銀色の不安(二)
「それで・・・キスはしたのかしら」
「し、してないです!」
「そう。なら抱き合うとかはした?」
「それも・・・してないです」
わたくしが一方的に後ろから抱きついたことはあるのですが。
剣夜さんは何も言ってくれませんでした。
やっぱり・・・何も当たらないからでしょうか。
「婚約してからかなり経ってるのに全然進展してないのね」
「すみません・・・」
「早ければ子供ができていてもおかしくないのだけれど」
こ、子供!?
「そ、それはさすがに早すぎです!」
「そうかしら」
サフィーレさんはどうもわたくしのことをからかって楽しんでいるような気がします。
キスも子供も早すぎです。
そういうことはきちんと結婚してから・・・したいです。
「剣夜が奥手である以上、あなたの方から攻めないとだめよ。くよくよしてるうちに取られちゃうんだから」
・・・そうでした。
それにもう取られているんでした。
「わたくしはどうすればいいのでしょうか・・・」
「あなたはもっと剣夜に近づくべきね。今のままでは一生二番手よ」
「二番手?一番手は・・・」
「赤姫さんよ。あの子なんかいつも剣夜にくっついてるじゃない。あれくらい、いえ、あれ以上をしないと剣夜には振り向いてもらえないと思うわ」
「あれ以上、ですか・・・」
確かに赤姫さんの剣夜さんに対する距離は・・・なんというか、近すぎます。
日中はもちろん、夜も同じベッドで寝ていますし。
しかも最近になってより一層距離が近くなったように感じます。
二人が話している時の表情が柔らかくなったというか、優しくなったというか・・・
とにかく、二人にしかわからない強い絆のようなものがあるように思えます。
それでも・・・赤姫さんに嫉妬したことはありません。
きっと剣夜さんにはわたくしよりも赤姫さんの方がふさわしいということなのでしょうから・・・
「あら。弱気になってるわよ。あなたの想いはその程度なのかしら」
「そういうわけでは・・・」
ナターリャさんに赤姫さん。
二人とわたくしを比べているとなんだか自信を失ってきました。
今日も剣夜さんはわたくしではなく二人を選んだわけですし・・・
「まあ・・・私も心配させるようなことは言ったけれど、そこまで落ち込む必要もないと思うわよ。剣夜が何も言わずにあなたを捨てるような薄情者だと本当に思う?」
「そうは思いませんが・・・」
「なら信じてあげなさい。剣夜は信じるに値する人物だと私は思っているわ。私たちを絶対に傷つけないともね」
剣夜さんのことは誰よりも信頼しているつもりでしたが・・・
わたくしよりもサフィーレさんの方がよっぽど剣夜さんを信頼しているように思えます。
・・・羨ましいです。
そう言えば、サフィーレさんは初めて会った時からなんだか剣夜さんとすごく気が合っていたような気がします。
それに、何度も誘惑までしていましたし。
も、もしかしてサフィーレさんも剣夜さんのことを・・・
「その・・・聞きづらいことなんですが・・・」
「何かしら」
「サフィーレさんは剣夜さんのことを・・・す、好きなんですか?」
「どう思う?」
「えっ・・・」
ど、どういうことでしょう・・・
サフィーレさんは意地の悪い笑みを浮かべるだけではっきりと答えてくれそうにありません。
またわたくしをからかっているのでしょうか。
それともごまかしている、とか?
「答えていただけないのですか?」
「そうね・・・正直なところ、自分でもよくわからないわ。好きという感情がどんなものか理解できないのよ。剣夜のことは信頼しているし、一緒にいて楽しいのは確かだけれどね」
「それは・・・」
・・・好き、ということだと思います。
おそらくサフィーレさんは剣夜さんのことが好きなんです。
わたくしも剣夜さんのことを信頼していますし、ずっと一緒にいたいです。
だからわかります。
サフィーレさんの気持ちが。
恋する女の気持ちが。
「でも安心して。決してあなたから剣夜を奪おうなんて思ってないから。だからといって、油断していると剣夜の方が私のことを好きになってしまうかもね」
「そ、そんな・・・」
油断なりません。
隙あらば狙っていく。
サフィーレさんはそう言いたいのでしょう。
相談した相手がまさか伏兵でしたなんて・・・
「それじゃあ。お互い頑張りましょうね」
そう言ってサフィーレさんはどこかへ行ってしまいました。
なんだかあまり実のある話ができたようには思えません。
むしろ自分の首を締めてしまったような気分です。
それに、最後の『お互い』という言葉がとても気になります。
サフィーレさんまでも競争相手なんて、わたくしはこの先大丈夫なのでしょうか・・・
気持ちが晴れないまま玄関に向かうと、今度はリーニアと出くわしました。
手には見慣れない道具を持っています。
調理道具でしょうか。
「シルヴィーじゃない。今日も研究棟にいくの?」
「そうするつもりです」
「私も行きたいけれど、することがあって。ごめんなさい」
「構いませんよ」
リーニアは最近厨房にいる時間が長いようですが、何を作っているのでしょうか。
ナターリャさんやメレオラさん、リーニア本人に聞いても教えてくれないので見当もつきません。
ですが詮索はしないでおきましょう。
リーニアのことです。
きっと何か考えがあるのでしょう。
「そう言えば、シルヴィー。剣夜様が最近どこに行ってるのか知ってる?」
「それは・・・」
これは言っていいのでしょうか。
まだ事実かどうかわからないことですし、リーニアに余計な誤解を与えてしまうのは・・・
「知らないの?」
ですが、親友に嘘はつきたくありません。
リーニアもわたくしと同じ剣夜さんの婚約者なのですし、リーニアだけ知らないというのは不公平でしょう。
「落ち着いて聞いて、リーニア。実は・・・」
わたくしは先ほどサフィーレさんと話した内容をかいつまんで説明しました。
すると案の定、リーニアは不安げな表情を浮かべました。
けれど・・・それは最初だけでした。
しばらくするとリーニアはいつものように落ち着いた表情に戻りました。
その反応がわたくしの予想とあまりにもかけ離れていたので、思わず聞いてしまいました。
「リーニアは不安にならないのですか?」
「もちろん不安はあるけど、それ以上に私は剣夜様を信頼しているの。だから問題ないわ」
リーニアはすごいです。
それに比べてわたくしは・・・
ダメな女です。
サフィーレさんやリーニアと話して、自分がどれほど未熟で度量の低い人間なのか身をもって実感しました。
こんなわたくしでは剣夜さんに釣り合うはずもありません。
こんなわたくしでは・・・
はぁ・・・
・・・・・・結局このモヤモヤとしたわだかまりが晴れないまま、わたくしは舞踏会当日を迎えることになってしまいました。




