青い小悪魔(五)
「あなたは確か昨日も来ていたわよね?」
「そうだな」
「でも、あまり見ない顔ね。最近帝都に移ってきた、といったところかしら」
そう言いながら彼女は俺の顔をじろじろ観察してくる。
相当物怖じしない性格のようだ。
見た目は失礼ながらそこまで発達してはいなさそうだが、その漂ってくる雰囲気から、どうも彼女は年上なのではないかと思えてくる。
「移住してきたわけじゃない。たまたま今日、仕事でよっただけで・・・」
「仕事って、もしかして傭兵?」
「そうだが・・・」
「なら、以前はどこに?」
「以前も何も、現在進行形で王都ブルーゲが拠点なんだが・・・」
「どうしてそんな面倒なことをしているの?往復するのは大変でしょ?」
「まあ確かに、片道五時間はかかるからな・・・」
「五時間!?冗談でしょ。どんなに早い馬車であっても半日以上かかるはずよ」
「嘘を言ってるわけじゃないんだが・・・」
どうしてこんなにも俺は質問攻めにされているんだ?
彼女は本を拾うことすらやめ、俺が答えていく側からさらに質問を並べてくる。
俺はぶつかってしまった立場として彼女の質問を無下にすることもできない。
「もしかして馬以上に速い移動手段があるのかしら」
「それは企業秘密ということで・・・」
「「キギョウ」とはどういう意味?」
物怖じしない上に好奇心旺盛。これ以上ないというほどの積極的な生き物だ。
「・・・今のは失言だ。ただ単に秘密ということだ」
「そう、それは残念ね。それよりどうしてまたここに?」
「昨日買った本をとある事情で紛失してしまったんで、再度買いにきたんだ」
「どんな本かしら。よければ私がとってきてあげるわよ。色々質問してしまったお詫びに」
自覚はあったのか。
とにかく断る理由もなく、俺はどんな本を探しているのか伝えた。
それを聞くや否や、彼女は姿をくらませてしまった。
俺は彼女が戻ってくるまでの間に放置されていた本の山を綺麗に積み上げようとしたが、それが終わるよりも先に彼女は戻ってきてしまった。
「これでどうかしら」
「早すぎないか」
「私、この店にある本の場所はすべて把握しているのよ。あら、まとめてくれてありがとう」
それだけのことでできる芸当じゃない気がしたが、俺は特に追求するようなことはしなかった。
俺は彼女から目的の本を受け取り中身を確かめたが、昨日買ったものよりも数段鮮明で見やすいことに驚いた。
「助かったよ。ありがとう」
「私も面白い話が聞けて楽しかったわ」
彼女はいたずらっぽく笑みを浮かべ、俺が綺麗に積み上げた本の山を持ち上げようとした。
俺は思わず声をかけたが、彼女はなんともないような風に軽々と持ち上げてみせた。
そんな遅い腕のどこにそこまでの力が秘められているというのか。
「私は時間がかかるからお先にどうぞ」
「悪いな」
言われた通り、俺は店主に本の代金を支払い、彼女に再びお礼を言いつつ店を後にした。
俺はそのままシルヴィーとリーニアがいる店に向かった。
男の俺が中に入っていいものかと数秒扉の前で逡巡してしまったが、こちらの方がむしろ怪しいと悟った俺は堂々と店に入った。
中には色鮮やかな衣装があちらこちらに飾られており、どこか夢の国にでも迷い込んでしまったような気分になる。
そんな場所には全く似つかわしくない漆黒のコートを纏った俺のことを店員は当然のごとく不審に思う。
だが、俺は彼女たちの威圧的な眼差しに臆することなくシルヴィーたちを探した。
部屋の奥の方に見慣れた金髪を見つけると、そこにはリーニアが一人、目の前のカーテンをじっと見つめていた。
「お持たせ、リーニア」
「剣夜様!本は見つかりましたか?」
「ああ。それより、何をしてるんだ?」
「ちょうど今、シルヴィーがドレスを試着しているところですわ」
「試着?」
リーニアとしばらく待っていると、カーテンが開けられ、中から純白のドレスを身に纏うシルヴィーが現れた。
手には花束までも添えられており、今から式を執り行ってもなんの問題もない格好である。
「け、剣夜さん!」
俺がいることを予想していなかったシルヴィーは危うくブーケを落としてしまいそうなほど動揺した。
「悪い。見ない方がよかったか」
「いえ、その・・・少し恥ずかしいですが、将来のことを考えますと・・・」
結局シルヴィーは動揺を抑えきれないまま顔を真っ赤にして俯いてしまった。
これでは俺もどう反応していいのか困ってしまう。
この気まずい状況を見咎めたリーニアは若干不機嫌そうな顔をしながら俺とシルヴィーの間に割って入った。
「さっ、剣夜様のお手伝いをしないといけないから、着替えて、シルヴィー」
「は、はい・・・」
シルヴィーは名残惜しそうに俺の顔を見たが、リーニアに押されるまま試着室の中へと戻っていった。
これ以上ここに留まっているのもどうかと思った俺は二人に声をかけて一足先に店から出た。
そして待つこと数分、元の姿に戻ったシルヴィーとリーニアが店から出て来た。
二人とも何かを買ったようには見えない。
「何も買わなくてよかったのか?」
「これからはあのようなドレスを着る機会もあまりないでしょうし、また次の機会にと思います」
シルヴィーは特に気にするということもなく、淡々とそう言った。
外の世界に出るよう仕向けた俺が今更言っても仕方のないことかもしれないが、シルヴィーとリーニアが綺麗なドレスを着ながら送る優雅な生活から遠ざかっていくのは名残惜しくもある。
俺は心の内に一握のわだかまりを抱えながら帝都を離れた。




