
「ですが、この調子でしたらシルヴィー様がお相手でも問題ないと思います」
「それはよかった」
「・・・では、この辺りで一旦休憩としましょう」
そう言うナターリャさんはそこまで疲れているようには見えない。
鍛えてるとは言っていたが、拙い俺の動きに合わせて動いていたのだから俺以上に疲れてもいいはずだ。
にも関わらずこうして平然としているのだから本当に頭が下がる。
あれから三日間。
俺は毎日王城に通い、ナターリャさんの手ほどきを受けている。
この事はシルヴィーたちには言っていない。
ナターリャさんにも口止めしてもらっている。
別段隠さなければならないことでもないが、期待をさせたくないのだ。
だからシルヴィーが相手でも恥ずかしくないくらい上達した後で報告しようと思う。
ただ、本番までに間に合えばいいのだが・・・
「剣夜も飽きずにようやるのう。そんなに面白いことなのか?」
「赤姫もやるか?」
俺が椅子に腰掛けると、部屋の隅でおとなしく俺たちの様子を見ていた赤姫が近づいてきた。
別にわざわざついてこなくてもいいと言ったのだが、他にすることがないということらしい。
それを聞いて、なんだか悪いような気がした。
俺の本分は赤姫に様々な経験をさせてやることだというのに、構ってやれなくて本当に申し訳ない。
せめて白丸でも連れてどこかへ行ってきたらいいんじゃないかと提案したんだが、「たわけ!」と言って逆に怒られた。
領主と領民はいつも一緒にいないといけないから、らしい。
以前だって別々に行動した事はあるだろうに・・・よく分からん。
それでも、赤姫を一人でほっぽり出すのも無責任だろうし、本人が文句を言わないのであればよしということにしておいた。
「そう言われても、あれはそもそも何をしておるんじゃ?」
「何って・・・見ればわかるだろ」
「儂に分かるのは・・・男と女が手を取り合って交わっている、ということくらいかのう」
・・・なんだかその言い方には語弊がないか?
交わってると言っても正確には「社交」の方だからな。
「赤姫も実際にやってみればわかるんじゃないか」
「ふむ。悪くはないが、今の儂では難しいのではないか?」
そう言って、赤姫はわずかに視線を落とした。
おそらく身体のことについて言ってるのだろう。
確かに今の赤姫の身体は10歳くらいで、俺の相手をするには幾分か幼い。
「そうだな。なら、いつか赤姫が元に戻った時にでもやるか」
「それは良いのう。それと、初めての場所は我が領地にするとなおよい」
「それは・・・考えておくよ」
・・・さすがにあそこでは無理だと思う。そもそも地面がない。
飛ぶことができる赤姫にとっては関係ないのかもしれないが、俺には大アリだ。
魔法でなんとかしようと思っても、あんな何も無いような空間じゃ『テクトニズム』だって使えないだろう。
赤姫が飛び方を教えてくれれば万事解決なんだが・・・まあ、他にも色々試してみるか。
「ではそろそろ練習を再開いたしましょう。ただ、私から教えられることはもう何もないかもしれませんが」
「そんなことは・・・」
「いえ。これは事実なんです。私は一介のメイドにすぎませんので。今日まで基本的なことは教えてきましたが、これ以上の実践的な部分については教えることできないというのが本音なのです」
ナターリャさんはそう言うが、俺からしたら基本的なことを教えてくれただけでもありがたいことなのだ。
この三日間がなければ、ナターリャさんの教えが無ければ、俺は確実にシルヴィーと踊ろうとは思わなかっただろう。
確かに実践的な練習もしたくないわけではない。
だが、後のことは人事を尽くして天命を待つのみ。
短い期間の中、できる限りのことはしたと思う。
「本当に申し訳ございません。せっかくの剣夜様とシルヴィー様の初の晴れ舞台となる舞踏会ですのに・・・」
「ナターリャさんがそこまで思い詰める必要は・・・」
「面白そうなことをしてらっしゃるんですね」
・・・それはあまりにも唐突だった。
一体いつからいたのだろう。
俺や赤姫は気配に敏感なつもりなのだが、それでも全く気づかなかった。
純白の・・・汚れの一切ない輝くようなドレスを着ているにも関わらずだ。
彼女は忍者か何かなのだろうか。
「・・・スーフィール様がどうしてこちらに」
「特に用事があるわけではないのですが、剣夜さんがお見えになっているというのを小耳に挟みまして挨拶でもと思っただけです」
スーフィールさんの目は相変わらず開いているのか閉じているのか判然としない。
だからこそ彼女の真意というものが読み取りづらい。
別に彼女が腹黒いことを考えているとまでは思わないが、それでも何かしらの意図があるように思える。
というのも、俺たちがいるこの部屋は王城の中でもスーフィールさんやシルヴィーの部屋から遠い場所にある。偶然出くわすということを避けての処置だ。
