チェンジリング(一)
「そろそろ帝都に戻るわ」
王都に来てからちょうど一週間、珍しく顔を出したと思えば、サフィーレは唐突にそう言った。
目の下にはわずかにくまができており、髪の毛も少しだけ黒ずんでいる。
まさか風呂にまで入っていないのか・・・
俺は答えるよりも先に『ピュリフィケーション』を使っていた。
汚れはすぐに消え去り、透き通った空色の髪の毛が戻った。
「綺麗な髪なんだから、毎日洗った方がいいぞ」
「・・・」
俺の言葉を聞いたサフィーレは黙ったまま、ひたすら俺の顔を見つめていた。
相当疲れているのだろうか?
「大丈夫か?」
「・・・え、えぇ。ありがとう。それで、さっきも言った通り、私を帝都まで連れて行ってもらえないかしら。それと心苦しいのだけれど、本の方も・・・」
「まあ予想はしていたよ。一応手立てはあるから心配するな。サフも本も運んでやる」
「大丈夫なの?」
自分で聞いておきながら心配そうな表情を浮かべるサフィーレ。
俺は証拠として、『ゲート』を使って一冊の本を俺の手元から赤姫の手元に送って見せた。
その不可思議な現象を前にサフィーレの眠そうだった目は完全に見開かれた。
「こうなってるのね。すごいわ。聖文も唱えてないのに魔法が出るのも不思議だけれど、それよりもまず、これが本当に魔法なのかを知りたいわ」
子供のようにはしゃぎながらサフィーレは俺に詰め寄ってくる。
近い近い。
「話してやりたいが、俺も詳しくは知らないんだ。俺の方で調べておくから今回は諦めてくれ」
「それは残念ね。でも、人に聞いてわかった気になってもつまらないものね。私もできるだけ自分で解明してみせるわ」
サフィーレならば本当にやってのけてしまいそうで、頼もしくも恐ろしくもある。
「とりあえず、これで問題ないことがわかっただろ」
サフィーレに『ゲート』を使った転移について事細かに説明した後、俺は早速『ゲート』から呼び出した黒鳥を解き放った。
黒馬には少し申し訳ないが、これで五時間近く座り続ける必要もないわけだ。
そして待つこと五分、頭の中で黒い霧のようなもやっとした何かを感じた。
黒鳥からの連絡だ。
もっと他にいい伝達手段はないものか・・・
「俺が先に行ってうまくいってるか確認してくる」
今回は念話で地面付近にいるよう伝えておいたためおそらく大丈夫だと思うが、念のためだ。
開いた『ゲート』の中に恐る恐る飛び込んだ俺はすぐに地面を踏む感触を得た。
ここは帝都近くの森の中だな。
無事問題ないことを確認した俺はしばらくここにとどまっているよう黒鳥に念話をしてから赤姫たちの元に戻った
「よし、行くか」
「えぇ。よろしく」
そう言って、サフィーレはおもむろに左手を差し出してきた。
これは手を握ってということなのだろうか?
俺がその手を軽く握っても、サフィーレの表情に変化はなかったが、赤姫の方が少しだけ不機嫌になった。
「儂も行ってはならんのか」
「お前が一緒に来たら戻れなくなるだろ。これ、前も言わなかったか?」
頬を膨らませる赤姫はほっておいて、俺は『ゲート』の中に踏み込んだ。
サフィーレの手の感触を感じつつ暗闇の奥へと進んで行った、のだが・・・気付けば彼女の姿はなかった。
まさか失敗したのか。
俺はひどく焦りながら赤姫の元に戻ると、そこにはちゃんとサフィーレの姿があった。
「どういうことだ?」
「私に聞かれても」
サフィーレにわかるはずもない。
「赤姫。どういうことかわかるか?」
「今日の儂は眠いのう」
俺はとっさに赤姫の方へ目を向けたが、あからさまに無視された。
こいつ・・・仕方ない。自分で考えるか。
確か俺が初めて『ゲート』を通った時に赤姫はこう言っていたか・・・『ゲート』は儂の領民しか通れない・・・つまり、領民ではないサフィーレは通れないのか。
本のような無生物は大丈夫なようだが。
どうしたものか・・・
「こうなったらまた馬に乗って行くしかないわね。そもそも五時間で王都から帝都に行けるだけでもすごいのだから」
サフィーレは珍しく俺のことを励ますような優しい口調でそう言った。
期待させておいて本当に申し訳ない。
結局俺はサフィーレの言った通り、黒馬を呼び出した。
そしてそのまま乗馬しようとすると、サフィーレはそれを止めた。
「剣夜は乗らなくていいのよ。あなた一人ならすぐに来れるのでしょ」
「確かにそうだが、サフ一人というのは・・・」
「お姉さんの言うことは聞いた方がいいわよ」
ここで年上ぶられても・・・
サフィーレは俺の返事を聞くこともないまま黒馬に飛び乗った。
「私たちが初めて会った帝都の本屋で待ち合わせ、でいいわよね」
「ああ・・・」
やはりサフィーレ一人だけに辛い思いをさせるのは忍びなくてしょうがなかったが、彼女は一瞬笑顔をこちらに向けてからすぐに黒馬を飛び立たせてしまった。
俺にはただ呆然と彼女の後ろ姿を眺めていることしかできなかった。
これも貸しになってしまうのだろうか。
そんなことを考えていると、サフィーレの笑顔がなんだか恐ろしいもののように思えてきてしまった。




