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地獄門使いの異邦人〈エトランジェ〉  作者: 織田昌内
第四章 神の目覚め・・・消滅
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乙女たちの想い(八)

「あら剣夜じゃない。いつ帰ってたのかしら」


「ついさっきな」


 巨大魔獣と対峙するは、赤姫と仲違いしかけるは、迷子になるはと散々たる一日を送りながらも、無事家への帰還を果たした俺たちの前に最後の試練が立ちはだかる。


 とは言っても目の前にただサフィーレが立っているだけなのだが・・・


 それでも俺は気を緩めることができない。


 ここでの結果はこれからの俺と赤姫の進退に大きく関わってくるのだから。


「お姉ちゃんただいま」


「おかえりティア。何か収穫はあった?」


 俺ではなくあえてラパティアに聞くあたり。


 俺は信用されていないのだろうか。


 もしかするとサフィーレはすでに俺の正体に対して一定の疑念を抱いているのかもしれない。


 しかし、たとえそうであったとしても、その疑念を確信に至らせるわけにはいかない。


「そのことなんだけど・・・」


 ラパティアが一瞬俺の方を向く。


 サフィーレの前で俺はどうにか平静を装うが、心中は非常にざわついている。


 全く落ち着かない。


 ラパティアが喋る次の言葉に全てがかかっているからだ。


 そして・・・ラパティアは続ける。


「・・・結局『聖遺物』は採れなかった」


「採れなかったということは見つかりはしたということ?」


「そう」


「ならどうして採れなかったの?」


「大きな生き物に邪魔された」


「剣夜なら簡単に退けられたはずでしょ」


「えっと・・・」


 ラパティアが少し言い淀む。


 さすがにここで魔獣と戦ったなどとは言えない。


 そう言い出せば話がややこしくなるからだ。


 それにサフィーレの性格からすれば疑問がある限り徹底的に追求を続けるだろう。


 つまり下手な理由や言い訳を重ねていけば確実にボロが出てしまう。


 ここはなんとか早めに切り上げる返事をしてほしい。


「・・・むやみに生き物を殺したくないって言ってた」


「へぇ。剣夜がね・・・」


 サフィーレは何か言いたげにこちらを見つめてくるが俺は素知らぬ顔だ。


 これで終わってくれればいいんだが・・・


「・・・まあいいわ。それで、他にはないの?」


 どうやら結果としてラパティアは当たりを引いたようだ。


 ラパティアが「ない」と答える。


 こうして俺たちは見事サフィーレの追求という試練を突破したのだ。


 期待していた話が聞けなかったサフィーレは明らかに不満そうな表情を見せるが、ラパティアが嘘をはずがないと思っているのだろう、それ以上質問を重ねることはなく、スタスタと自分の部屋へと戻って行った。


 サフィーレの姿が見えなくなると全身から力が一気に抜けていくような感覚を味わった。


 簡単に言えば、ものすごく疲れたということだ。


 もしかしたら例の魔獣と戦った時以上かもしれない。


「ありがとなラパティア」


「別に。それより、あの約束絶対だから」


「わかってる」


「じゃあ」


 そう言うと、ラパティアは行ってしまった。


 おそらく俺の部屋にある聖剣だろう。


 今日は散々連れ回した挙句、あんな芝居まで打ってもらってからな。


 顔には出していなかったが、かなり疲れているだろう。


 ゆっくり休ませてあげよう。


「そろそろ夕食かな」


 そして俺はそのままダイニングに向かった。


 ・・・・・・余談だが、どうしてラパティアがサフィーレに嘘をついてまで俺との約束を守ってくれたのかというと、『地獄領』から戻った後も俺がラパティアとしつこく交渉したからだろう。


