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地獄門使いの異邦人〈エトランジェ〉  作者: 織田昌内
第一章 地獄と姫
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黒馬の王子様(二)

 なんとか道路のようなものを見つけることはできたのだが、それから三十分以上歩いても木々が増えるだけで建物一つ見当たらない。


 どうやら町ではなく、森に来てしまったらしい。


「俺はこんなにも方向音痴だったのか?」


 いや、目的地もないのに方向音痴もないか。


 しかし、体の方は全く疲れる様子がないため大した苦にもならない。これもこの肉体が特別製だからなのだろうか・・・


 そんなことを考えていると、森の奥からかすかに金属と金属が打ち合っているような音が聞こえた。


「やっと人間のお出ましか?」


 歩く速度を上げ、森の奥へと進んでいくと、その音はよりはっきりと聞こえるようになった。しかもそれは一つの音ではなく、かなり多くの金属同士がぶつかったり擦れたりしているようだ。


「戦争でもしてるのか?」


 安全な世界を望んでいきなり戦争に出くわすとは・・・自分の運の無さに辟易する。せめて核戦争ではないことを望むばかりだ。


 しかし、どうやらその考えは杞憂だったようで、進んだ先では騎士風の甲冑を装備した何人かの戦士たちが銀色に輝く剣で斬り合っていた。


 一瞬同士討ちかと思ったが、フルフェイスの甲冑が額の部分で緑色のものと青色のものに塗り分けられているのがわかった。


 実力は同じくらいのようで、なかなか勝負が決まりそうにない。


 こちらに気が付く様子もないため、このままやり過ごしたかったのだが・・・


 ひときわ緑色の騎士が密集している中に、戦場には似つかわしくないメイド姿の長身の女性と、その後ろにはこれまた不自然なことに、淡い桜色に染まった豪華なドレスを纏った一人の少女が呆然と立ちつくしていた。


 どうやら緑色の騎士たちが彼女たちを守りながら青色の騎士たちと戦っているようだ。


「どうしたものか。ここで見過ごすというのは気分が悪い」


 かと言って、俺に何ができるというのだろうか。


 地球での記憶はほとんどないが、木刀ならまだしも、真剣を扱っていたわけがあるまい。


 のこのこ出ていって、こんなところで死んでしまっては、赤姫も笑うを通り越して呆れるに違いない。


 しかし、どうやら俺はここで少女を見捨てるという選択肢を認められるだけの臆病さや冷酷さを持ち合わせてはいないようだ。


 俺はこんなにも奇特な人間だったのか?


 他人事のようではあるが、地球ではさぞかし苦労したのだろう・・・だからこそ死んだのかもしれないが・・・


「武器はその辺に落ちている剣でいいか」


 拾い上げた剣は血が多少ついているものの、それなりに重く、切れ味も鋭そうだ。長さは一メートル弱といったところで、確かロングソードっていうんだったか。


 一方、戦争は佳境に入りつつあるようで、青色の騎士たちが大声をあげながら、少女たちを取り囲むように構えている緑色の騎士たちに襲いかかっていた。


 数は15対8で青色の方が有利のようだし、剣先が少女を捉えるまでは時間の問題だな。


「とりあえず、まずくなったら逃げればいいか。体力には自信があるし」


 剣を握りしめ、手始めにと一番弱そうなやつを探して近付いてみるが、甲冑はみな同様で実力の違いなど全くわからない。


 俺が逡巡している間に、どうも相手に気付かれたようで、二人の騎士がこちらに向かって走ってきた。両方、右手に剣を、左手に盾を持っている。


「貴様、何者だ!まさか、サマルティス王国の手の者か!」


「見慣れぬ格好だな。甲冑もなしに我々に勝てると思うなよ」


 そう言って、二人は左右に分かれる。どうやら挟撃する気のようだ。


 しかし、サマルティス王国とはなんだ?あのお姫様らしき少女の国か何か、か?


