銀色の不安(五)
これは夢なのでしょうか・・・
ここ数日は同じ夢を何度も見ました。
王城内の豪勢な会場。
響き渡る優雅な音色。
お父様やお母様、お姉様、他にも多くの方々が見守る中、わたくしと剣夜さんが手を取り合って踊っているのです。
踊りはできないと言っていた剣夜さんですが、そんなことはありません。
この会場にいる誰よりも上手で、そして誰よりも魅力的。
わたくしはただ剣夜さんに身を委ねるだけでいいんです。
剣夜さんの手から温かい何かを感じながら幸せな気分をずうっと味わい続けることができます。
ですが・・・それが夢だということはすぐにわかりました。
目の前にいるはずの剣夜さんのお顔がいつもぼやけてしまっていたからです。
だからいつの日か本当に剣夜さんと踊ってみたい。剣夜さんの鮮明なお顔を間近に見ながら踊ってみたい・・・
そう願っていたことがついに叶ったはずなのに・・・どうしてでしょう。
こんなにも視界がぼやけてしまうなんて・・・剣夜さんのお顔が見えないなんて・・・
「大丈夫かシルヴィー?どこか痛いのか?」
「い、いえ。わたくしは大丈夫です」
それでもここは我慢しないといけません。いまにも溢れてしまいそうな感情をぐっと抑えないといけません。
せっかく剣夜さんと楽しく踊ることができているのに、それを台無しにはしたくありませんから。
何分ほどが経過したのでしょう・・・わたくしは何時間以上も踊り続けていたような気分です。
音楽隊による演奏が終了するとともに剣夜さんが踊りを締めくくりました。
そして再び静かな空気が会場内を覆います。
誰もが息をすることすら忘れてしまうほどに。それほどまでに剣夜さんの踊りは華麗だったのです。
わたくしと同じように、夢の世界へ迷い込んでしまったかのような気分になったことでしょう。
ですが、幸せな時間もこれで終わり・・・
そう考えた途端、緊張が一気に解けてしまったのでしょうか。
抑え込んでいたはずのものが一気に溢れてきてしまいました。
止めようにもお気に入りのドレスでぬぐいたくはありません。
「ど、 どうしたんだ?俺が何か気に触るようなことでもしたか?」
「うっ・・・ご・・・ごめんさない。剣夜さんが・・・悪い、ことは・・・何も、ありません・・・」
剣夜さんが慌てています。
周りからもどよめきが聞こえてきます。
わたくしはなんて醜態を見せてしまっているのでしょう。
これ以上剣夜さんを困らせたくないのに、どうしても涙を止められません。
せめてこの場から早く離れないと・・・
「あのお庭には誰もいませんよ」
誰かの囁く声が聞こえたと思えば、剣夜さんの後ろにスーフィール姉様が立っていました。
お姉様が何を言いたかったのかわたくしにはわかりませんでしたが、剣夜さんが突然わたくしの手を握りしめました。
「こっちだシルヴィー」
わたくしは何もわからないままただ剣夜さんに引っ張られていました。
周りの方々はなんだなんだとどよめいています。
ですが、不安はありません。
他の人ならいざ知らず、剣夜さんが手を握ってくれているというだけで安心できたのです。
そして連れてこられたのが、以前わたくしが使っていた部屋のすぐ近くにあるお庭。
リーニアとよくここでおしゃべりしていました。
小さな噴水とちょっとした花壇があるだけなんですが、ここに来るとなんだか心が落ち着くんです。
夜に来たのは初めてですが・・・こんなにも暗い場所だったんですね。
今夜はお月様が隠れてしまっています。
それにどうやら舞踏会のために用意された明かりがこのお庭には差し込んでいないようです。
なんだか少し怖いような気もします。
「さすがに暗いな。今明かりをつけて・・・」
「剣夜さん。明かりは・・・つけないでください」
わたくしは剣夜さんの手を強く握りしめながらそう言いました。
今明かりをつけてしまうとわたくしの酷い顔が剣夜さんに見えてしまいますから。
「わかった」
「ありがとうございます」
その後はしばらく沈黙が続きました。
剣夜さんは手を離すことのないまま、ただじーっと外を眺めていました。
おそらくわたくしが落ち着くのを待ってくれているのでしょう。
そんな剣夜さんの姿を見ていると、少しずつ気持ちが安らいでいくような気がしました。
そして何分か経って、わたくしはようやく話をする決意をしたのです。