 俺が下手に出ていることをいいことにラパティアは、そこになぜか赤姫も加わって、俺をいたぶった。


 二人はどうも俺に頭を下げさせるのが癖になったらしく、俺が言葉を発するたびに要求してきた。


 ・・・しかも最後になって赤姫が全くもって迷惑な日本の知識をラパティアに吹き込んだせいで俺が究極の恥を被ったことについては一生言及するつもりはないが・・・


 しかし俺が重ねた恥辱が功を奏することはなく、結局決定打となったのは、俺がラパティアの願いを一つ叶えるという約束をしたことだ。


 その内容については本人に口外禁止を言い渡されているので他言は控えるが、一つだけ言わせてもらうとすれば、叶えてやるのが相当難しい願いである・・・・・・


 ダイニングに入ると、赤姫の姿が目に入った・・・のだが、それはテーブルの上に突っ伏して寝息を立てている姿だった。


 帰って早々ダイニングに来た後何かを食べたのだろう、赤姫の前に置かれた三つのお皿の上には何も乗っていない。


 しかし白っぽいものが付着していることからクリームを使ったスイーツだということは想像に難くない。


 そして食べた後にそのまま寝てしまったわけだ。


 相変わらず見た目通りあどけない。


 どうやら赤姫は大人ではなく牛になりたいようだ。


「剣夜さんおかえりさない」


 台所から姿を現したのはシルヴィーだった。


 朝にも会ったはずなのにすごく久しぶりに感じられる。


「ただいまシルヴィー」


「リーニアがもう少しで夕食の準備ができると言ってました」


「そうか。なら俺は赤姫を寝室に連れて行ってから戻ってくるよ」


 そう言ってから俺は赤姫を担ぎ上げた。


 多少乱暴にしても起きそうにない。


 よっぽど疲れてしまったのだろう。


 俺が全面的に悪いんだが。


「剣夜さん」


 さっさと寝室に向かおうとした時、不意にシルヴィーに呼び止められた。


 振り返って見ると、シルヴィーが真剣な面持ちでこちらを見つめていた。


「どうした」


「夕食の後、わたくしの部屋に来ていただけませんか。大事なお話があるんです」


「・・・わかった」


 何を話すのか見当もつかない。


 まさか俺たちの正体についてだろうか。


 いや、サフィーレにもバレていないことをシルヴィーが知る由もないか。


 なんだかモヤモヤとする。


 俺は一抹の不安と赤姫を抱えながらダイニングを後にした。



 赤姫をベッドに寝かせた後、ラパティアに声をかけてみたが返事はなかった。


 白丸に確認を取ると、どうやら眠っているとのことだった。


 聖剣の中は存外快適らしい。


 無理に起こす必要もないわけで、俺はそのままダイニングに戻った。



 うちで料理を担当するのはメイドであるナターリャさんとメレオラさんだ。


 二人はもちろんプロであるので料理の腕は申し分ない。


 そしてその二人に師事する形でリーニアも積極的に料理をしている。


 リーニアには他にも魔法の勉強や剣技の特訓などやることが多くあるので無理はしないよう言ったのだが、花嫁修行としておろそかにするわけにはいかないとやや顔を赤らめながら一蹴されてしまった。


