チェンジリング(二)
「どうしたんですか剣夜さん?」
「いや、なんでもない」
サフィーレが帝都に到着するまでの間、俺はシルヴィーと赤姫を連れて王都内の喫茶店でお茶をしていた。
「この菓子はうまいのう。もう一皿じゃ」
「ダメですよ赤姫さん。女の子であってもお菓子を食べ過ぎては太ってしまいますからね」
赤姫はしばらく不機嫌な様子だったが、シルヴィーおすすめのパンケーキを食べて急に上機嫌となった。
赤姫とシルヴィーはそれなりに仲良くやっていけそうで、ぎこちないながらも楽しげな会話が成立している。
シルヴィーが赤姫の面倒を見てくれているようで、俺は大助かりだ。
おっと、そろそろ時間だな。
「俺は少し行くところがあるから、それまで赤姫のことをよろしく頼む、シルヴィー。赤姫もおとなしくしてるんだぞ」
「儂を子供扱いするな」
「わかりました剣夜さん。ああ、クリームが落ちちゃいますよ」
俺はその場を離れてから『ゲート』で帝都に向かった。
確か本屋の前で待ち合わせだったな。
俺はいつものように帝都への入り口を通り、中に入ろうとしたのだが、その際、憲兵の数がやたら多いのが気になった。
さらに、お昼時だと言うのに帝都の繁華街は閑散としている。
ゴーストタウンとは言わないまでも、ちらほら見られる人たちの顔もどこか鬱々としているような、殺気立っているような、なんとも好ましくない表情をしているのだ。
「一週間来ない間に一体何があったんだ?」
しばらくあたりの建物や人を観察していたところ、背後からこっそり近付いてくる人物が一人。
気配を感じたと言えばかっこいいかもしれないが、ただ単に白丸が教えてくれただけだ。
俺に何か用でもあるのだろうかと思った瞬間、その人物はまさかの襲いかかってきた。
しかし俺はその攻撃を難なくかわし、犯人の姿を確認した。
「・・・女の子?」
「どうして・・・」
俺に不意打ちをかわされたことを不思議そうにしながらも、少女は再び襲いかかってきたため、俺はとっさに彼女を拘束し、手にしていたナイフを取り上げた。
「はなして」
「俺を襲った理由を喋ったらな」
「・・・痴漢です。助けてください」
「おいおい」
少女は一瞬だけ考え込んでから思いがけない行動をとった。
ただ俺にとっては幸いなことだが、少女にとっては不幸なことに、周りに人はほとんどおらず、彼女の声は誰の耳にも届かなかったようだ。
俺は慌てて少女の口を塞ぎ、人気のない路地裏に連れ込んだ。
これでは本当に痴漢行為、というか凶悪犯罪なんだが・・・
「もう騒ぐなよ」
「はなして。それにお姉ちゃんを返して」
「お姉ちゃん?」
「とぼけないで。あなたがこの町の子供と一緒にお姉ちゃんをさらったんでしょ」
少女は決して抵抗することを諦めず、俺の拘束からなんとか逃れようと暴れまわる。
これといって力が強いわけでもないため、抑えておくのはそれほど苦ではない。
「なんの話だ?全く身に覚えがないんだが」
「こんな場所に連れ込むなんてあなた、こんな少女に変なことしようっての。この変態」
「・・・」
少女の辛辣なセリフは俺の頭の中にある人物を思い浮かばせた。
「君のお姉さんの名前は?」
「・・・サフィーレお姉ちゃん」
あいつか。
言葉のとげとげしさがどこか似てるんだよな・・・絶対に似て欲しくないところだが。
だが少女の容姿はどこもサフィーレと似ている部分が見られない。
これだけではなんとも言えないが、第一にこの子は茶髪だ。
「確かにサフィーレのことは知ってるが、どうしてさらったなんてことになったんだ?事実を言うが、あいつは自ら俺についてきたんだからな」
「嘘。じゃあなんで今ここにいないの」
「もうすぐ来るって」
「なら早く出して」
「何をしてるのかしら」
少女の声が次第に震えてきたのを感じ、そろそろ拘束を外してやろうとしたその時、俺たちの目の前に一人の人物が立ちはだかった。
暗くて顔は判然としないが、かすかな風になびく透き通った髪の毛を見て、俺は固まってしまった。
「お姉ちゃん逃げて。この人に襲われる」
「一応言っておくが、お前が先に襲ってきたんだからな」
「まさか私の妹にまで手を出すなんて。あなたの幼女趣味にも驚きだわ」
「俺にそんな趣味はない」
俺はとりあえず少女の拘束を解き、害意がないことをアピールした。
「お姉ちゃん」
「大丈夫だった?怖かったわね。でも安心しなさい。お姉ちゃんがいれば怖いことなんて何もないわよ」
いかにもテレビで見られるような感動的シーンなんだが、まさか自分が悪役を演じることになるとは思ってもみなかった。
俺はこのなんとも言えない状況に立ち尽くすことしかできなかったが、少女が落ち着きを取り戻したところでようやく解放された。
「そろそろこの辺で許してあげようかしら」
「お姉ちゃん?」
「心配しなくてもいいわよ、ティア。この人はちょっと幼女が好きなだけのいい人だから」
俺の紹介に悪意を感じるが、サフィーレは少女にこれまでの経緯を説明してくれた。
ティアと呼ばれるサフィーレの妹は彼女の言うことを大人しく聞いていたが、俺への警戒を解くことはなかった。
「この子は私の妹で、ラパティアって言うの。ティアって呼んであげて」
「こんな人にその呼ばれ方されたくない」
「・・・まあ、よろしく」
「ふん」
すっかり嫌われてしまったことに多少のショックを受けつつ、俺はラパティアととりあえず休戦した。
彼女が決して俺との終戦を受け入れる様子を見せてくれないからだ・・・