そんな場所に理由もなく来るというのはいささかおかしいような気がしてしまう。つまりはそういうことだ。
「お二人はここで何をなさっているのですか?」
「私が剣夜様に舞踏会での踊りをお教えしていたところなんです」
「なるほど。剣夜さんも舞踏会に参加するのですか。それはとても楽しみですね。相手はもう決まっているのでしょうけど」
そう言って、スーフィールさんは口元を手で隠した。
これはからかわれているのだろうか・・・
どうもこの人の相手は少し苦手だ。
「ところで、踊りの練習をするのであれば私が相手をいたしましょうか?」
「えっ」
どういうつもりなのだろう。
スーフィールさんはこれでも第一王女。しかも現在、婚約者を探している最中と聞く。
こんな場所で俺なんかと踊ってもいいのだろうか。
「それは確かに良いお考えだと思います。スーフィール様は舞踏会で何度も踊られた経験がおありですし、それにかなりの腕前です。私よりもずっと良い練習相手になるでしょう・・・ですが、よろしいのですか?」
やはりナターリャさんもおかしいと思っているようだ。
たかが一回踊ったくらいで喚き立てるのもどうかと思うが、王族には王族の体面というものがあるだろう。
それに、もし変な噂がたてばスーフィールさんの名に傷がついてしまう。
俺としては相手をして欲しいという気持ちもあるが、やはりここはやめておくべきだろう・・・そう思っていたのだが、
「ええ、もちろん。剣夜さん、一曲よろしくお願いします」
スーフィールさんはあっさりと決めてしまった。
本人がそう言ってしまった以上俺が文句を言えた立場ではない。
「・・・こちらこそ」
そして俺はスーフィールさんと踊ることになった。
もちろん音楽はない。あくまで練習だ。
しかし、スーフィールさんの立ち居振る舞いは真剣そのものだった。
さも実際の舞踏会にいるような、そんな感覚を味わうのだ。
これは心してかからねば・・・
俺はそう決意してスーフィールさんの手をとった。
そして、しばらく踊り続けているとお互いのくせや呼吸がわかるようになり、余裕が生まれてくる。
するとスーフィールさんが話しかけて来るようになったのだが・・・
「それにしてもあの子はいないのですか?剣夜さんの側からは絶対に離れないのかと思っていましたが」
「それは・・・」
「もしかして、密会なんですか?」
・・・間違ってはいないが、間違っていると言いたい。
そんな言い方をすればあらぬ誤解を生んでしまいそうだ。
もしそのことがシルヴィーやリーニアの耳にでも入ったら大事だろう。
「あの子には黙っていて方がいいのでしょうか」
スーフィールさんはただ優しく微笑んでいるだけだ。
なのに・・・怖い。
何をされたわけでも、何を言われたわけでもないのに、妙な緊張感を味わう。
俺はとんでもない人に弱みを握られてしまったのだろうか。
弱みといっても俺は何も悪いことなんてしてないはずなんだが・・・
「剣夜さんがナターリャさんと、もしくは私と、王城で密会をしていた。このことをシルヴィーには黙っていた方がいいのでしょうか」
なぜ繰り返す・・・
その上、さっきよりも具体的かつ悪意のある言い方になっているような気がするのは俺だけだろうか。
「スーフィール様。お言葉ですが、その言い方ではシルヴィー様に無用な心配を与えかねないかと・・・」
「それもたまにはいいのではないでしょうか。あの子、この頃はどうも浮かれすぎているような気がしますし」
「「・・・」」
俺もナターリャさんも開いた口が塞がらなかった。
スーフィールさんは平然としているが、相当とんでもないことを言っている。
まるでシルヴィーに何か恨みでもあるかのような。そんな言い方だ。
「それでも、剣夜さんたちがどうしても言うのでしたら私もこのことは口外いたしませんよ。ただ、その代わりと言っては心苦しいのですが、私のお願いを少しだけ聞いてはもらえないでしょうか」
・・・ここで来たか。
そこまで警戒していたわけでもないが、このタイミングで言われると何だか身構えてしまう。
しかし、ここで断るほどの理由もない。
第一王女であるスーフィールさんがまさか法外な要求をしてくるはずもない・・・・・・よな?
「俺にできることであれば」
「そんなに身構えなくても大丈夫ですよ。剣夜さんにとってはそれほど難しいことではありませんから・・・」
スーフィールさんはその先をなかなか言ってくれなかった。
間を作るかのように俺との踊りに専念する。
俺としては早く聞いてしまいたかったのだが、催促できる立場でもないのでスーフィールさんが言うのを待つしかなかった。
そして・・・踊りが終わる。
とうとう最後まで何も言わずに終わってしまったのだ。
結局スーフィールさんの真意が掴めないまま俺は手を離そうと・・・した。その瞬間、
「私と婚約していただけませんか」
スーフィールさんは俺の手を強く握りしめながらそう言ったのだ。




