黒馬の王子様(四)
歩いて一時間か・・・お姫様には少し大変じゃないか?まして、先ほどの戦闘でかなり憔悴しているというのに。
「大丈夫か、シルヴィー?」
「だ、大丈夫です!これでも少しは鍛えているんですよ」
「シルヴィー様は座学や魔学だけでなく、実技の分野におかれましても学内で指折りの実力をお持ちですからね。15歳にしてすでに卒業要項を満たしております」
シルヴィーは15歳だったのか。
しかし、優秀と言うわりにはあまり良い動きを見せていたとは思えないのだが・・・まあ、実技と実戦は似て非なるものか。
「その魔学とやらではどんなことをするんだ?」
「剣夜様は学校に通われたことがありませんでしたか。魔学では主に魔法の研究、開発を行なっております」
「研究、開発?戦うために使うんじゃないのか?」
「確かに魔法は戦争の道具とするべきだという考え方もありますが、扱いが難しくまた、扱えるものが限られておりますので戦争以外の分野での活用が模索されているのです」
魔法があると聞いた瞬間はいかにもファンタジーな世界だと思ったが、これを聞く限り、魔法とは地球における科学の一種なのかもしれない。
「シルヴィーはどれほど魔法が使えるんだ?」
「シルヴィー様は魔法の扱いにおいても人並み以上の才能をお持ちで、学内一の魔法使いと呼ばれていたリーニア様といつもその技術を研鑽しておられました」
「なるほど・・・ちなみに魔法ではどんなことができるんだ?」
「そうですね・・・」
俺の質問に答えようとしているシルヴィーは、リーニアのことを聞いたからなのか、それとも歩くことに疲れてしまったからなのか、どこかうかない顔をしていた。
「例えば、この石を使うことによって手のひらほどの光源を発生させることができます。『黄色の輝き、我を導け、ルーチェ』」
シルヴィーはドレスのポケットから取り出した黄色に輝く小さな石を握り締め、呪文のようなものを唱えた。
すると、淡い小さな光が彼女の胸元に出現した。
「すごいな。しかし、それほど難しそうにも見えないんだが」
「これだけのことであっても、わたくしは使えるようになるまで1年以上かかりました。見かけによらずかなりの集中力が必要なのです」
「つまり、誰であってもそれができるようになるまで最低一年はかかるということか?」
「リーニアは三ヶ月ほどで修得していましたが、そもそも魔法において練習すれば必ず使えるという保証はありません。それでも一度挑戦してみますか?なんだか剣夜さんならいともたやすく修得してしまいそうな気がします」
それは買いかぶりというものだが、とりあえずやってみるか。
シルヴィーから黄色い石を受け取り、それを軽く握り締めると、身体の中を何かが対流するような感覚を味わった。
赤姫の領民になった時も、これに似たものを感じたような気がするな・・・
「これでさっきの呪文を唱えればいいのか?」
「正確には「聖文」ですね。「呪文」は邪なる魔法を発動させるものとして忌み嫌われています・・・そうですね、わたくしが唱えた通りに言ってみてください。コツは、その石『聖遺物』に意識を集中させることです。少しでも乱れるとなんの反応も示さなくなってしまいます」
「わかった・・・『黄色の輝き、我を導け、ルーチェ』」
聖文を唱え終わるやいなや、シルヴィーが出現させた黄色に輝く小さな光源とはうってかわって、「ドスグロイ」赤色に染まった、俺の顔ほどもある「火の玉」とでも表現すべきものが出現した。
「この色は・・・」
「け、剣夜さん!これは一体なんですか!」
「俺に聞かれても・・・」
シルヴィーは唖然として開いた口がふさがっていない。
これはさすがにはしたないと思ったのか、メイドのナターリャさんが彼女の肩をやさしく叩いた。
「失礼しました。けれど、こんな魔法は見たことがありません。いきなり魔法が使えたことにも驚きましたが、それ以上にこの大きさは・・・」
「これはそれほどすごいことなのか?」
「はい。世界最高峰の魔術士を名乗っても差し支えないと思います。さすが剣夜さんです!」
意外と魔法も簡単なんだなと思いつつ、俺は『聖遺物』と呼ばれる石をシルヴィーに返した。
俺が持っていた方がいいのではと言われたが、特に使う機会もないだろうし、一応断っておいた。
他にどんな魔法があるのかを聞きながら歩いていると、さすがにシルヴィーの足取りは徐々に重いものへと変わっていった。
徒歩はやはりきついか。馬でもいればいいんだがな・・・
そう思いながら頭の中で馬の姿を具体的に想像すると、突然、後方から気味が悪いような、しかしどこか懐かしいような空気が漂ってきた。
思わず振り返ると、そこには赤姫が使っていたのと同じ『ゲート』と呼ばれる真っ黒い扉が何もない空間にのっそりと浮かんでいた。
「赤姫か?」
「剣夜さん、これは一体?」
「姫様」
ナターリャさんが素早くシルヴィーを後ろに隠し、『ゲート』と対峙したその瞬間、音も立てずに開いた扉の奥からは“翼の生えた馬”としか言いようがない生物が現れた。
全身は燃え上がる石炭のように赤黒く、足元からはこれまた黒っぽい妖気が漂っている。背中の部分からは墨で綺麗に塗りつぶされたかのような直黒の翼が大きく生え出ている。
『ゲート』はいつのまにか消滅しており、この黒馬だけが俺の目の前に残されていた。
・・・これは、俺に乗れと言っているのか?