黒馬の王子様(三)
「王子様!?どうしてそういうことに・・・」
少女は顔をわずかに赤らめてからすぐに俯いてしまう。
その後の沈黙は気まずいことこの上なかったが、彼女の後ろに控えるメイド姿の女性が助け舟を出してくれた。
「姫様は昔から本を読むのがお好きで、小さい頃から本に登場する白馬に乗った王子様に強い憧れを抱いておられましたので」
彼女はまだ黙ったままだが、少し体を揺すりながらこちらの方をちらりと見てはまた俯くという行為を何度も繰り返していた。
小動物のようで可愛らしいその仕草は見ていて決して飽きるものではなかった。
白馬の王子様ねぇ・・・どこをどう見たらそんな勘違いをするのだろうか。
どちらかと言えば、赤い血に染まった極悪非道の吸血鬼ってところだろうに。
そんなことを考えていると、彼女は何かを決心したかのように俺の目を直視し、先ほどよりは幾分か大きくなった声で話しかけてきた。
「お名前はなんとおっしゃるのですか?」
「名前?ああ、俺は橘剣夜。ちなみに剣夜の方が名前だ」
「タチバナケンヤ・・・申し遅れました、わたくしはシルヴィー=エル=サマルティス。気軽にシ、シルヴィーとお呼びください!」
一音一音を確認するように俺の名前を繰り返したシルヴィーは急に声を張り上げた。
「わかったシルヴィー。それより、どうしてシルヴィーの友達はこんな辺鄙なところに住んでるんだ?貴族とか、王族とかじゃないのか?」
「それは・・・」
「申し訳ございません、剣夜様。あまりその話は・・・」
「いえ、ナターリャさん。わたくしは大丈夫です。剣夜さん・・・実は、わたくしの親友リーニア=オルドックスは、オルドックス家取り潰しの王令を受け、家族共々島流しにあってしまったのです」
「島流し?そのオルドックス家は一体何をしでかしたんだ?」
「リーニアは決して悪くないのです!彼女はただわたくしのことを守ろうとしただけで・・・」
一瞬声を荒げたシルヴィーは再び俯いてしまった。
「ここからは私が説明しましょう。シルヴィー様にはお姉様が二人いらっしゃるのですが、そのうちの一人、第二王女パティー=セル=サマルティス様はいたくシルヴィー様のことを嫌っていらっしゃるようで、事あるごとにイタズラといいますか、嫌がらせのようなことをなさるのです。そして三日前、リーニア様がシルヴィー様のお部屋に遊びにいらっしゃり、一緒にお昼を召し上がっていたところ、急に家具が燃え始め、火があっという間に広がっていきました。その場にいたシルヴィー様、リーニア様そして私を含めた三人に怪我はありませんでしたが、その後、リーニア様に放火の容疑がかけられてしまったのです」
「どうして彼女に?何か証拠でもあったのか?」
「実は、お二人が庭で遊んでいらっしゃっる最中にリーニア様が一人でお手洗いへと向かわれたのですが、その間、屋敷内にいた者がシルヴィー様のお部屋に一人で入るリーニア様を見たと証言したのです。その際に何かを仕掛けたのではないかと言われています」
「違います!リーニアはそんなことをする子ではありません!それに、それよりも前にわたくしの部屋からパティー姉様が出て行くところを見た、と言う者がいるのです!きっとリーニアはそのことを不審に思って、わたくしの部屋の中を確認しようとしたのです!」
興奮気味に弁護をするシルヴィーを見ていると、どれほど親友のことを大切に思っているかがうかがえる。
「つまり、シルヴィーはそのお姉さんが何かを仕掛けたと思っているのか?」
「それは・・・」
「確かにパティー様ならやりかねません。しかし、証拠は何もありませんし、サマルティス王国国王つまりシルヴィー様のお父様は、姉であるパティー様がまさか自分の妹を手にかけるとお思いになることができず、いつのまにかリーニア様に矛先が向いてしまったのです」
「なるほど。けど、シルヴィーは彼女の潔白を信じているんだろ?なら、なんとか証拠を見つけることができれば、彼女の罪は取り消されるんじゃないか?」
「その通りです!剣夜さんならわかってくれると思っていました!実は、そのことをこれからリーニアに伝えようと思っているのです。そこでぜひ、剣夜さんにもわたくしと共に彼女のところへ行っていただきたいのですが」
そう言って、シルヴィーはどこかそわそわしながら顔をほのかに紅潮させていった。
「どうして俺が?完全に部外者じゃないか」
「それもそうなのですが・・・」
「我々の方からも是非お願いしたい」
どうやら賊どもの尋問を終えたようで、四人の騎士が戻ってきていた。
その中から顔に傷跡をつけた先ほどの男性が近付いてきた。
「申し遅れたが、私の名はガウェイン。騎士団長を務めている。しかし、私が不甲斐ないばかりに多くの仲間を失ってしまった。これでは姫様をこれからの道中、お守りすることは難しいかもしれん。そこで貴公のお力をどうか拝借したい」
そう言って、騎士団長は深々と頭を下げた。
てっきり騎士ってのはもっとプライドが高いものだと思っていたが、彼はかなりの人格者のようだ。
ここまでされたら嫌とは言えまい。
「・・・わかった。全身全霊をもって彼女のことを護衛させてもらおう」
「ありがとうございます!剣夜さんがいれば怖いものなど何もないような気がします!」
「剣夜殿と言うのか。私からも礼を言わせてもらおう。確かに、貴公の戦いぶりは眼を見張るものであった」
なんだか期待がやけに大きいな。
俺からすれば、俺自身が一番その“怖いもの”であるような気もするのだが・・・
黒っぽい無地のTシャツに飛び散った血液はいつのまにか変色を始めており、心底気味が悪いものとなっている。
だんだんと自分の“化物性”への疑いが深まっていき、嫌気がさす。
「では早速コルト村に向かうとしよう。ここからなら歩いて一時間ほどといったところか」
そう言って、四人となってしまった騎士団はガウェイン騎士団長を先頭に、辺りを警戒しながら森の奥へと進んで行った。