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地獄門使いの異邦人〈エトランジェ〉  作者: 織田昌内
第三章 チェンジリング
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青い小悪魔(七)

俺はリーニアの肩に手を置いた。


リーニアの服は魔法のおかげでほんのり温かかったが、依然としてビショビショだ。


「剣夜様?」


「違和感があったらすぐに言ってくれ・・・『白色の輝き、我を導け、ピュリフィケーション』」


手先がほのかに光ったと思えば、濡れた感触がいつの間にか消えていた。


その上、リーニアの髪の毛から靴に至るまでが新品のようにピカピカと光沢を帯びている。


これは成功したということでいいのか?


「すごいです、剣夜さん。服が全く濡れていません」


「それより、あなた今『聖遺物』なしで魔法を使ったわよね。どういうことか説明してもらえる」


今までの余裕ある態度から一転、少女はいたって真剣な面持ちで俺に近付いてくる。


お淑やかさは一体どこへ行ったのやら。


「長い話になるんだが・・・」


「私は構わないわよ」


「あなたが構わなくても、剣夜様や私たちが困りますわ!」


「落ち着いてくれリーニア。だが、リーニアの言う通り、俺はこれから仕事にいかなきゃならないんだ。だから話の続きはまた次来た時にでも・・・」


「この馬についても聞きたいわ。お願いできるかしら」


服が乾いて再び熱くなるリーニアをなだめつつ、俺はなんとかこの少女の質問攻めから逃れようとするが、彼女は聞く耳持たずに黒馬へ近付いて行った。


しかし、何か危険を察知したのか、いつもはおとなしい黒馬は急に暴れだして彼女の接近を許さなかった。


「昔から人間を含めて、生き物に好かれたことがないのよね。どうしてかしら」


さらっととんでもないことを言うな。


人間も含めてと言うが、さすがに家族は別だろ。


それに人は誰にも愛されていないように見えて、実は気付いていないだけで意外と多くの人から好意的に見られているものだ。


「でもそうね。あなたも忙しいわよね。わかったわ。だったら、私もあなたの仲間に入れてくれないかしら」


「仲間とはどう意味だ?」


「そのままの意味よ。あなたの仕事もちゃんと手伝うわ。でも、お金や謝礼はいらないわよ。ただ、仕事の合間にでもあなたとお話ができればいいから」


「俺は別に仲間を募集しているわけではないんだが・・・」


「あら何か不満でも。私は魔法が得意だからそれなりに役立つと思うわよ。それに、この辺りの地理にも詳しいし、鉱石の品質も鑑定できるの。それでも満足いかないって言うなら、自慢できるようなものじゃないけれど、私の身体にちょっとだけ触ってもいいわよ」


そう言って、彼女は自分のスカートの裾を申し訳ない程度につまみ上げた。


いつものように嗜虐的な笑みを浮かべる彼女に羞恥心というものはないのだろうか。


それよりも、自慢できないなんて言うが、彼女の身体は誰がどう見たって理性を売り払ってでも手に入れたいような代物だ。


「剣夜さん、誘いに乗ってはいけません!」


「そうよ。絶対何かの罠に決まってますわ!」


シルヴィーとリーニアは俺の前に立ち、目の前の少女を厳重に警戒する。


俺もそこまでホイホイ引っかかるような男ではないと思っているんだが・・・


「別にそこまで警戒しなくいいわよ。行為そのものをしようというわけでもないし」


「行為?」


「あらわからない?つまり、せいこう・・・」


俺は彼女が全てをいい終わる前にはその口を塞いでいた。


これ以上は放送禁止というか、公然と言って良いものではない。


これは赤姫とは違った文脈で危険な口だ。


しかし、俺が口を塞ぐことをまるで最初から期待していたかのように彼女の頬はさらに緩んだ。


「触ったわね。これで契約成立よね」


そんなことがあっていいのか?


確かにいきなり触ったことは俺も悪いと思っているが、これは公序良俗に基づいた正当な行為だと思うんだが。


「いいのよ気にしなくても。ただ、私をここで離したら、あなたは明日から帝都に入るたび袋叩きにあうかもしれないわね」


今度は脅しか。食えないやつだ・・・


果たして俺はこの後どうしたら良いのだろうか。


彼女は不敵な笑みを浮かべながら俺の返答を待っているが、どう返答したところで彼女の思い通りに誘導されてしまいそうで仕方がない。


もう諦めるしかないのか・・・


「・・・わかった。同行を認める」


「素直でよろしい。好きよ、そういう潔さは」


「よろしいのですか、剣夜さん?」


「危険ですわ」


シルヴィーとリーニアは一様に反対してくるが、このまま話し合っていても時間を浪費するだけだろう。


さっさと用をすませて解放されるほうが手っ取り早い。


俺は早速黒馬に乗ろうとしたが、さすがに四人は乗れないことに気が付いた。


「シルヴィーとリーニアは別の黒馬に乗ってもらうか・・・」


「そんなぁ・・・」


「あんまりですわ」


あからさまに不満たっぷりの表情を見せるが、ほかに案がないため仕方がない。


俺は再び『ゲート』を出現させ、もう一頭黒馬を呼び出した。


「これよこれ。これもなんなのか気になっていたんだわ」


急に生き生きとした彼女はなんと『ゲート』に触れようとした。


俺でさえしようとは思わなかったことを平然とやってしまう彼女の好奇心には恐れいったが、結果は虚しくも“空をきる”というものだった。


「不思議だわ。こんなにも胸踊るような体験は何年ぶりかしら」


「そういえば、名前を聞くのを忘れていたな。俺は橘剣夜。剣夜と呼んでくれ」


「私はサフィーレ。気軽に「サフ」って呼んでいいわよ」


「わかった。サフは俺の後ろでいいか?」


「ええ」


「シルヴィーとリーニアは大丈夫そうか?」


「なんとか」


もう一方の黒馬にシルヴィーとリーニアはすでに乗馬していた。手綱はリーニアが扱うようだ。


万が一を考えて二人のことをしっかり守ってもらうよう黒馬に念を押しつつ、俺が自分の黒馬に乗馬すると、手を貸すよりも先にサフィーレは俺の後ろに飛び乗った。


「腰に捕まればいいのかしら」


「落ちないようにしてくれればどこでもいいさ」


「やっぱり空を飛ぶのね。ワクワクするわ」


サフィーレが俺の腰にしっかりとしがみついたのを確認した俺は二頭の黒馬を飛翔させた。


目指すは帝都近くに位置するアヴィンル山脈だ。


初めてのことでサフィーレはさすがに手に力を入れていたが、数分もしないうちにすっかり慣れた様子だった。


挙げ句の果てには俺の腰から手を離し、大の字に広げ始める。


「すごいわ・・・世界と初めて繋がった気分よ」


その姿はいかにもこれからの危難を暗示しているようだった。

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