黒馬の王子様(一)
毒々しかった先ほどまでの荒地とは対照的に、ミリーの『ゲート』をくぐった先にはきちんと手入れされた石畳が広がっていた。
辺りには西洋風の建物がちらほら建っており、太陽などどこにも見えないが、地中海沿岸で見られるような白塗りの壁が光り輝いている。
「ここが『人間領』?だれもいないな・・・」
俺のセリフになんの反応も示さないまま、ミリーはスタスタと歩いていく。
嫌われてるのだろうか?何もしてないんだが・・・
「着きました。ここから人間界へと転生することができますので。それでは」
そう言って彼女は、これから残業に勤しむOLのように肩を落としながら来た道を戻り始めた。
「いや、説明が少なすぎないか?」
「入ればわかりますから。私の頭の中はこれからどう姉さんに謝ったらいいかでいっぱいなんです」
かなり落ち込んでいるようだし、これ以上引き止めるのもあれだな。
引き止める間もないまま、ミリーはより深刻そうな面持ちで開いた『ゲート』の中へと消えていった。
それを見送った俺は、彼女に紹介された建物に目を向ける。
「普通の家って感じだな・・・とりあえず入ってみるか」
木製の扉を開けて入ると、中には家具や調度品の類が一切なく、一人の少女が中央に直立しているだけだった。
格好はいわゆるメイド服というやつで、フリルのついたモノトーンのエプロンに、白いカチューシャをつけている。
またまた地球っぽい服装だ。
「いらっしゃいませ。肉体を持った方とは珍しい」
そう言ってから彼女は深く頭を下げ、少ししてから頭を上げた。動きに無駄がない。
「君は一体・・・」
「私は『三途の川』から送られてきた魂を人間界へ送り出す仕事をしております。名前はありませんので、自由にお呼びください。あなたは転生希望の方ですよね。どの世界になさいますか?」
「どのって、地球以外にも世界があるのか?まあ、それでも地球でお願いしたいんだが」
彼女は俺の言葉を聞くと、目を閉じてから何かを唱え始めた。
しばらくすると、ゆっくりと目を開け、再び頭を下げた。
「申し訳ございません。「地球」が存在する世界における転生は原則として肉体を持たない方限定で行われます。もちろん、その肉体を放棄されるのでしたら可能ですが・・・あまりお勧めはできません」
「そうか・・・となると他にどんな世界があるんだ?というか、どれだけの世界があるんだ?できるだけ安全で、人が多くいる世界がいいんだが」
「一定数人間が存在する世界は全部で約5,000あります。人間が存在しない世界を含めれば約100,000になります。崩壊中の世界が多くありますので概算になりますが・・・それと残念ながら、どの世界も絶対に安全だとは断言できません」
5000もあるのか。にもかかわらず、安全な世界が一つもないというのは・・・
しかし、俺はどの世界に行けばいいんだ?皆目見当もつかない。
「他の奴らはどうやって決めているんだ?」
「基本的にランダムです。ただ、肉体持ちの方には自由に選んでもらう決まりがあるようです。その方達がどのように決めてきたかは私にはわかりません。私の勤務期間中に現れたことがありませんので」
「他に仲間はいないのか?」
「外にはいるそうですが・・・私はこの部屋から出ることができませんので」
彼女も赤姫同様、ずっとひとりぼっちだったのだろうか?
なんだか可哀想でしょうがない。こんなシステムを作り出したやつを一発殴ってやらなくては。
「なら、俺もランダムで構わないから、適当に転生してくれ」
「よろしいのですか?」
「ああ。人間がいればなんとかやっていけるだろ」
「・・・かしこまりました。では、目をつぶってください。今から転生の儀式を行います」
俺は言われた通りに目を瞑る。
そして彼女が何かを唱え始めたかと思えば、暖かい風が顔をかすめ、一瞬にして意識が飛んだ・・・
・・・・・・この時の俺は楽天的すぎたのかもしれない。人間がいればなんとかなる?その人間がいるからこそ、彼女はどの世界も安全であると断言できなかったのではないか、と少し考えればすぐにわかることだっただろうに・・・・・・
気付けば草原の上に大の字で寝転がっていた。
青い空にいわし雲。いたって普通の光景である。
自分の格好を確認すると、同じTシャツにジーパンであった。
「さすがに地球に転生しました、というオチではないよな・・・」
当たり前だがなんの返事もない・・・
上半身を起こし、辺りを見回すも、目印になるようなものは何もない。近くに木が数本立っているだけだ。
ここでひたすら赤姫を待ってもいいんだが、いつになるかもわからないし、それに、ここがずっと安全であるとも限らない。
「とりあえず、村か町を探すか・・・しかし、どこに向かえばいいんだ」
靴は履いているため歩くことは問題ないのだが、目的地も分からなければ、どれだけ歩けばいいのかもわからない。これでは、下手に動き回るほうが危険かもしれない。
「それでも、覚悟を決めて探索するか」
このままでは赤姫がこちらに来た時、がっかりされるかもしれないしな。まあ、なるようになるだろ。
そう思ってから歩くことかれこれ一時間・・・
「本当に何もないな・・・」