「お待たせしてすみませんでした。わたくしはもう大丈夫です」
「そうか。よかったよ」
そう言うと、剣夜さんは握る手の力を緩めました。
ですが、わたくしは決してその手を離そうとはしませんでした。
これはちょっとしたわがままです。
すると剣夜さんは何も言わずに再び手に力を入れてくれました。
できればもう少しだけこうしていたいです。
「すみません剣夜さん。お騒がせしてしまって」
「俺の方こそ急に現れて悪かったと思ってる」
「剣夜さんは悪くありません。わたくしが勝手に泣いてしまったのが悪いんです・・・」
「その・・・どうして泣いてたんだ?俺と踊ってて辛かったのか?」
「そんなことありません!」
自分にも似合わず大きな声を出してしまいました・・・はしたない女だと思われてしまったでしょうか。
それでも、これだけは誤解して欲しくありません。
「わたくしは剣夜さんと踊ることができて嬉しかったんです。とても幸せな気分でした」
「ならどうして・・・」
「ですが・・・剣夜さんの姿を見るまではとても不安だったんです。剣夜さん以外の男性とは踊りたくなくて、でもどうしようも・・・うっ・・なくて・・・それに、ここ数日は・・・なんだか、避けられているような・・・気がして・・・ご、ごめんなさい」
「いや、嫌なことを思い出させてごめん」
もう泣かないと思っていたのですが、心の内を打ち明けていると目頭が再び熱くなってしまいました。
ですが、こうしてやっと言葉にできたことでなんだか気持ちがどんどん楽になっていくような気がします。
「剣夜さんがわたくしのことを嫌いになってしまったのではないかと思って・・・」
「そんなわけないだろ。俺がシルヴィーのことを嫌いになるなんてことは絶対にない」
「でも・・・内緒でナターリャさんと会ってたって。サフィーレさんが浮気してるんじゃないかって・・・」
「・・・秘密にしてたのは悪かった。ナターリャさんに会ってたのは踊りを教えてもらってたんだ。舞踏会に間に合うか分からなかったから下手に期待をさせてたくなくて・・・」
そうだったんですね・・・本当によかったです。
「ごめんなさない。剣夜さんのことを疑ってしまって」
「俺の方こそ誤解させるようなことしてごめん。俺は・・・婚約者失格だな」
「えっ」
・・・
自分の耳を疑いました。
剣夜さんの口からその言葉が出てくるなんて思ってもいなかったからです。
ゆ、夢じゃないですよね・・・?
「け、剣夜さん・・・今、婚約者って・・・」
「俺はシルヴィーの婚約者。そうだろ?」
「で、ですが、それはわたくしが一方的にお願いしたことであって・・・」
「今まではっきりさせなくてごめんな。けど、今度は俺の方から言わせて欲しい。シルヴィー・・・俺と婚約してくれ」
その言葉を聞いた途端、わたくしの瞳は再び涙で溢れてしまいました。
「剣夜さん・・・いいんですか。こんなわたくしでも・・・」
「もちろんだ。婚約、してくれるか?」
「はい・・・はい、はい、はい、はい!」
幸せすぎて他に言葉が出てきませんでした。
涙はこんなに流れてくるのに・・・
『あなたの方から攻めないとだめよ』
途端、サフィーレさんの言葉が脳裏に浮かび上がりました。
「剣夜さん!」
そしてわたくしは脇目も振らず剣夜さんの胸元に飛び込んでいたのです。
初めて前から抱きつきました。
これは・・・・・・恥ずかしすぎます。
抱きついてる姿を剣夜さんに見られている。それだけの違いなのに、心臓が飛び出てしまいそうです。
わたくしの顔は今どんな風になっているのでしょう。
怖くて顔が上げられません。
そう思って、絶対に見られないよう剣夜さんの胸に自分の顔を擦り付けるようにしながら隠しました。
すると、わたくしの背中と頭に温かい感触が・・・
「これからもよろしくなシルヴィー」
剣夜さんがそっと抱きしめてくれているのがわかりました。
温かい・・・
全身から剣夜さんを感じられます。
もう何も疑うことなんてありません。
心配することなんてありません。
不安になることなんてありません。
これからずうっと剣夜さんのそばにいられるんですから。
「はい!こちらこそよろしくお願いします!」
・・・・・・雲の隙間からお月様が顔を出しました。こんばんは。そして、ありがとうございます。わたくしと剣夜さんを照らしてくださって・・・・・・