「俺は通りすがりの者だ。それより、どうしてお前たちは戦っているんだ」


「通りすがりだと?こんな何もないところを通り過ぎるバカがどこにいる。もう少しマシな嘘をつくんだな」


「たとえそれが本当だったとしてもお前の命はねぇよ!」


 二人は俺の質問に答えることなく、いきなり双方向から斬りつけてきた。


 ただ、動きはいたって遅い。


「こいつら、のろますぎじゃないか?」


 俺はまず、左上から切りつけてきた右の男の攻撃を仰け反るようにして難なく回避し、お返しとばかりに空いた首元めがけて左から思いっきり剣を振った。


 男は思わず盾を振り上げようとしたらしいが、それが首元まで届くよりも先に、その首がすでにどこかへと飛んでいた。


「ああああああああああ!!!」


 左から攻めてきた男は急に大声をあげ、地に膝をついた。


 まあ、無理もない。力一杯振りはしたが、まさかここまでとは・・・


 自分でやっておきながら、これはさすがにやりすぎたかもしれない。


 首を失った“男だったもの”は血を噴水のごとく吹き出しながら崩れ落ちた。


「か、甲冑を一撃で貫通しただと!?お、お前は化け物か!?」


「化け物とは失礼な。いや、確かに人間の身体というわけでもないから、当たらずとも遠からず、といったところか」


「何を言っている!」


 左にいた男はすぐに立ち上がり、先程の男と同様に斬りつけてきた。


 だが、体が震えていて全く照準が定まっていない。


 俺はこれまた軽くかわし、条件反射のごとく男の首をはね飛ばした。


 ここにきて、人を殺すことになんのためらいも抱かない自分が酷く恐ろしくなった。


「俺は本当に極悪人として地獄に落ちたのかもしれない・・・」


 そんなことを言っている間にも、仲間がやられたことを知った他の騎士たちがぞろぞろとこちらへ向かってくる。


 これでなんとか緑色の方も余裕が出てきたか。


 四人がかりで問答無用に襲いかかってきた騎士たちの攻撃を俺は危なげなく回避し、今度はなるべく殺さないよう、足だけを狙って切りつけていく。


 四人は瞬く間に地面に倒れこんでいった。


「しかし、体が驚くほど自在に動くな。地球では剣士か何かだったのか?」


「ぎゃああああああ!!!」


「あ、悪魔だ!?」


 それぞれが断末魔を味わうかのように悲鳴をあげているが、それらを無視して少女の方に目を向けたところ、青色の敵は全滅していた。


 生き残った四人の騎士のうち、一人がこちらへと歩いてくるが、どうやら戦う意思はないようで、剣を鞘に収めている。


「貴公がこいつらを倒してくれたようだな。ご助力感謝する」


 そう言いながら頭の甲冑を外し、顔をこちらに見せる。


 歳は40代後半といったところで、頬には歴戦の戦士たる勲章とも言える大きな傷が刻まれていた。


「して、貴公は一体どこの国の者なのかな?まあ、出身地を問わず相応の礼はするつもりだが」


 まずいな・・・さすがに地獄から来ましたなどと答えるわけにもいかないし、かといってこの世界の国なんて一つも知らない・・・


「俺は・・・サマルティス王国の者だよ。今は旅人として活動している最中だが」


「そうかそうか、同胞であったか。それは好都合。我々はサマルティス王国第三王女シルヴィー=エル=サマルティス様の護衛騎士団、だったのだが・・・」


 彼の声はしりすぼみしていく。


 まあ、四人しか残ってないし、落ち込みもするか。


 残りの騎士の方を見てみると、お姫様の前ということもあってか直立はしているものの、かなり疲れが溜まっているようで、ほとんど覇気が感じられない。


 当のお姫様は極限の緊張状態から解放されてへたり込んでおり、本来は木漏れ日に照らされ光り輝いているはずの長い銀髪が白い肌やドレス同様、土や埃ですっかり汚れてしまっている。


 まだ14、5にしか見えない彼女にはさすがに刺激が強すぎたはずだ。


 かくいう俺も見た感じ17、8といったところだが・・・


「それにしても、どうしてこんな森の中にお姫様がいるんだ?」


「それは・・・まあ、貴公は命の恩人ともいえるし、話しても良いか・・・実は、シルヴィー様のご学友がこの森を抜けたところにある村にいらっしゃり、シルヴィー様はお忍びでその方の元へ向かおうとなさったのだが、道中に奇襲を受け、見ての通りの状態になってしまったというわけだ。我々がついていながら、恥ずかしい限りだ」


「こいつらに心当たりは?」


「この甲冑に印されている青色の紋章はタンギア連邦のものに似てはいるが、おそらく偽物であろうな。我々をサマルティスの騎士団と知って襲ってきたところをみると、ただの賊とは思えぬが」


「なら、直接聞いてみるか?ここに四名ほど死にかけがいるし」


 俺の提案を聞いた彼は早速仲間の騎士を呼び寄せ、生き残った賊達を縄で縛り上げていく。


 四人全員抵抗する気力もないようで、あっという間に手と足が拘束された。


 騎士たちが四人の賊を尋問のために森の奥へと連れて行った後、不意に服の後ろ側を引っ張られる感触があった。


 それは気づくか気づかないかくらいの弱い力であったが、土っぽい臭いに混じってほのかに甘い香りが漂ってきたため、きっとあのお姫様だろうなということはすぐに思い至った。


 振り返ってみると、思った通りそこには上目遣いでこちらを見上げる少女が透き通った碧眼をキラキラと輝かせながら立っていた。


「あなたは・・・わたくしの王子様ですか?」

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