わがまま幼女姫の休日(三)
俺たちはリーニアに教えてもらった近くの狩場までやってきた。
リーニアが時々魔法や剣技の特訓をするために訪れというその森には鹿やウサギなどの普通の狩人が狩るような生物から、熊や猪のようなどう猛な生物まで多種多様な生物が生息しているようだ。
大きさはそれほどでもないが、やはり熊や猪ともなると油断はできない。
「前みたいに森を破壊するなよ」
「儂をバカにするでない。あの時はたまたま調子が悪かったのじゃ!」
赤姫は怒ったような様子を見せながら適当な獲物を探し始めた。
さすがに鹿や兎を狩るのでは満足できないようで、この森の主を倒すまで帰らないとかなんとか言ってきた。
実にめんどくさい。
そんな性格だから話し相手が引いていくんじゃないか?
「あそこにうまそうな奴がおるぞ!」
そう言って、赤姫は急に駆け出していった。
結局食いもんになるのか。
強い敵と戦いたかったんじゃないのか・・・
「赤姫さんは一人で大丈夫なのですか?」
「あいつの死に顔なんて全く想像できないな」
「そもそもどのような戦い方をするのでしょうか」
「俺もわからん」
赤姫のことを心配するシルヴィーはしきりに質問してくるが、俺も赤姫については知らないことの方が多い。
あいつは誰にも到達することができないような山の頂を独占して絶対的な孤高を体現するようなやつだ。
燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや、とでも言えばいいんだろうか。
俺たちがそう簡単に推し量れるような存在じゃない・・・
「あんな雑魚は儂にかかればちょちょいのちょいじゃ!見ておれよ剣夜!」
・・・今はなんというか、落ちるところまで落ちたという感じだが。
「赤姫ちゃんがオオツキワグマに突進していきましたわよ!」
「本当に大丈夫ですか!?」
リーニアとシルヴィーは慌てた様子で『聖遺物』の準備をしたが、俺は特に心配することなく赤姫の闘いぶりを静観した。
三メートルはあるような大熊は赤姫に向けて咆哮を放った。
しかし逆に赤姫の殺気に当てられたのか、すぐに固まってしまった。
赤姫がなんのためらいもなく右手を前に出すと、すぐにそこから黒い何かが放たれた。
しかも今回は綺麗にまっすぐ飛んでいき、無残にも熊の顔面に直撃した。
なんのひねりもない馬鹿正直な攻撃によって熊は見る影もない姿に成り果てていた。
これではうまそう以前の話だ。
「今のは魔法なんですか?」
「剣夜様の魔法に似ていますわ」
赤姫は『聖遺物』も使っていなければ、聖文も唱えていない。
あれはまるで魔力を直接体外に押し出したような感じだ。
『地獄領』の住民の魔力があのように黒い色がついているのだとすれば、俺の魔法が黒っぽくなるのも頷ける。
「これでは食べられんのう・・・」
本気で食べるつもりだったのか・・・
赤姫は“熊だったもの”を眺めながら感傷に浸っていた。
「食べたいのなら魔法は使うな。素手で取れ」
「それもそうじゃな」
冗談で言ったつもりだったのだが、赤姫はなぜか得心いった風に再び駆けていった。
あんな弱々しい手で何ができるのやら。
しかし俺の予想に反して、赤姫は森の中を盛大に暴れまわり、ありとあらゆる猛獣を狩っていった。
十歳くらいの幼女が綺麗な巫女装束を土やら血やらで汚しながら何倍にも及ぶ大きさの獣を殴り、抉りを繰り返す絵面を想像できるやつがいるのならぜひ会って見たい。
それはもう散々な地獄絵図だ。
開始と同時に俺はシルヴィーとリーニアの目を塞ぎ、俺も途中から後ろを向いてしまった。
他に誰も来なくて本当に良かった。
「いい運動をしたのう。今回はそれなりにうまくさばいたつもりじゃ」
頭の上から足の先まで一面真っ赤に染まった赤姫はこれまで一度も見せたことがないような最高の笑顔を浮かべていた。
「・・・」
俺はどこか地獄を舐めていたのかもしれない。
これがこいつの本性なのだから・・・
俺はとりあえず『ピュリフィケーション』で赤姫の服を綺麗にした後、綺麗にさばいたという獣の残骸を目にした。
「予想はしていたが、これはもう・・・」
「どうしました?」
「見ない方がいい」
これは”さばいた”というよりは”おろした”といった方が近いくらいだ。
とにかく赤みの部分がズタズタで全く食欲をそそらない。
あいつの腕はドリルにでもなるのか。
「これは無理だな」
「なぜじゃ!」
「肉がすでに腐り始めてる。殺した後すぐに血抜きをしないからだ。お前だって、どうせ食べるならよりうまい肉の方がいいだろ」
「・・・それもそうじゃな」
赤姫は自分でさばいた肉たちの哀れな姿を見てころっと意見を変えた。
なんて薄情なやつだ・・・
さすがにこれらを放置するわけにもいかないため、俺は『テクトニズム』で地中の中に埋めてやった。
それでも腐った肉の独特な臭いまでは消すことができず、俺たちは逃亡するようにその場を去った。
当分肉は食べられそうにない。




