表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地獄門使いの異邦人〈エトランジェ〉  作者: 織田昌内
第四章 神の目覚め・・・消滅
90/94

銀色の不安(四)

 

 ・・・


 会場内が静まり返りました。


 思い思いに踊りを披露していた方々も足を止めます。


 一瞬時が止まったと言っても過言ではないでしょう。


 その光景はまさに一枚の絵画のようです。


 それでも、音楽隊による演奏は止まりません。


 重層的な響き、優雅な音色がこの舞踏会を華麗に彩り、包み込んでいます。


 それも、一人の人物を中心にして・・・


 彼は今、ここにいる誰よりも目立っているのです。


 決して最高級の品とは言えないまでも、白を基調とした清潔感のある装いはキラキラと銀色の光沢を帯びています。


 その姿はまさしく・・・白馬の王子さま。


 全ての乙女が一度は憧れたことでしょう。


 お姫さまの窮地には真っ先に駆けつけ、救いの手を差し伸べてくれる。そんな存在に。


 ですが実際にそんな経験をした人はめったにいないでしょう。


 そんなのは結局夢物語でしかない。多くの人がそう思ってしまうのです。


 ですから実際に王子まさに救われた時、お姫さまが一体どのような気持ちになるかは想像するしかありませんでした。


 きっと幸せでいっぱいになって、とびきりの笑顔になる。


 わたくしはそう思っていました・・・が、実際は違います。


 幸せで幸せで幸せすぎて胸が苦しくなって、今にも涙が溢れてしまいそうになるんです。


 以前にも同じような経験をしましたが、あの時とは比べものにならないほどの気持ちです。


 ・・・・・・信じていた人が、好きな人が来てくれた。


 その事実に、わたくしは心の底から救われたような気がします。


 本当・・・こんなにも幸せなことって他にあるでしょうか。


 夢物語なんかじゃありません。


 王子さまは実在するんです。


 わたくしを救いに来てくれたのです。







 剣夜さんが来てくれたのです。







「俺と踊ってほしい、シルヴィー」


 驚きました・・・わたくしだけでなく、会場にいる全ての人が驚いたに違いありません。


 なんと剣夜さんは片膝を地面につけ、頭を下げながら右の手をこちらに差し出したのです。


 一体どなたが教えたのでしょう。


 いくら剣夜さんでも知っているはずがありません。


 これは本来、サマルティス王国に代々伝わる儀礼の一つですが、過去に行われたのは一度きり。


 それも何百年と昔のことなのですから・・・



 わたくしも一度とある文献で読んだことがあります。

 約三百年ほど昔、サマルティス王国はまだできたばかりの小さな国家でした。しかも地方の領主が大きな権力を持っていたため、王国はまとまりに欠けていたそうです。

 そんな中現れたのが一人の若き女王でした。

 彼女はとても美しく、また誰よりも聡明であったと言われています。初めは各地の領主が猛烈に反発しましたが、彼女の類稀な手腕によって王国は本当の意味で統一されたのです。

 それから数年して、彼女はある問題に頭を悩ませました。

 後継ぎです。

 次代の国王を生むためにも誰かと結婚しなくてはならない。それも、由緒ある家柄の者と。それはつまり、特定の領主(王国統一後は貴族と呼ばれるようになりました)と姻戚関係を持つことです。

 しかし彼女は危惧しました。まだ統一をして間もない時期だというのに、一つの貴族と特別な関係になってよいものかと。最悪の場合、再び王国が分裂してしまうのではないかと。

 そして時が流れました。

 その間に何があったかはわかりませんが、若き女王はついに結婚したのです。

 相手は誰かというと・・・何の家柄もない青年でした。

 彼の素性についてはわからないことだらけです。王国の兵士だという説もあれば、浮浪の旅人だという説もあります。

 やはりと言うべきか、貴族たちは猛反発しました。何処の馬の骨ともしれない男が国王同然の地位に上るなどということは到底受け入れられなかったのでしょう。聡明な彼女であればそういった反発が生まれることくらい分かっていたはずです。

 それでもあえて結婚した。

 どうして彼女が彼を選んだかもわかりません。恋人だったのかもしれないし、貴族ではない男を適当に選んだだけのことかもしれません。

 それはともかく、若き女王はその青年とともに結婚式をあげたのです。

 そしてその時、青年が女王の前で行ったのが、今まさに剣夜さんがわたくしの前で行なっていること。『悠久の儀』と呼ばれる儀式です。

 この儀式が一体どんな意味を持つかといえば、これまた理由ははっきりしていません。一応、何の家柄もない青年を王族として迎えるためのもの、と解釈するのが無難でしょう。形の上でもこの儀式を行うことで貴族たちの反発を和らげられると女王が考えたのかもしれません。

 しかし・・・ことは最悪の事態に陥りました。

 なんと青年が何者かによって暗殺されたのです。

 犯人は誰なのか。何度も議論されましたが、犯人は結局分からずじまいでした。

 当時の女王は何を感じ、何を思っていたのでしょう。

 想像するにはあまりありますが、少なくとも悲しんだのだろう。わたくしはそう思います。

 その後、彼女は一度も結婚しませんでした。

 当然子供ができるはずもなく、間も無くして病に侵されてしまいました。不治の病というわけではなかったそうですが・・・どんな因縁があったのでしょう。若き女王は夫であった青年が亡くなったちょうど一年後に息を引き取ったそうです。

 王位は他の王族が引き継いだのですが、彼女以降サマルティス王国では女王が即位することはありませんでした。そして『悠久の儀』も二度と行われなくなったのです。



 そんな儀式をどうして剣夜さんが行うのでしょうか。


 ただの偶然かもしれませんが・・・不吉な予感がします。


 わたくしがこの手を取ったら、剣夜さんの身に何かが起きてしまうのではないか。そんなことが頭をよぎったのです。


 ですが・・・気づけば剣夜さんの手を握っていました。


 剣夜さんの温もりを直接感じ取ったわたくしは今にも涙が溢れてしまいそうでしたが、グッと堪えました。


 こんなところで泣くわけにはいきません。


「ありがとうシルヴィー」


 剣夜さんは小さな声でそう囁くと、わたくしを部屋の中央まで連れて行ってくれました。


 すると音楽が一度終わりを告げ、会場内が完全な静謐に包まれました。


 皆さんの目は全てわたくしたちに注がれています。


 あまりにも多くの人に見られているためか、自然と手が震えてしまいました。


 緊張と不安のあまり足がすくんでしまいそうです。


 そんな時、剣夜さんはわたくしの手を一段と強く握りしめ、腰に手を回しました。


 咄嗟のことにわたくしはドキドキを隠すことができませんでした。


 急速に高まった胸の鼓動が剣夜さんに聞こえてしまっているのではないかと考えると、恥ずかしさのあまりに倒れてしまいそうになりました。


 それでも、剣夜さんは絶対にわたくしを支えてくれる。そう思うと、ふっと安心感が芽生えてきました。


 剣夜さんの腕がわたくしをなにものからも守ってくれているような気がするのです。


 わたくしは顔を少し上げました。


 見上げた先にはもちろん剣夜さんの顔があります。


 少し前に出れば重なってしまうほどの距離です。


 わたくしは何も言葉を発することができず、ただ剣夜さんの顔をじっと見つめてしまいました。


 すると剣夜さんも見つめ返してくれました。


 目と目が合う。


 これだけでのことであっても、わたくしは本当に幸せなんです。


 そしてしばらく見つめあっていると、剣夜さんの黒く透き通った瞳はこう言っているように思いました。


「俺に任せて」


 その瞬間、会場内に再び優美な音楽が響き始めたのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