 どうやら俺の見ていないところで裁縫などの特訓もしているらしい。


 リーニアは本当に努力家だ。


 ちなみにそのリーニアに感化されてなのか、シルヴィーも少しずつ家事のやり方なんかを勉強しているらしい。


 ただ、恥ずかしいのか俺にはあまり教えてくれない。


 その代わり、正真正銘のお姫様であるシルヴィーには慣れないことばかりで失敗がまだ多いんだとナターリャさんがこっそり教えてくれたりもする。


 俺からすれば、失敗しても向上心があるのだから、グーたらしてるだけの赤姫より一億倍立派だし、誇っていいことだと思う。


 そのことを何となく赤姫に仄めかしてみると、『グーたらするのが領主の仕事だ。キビキビ働くのは領民である俺の仕事だ』みたいなことを言われてしまった。


 まあ考え方は人それぞれだが、間違いなく言えることは、一揆が起これば真っ先に殺されるタイプということか。


 なにはともあれ、今日も豪勢な夕食を食べた後、俺はシルヴィーの部屋に行った。


 掃除が苦手なシルヴィーである。


 中はさぞや散らかっているのだと失礼な想像をしていたが、思って以上にきれいだった。


 床には何も落ちていないし、ものは全て棚にしまわれている。


 研究棟とは大違いだ。


「あの・・・剣夜さん?」


「ああ、すまない」


「その・・・この椅子にどうぞ」


「ありがとう」


 言われるがままに座ったが、お互いぎこちない。


「それで大事な話というのはなんだ?」


「それは・・・剣夜さんにお願いしたいことがありまして」


「俺にできることであれば何でも言ってくれ」


「はい」


 シルヴィーは一呼吸置いた。


 よっぽど緊張しているのだろうか。


 しばらく間があった後、覚悟を決めたシルヴィーがようやく口にしたことは、


「剣夜さん。是非わたくしと踊っていただけませんか」


 俺は踊るという言葉があまりピンとこなかった。


 それを察してくれたのか、シルヴィーは補足説明をしてくれた。


 それでようやく理解したのだが、曰く、一週間後に王城で舞踏会があるらしい。


 舞踏会のことなんてほとんどわからないが、男女ペアで踊るということくらいは知っている。


 ということはつまり、シルヴィーは俺にそのペアになってくれと言ってるのだ。


 シルヴィーの言いたいことが分かったところで俺は再び頭を悩ませる。


 ダンスのやり方なんてこれっぽっちも知らん。


「ダメでしょうか・・・」


 俺が難色を示しているとシルヴィーが不安げにたずねてくる。


 俺もできるならシルヴィーと踊ってやりたいが、今回ばかりは難しい。


 最悪シルヴィーの顔に泥を塗ってしまいかねない。


 それはなんとしても避けなければ・・・


「シルヴィーには悪いんだが、俺には難しいかもしれない。だから、誰か別の人に踊ってもらうことはできないか?」


「・・・」


 迷った挙句の提案だったが、シルヴィーは固まってしまって返事をくれない。


「シルヴィー?」


「は、はい。すみません。変なことをお願いしてしまって」


「いや、謝るのは俺の方だよ。力になれなくてごめんな」


 シルヴィーは本当申し訳なさそうな暗い表情をしている。


 部屋の空気は重く、どんよりとした霧に覆われているように感じられた。


 自分が実に情けない。


 しかしどうすることもできない俺にはただシルヴィーの部屋をそっと退出することしかできなかった。



 シルヴィーの願いを聞いてやれなかった自分に腹が立っていたところ、ちょうど目の前からナターリャさんがやってきた。


 軽い会釈をした後そのまま通り過ぎるのかと思えば、俺の前でピタリと止まった。


「シルヴィー様からお話は聞かれましたか?」


「舞踏会の話なら」


「剣夜様はなんとお答えしたのですか?」


「俺には難しいと」


「そうですか」


 ナターリャさんまでもが暗い表情になる。


 俺はどうすればいいのだろうか・・・


 そう悩んでいると、ふとナターリャさんが言葉を続けた。


「剣夜様は舞踏会が何のために開かれるかご存知ですか?」


「いや・・・」


「一応は貴族の方々との親睦を深めるという名目がありますが、実際にはスーフィール様のお相手探しというのが狙いなのです」


 そう言えば以前、スーフィールさんとセルフィーラさんがそのことで揉めていたか。


 つまり今回の舞踏会は次期国王になるかもしれない人を探すためのパーティーというわけだったのか。


「しかし名目上は親睦会ですのでシルヴィー様は王族として出席しなければなりません。そこで問題が一つあるのです」


「それは・・・」


「シルヴィー様にはすでに剣夜様という婚約者がいらっしゃいますが、それはまだ公表されていません。ですので、もしかするとシルヴィー様に対して求婚を申し込んでくる方がおいでになるかもしれません」


 ・・・


 考えもつかなかった。


 そんなことがありえるだなんて。


「おそらくシルヴィー様は剣夜様に守って欲しいのしょう。剣夜様が常にシルヴィー様のお相手を務め、他の方が声をかけづらいようにすることで」


 そうか。


 だとしたら俺はどうしようもない大馬鹿者だ。


 シルヴィーはただ俺と踊りたかったわけじゃない。


 俺としか踊りたくなかったんだ。


 あの暗い表情が全てを物語っていた。


 それなのに、俺はシルヴィーの気持ちも理解しないで・・・


「ですから私からもお願いしてよろしいでしょうか。剣夜様ならきっとシルヴィー様を・・・」


「ナターリャさん」


 俺はナターリャさんの言葉を遮った。


 誰かに言われてからするんじゃない。


 俺自身で決めないといけないんだ。


「なんでしょうか?」


 俺はシルヴィーの婚約者なのだから。


「お願いしたいことが」

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