無形の襲撃者(五)
赤姫や白丸ではない声が聞こえたかと思えば、俺たちの目の前に白っぽい霧のようなものが立ち込めてくる。
それほどの大きさではないことに安堵したが、気付けば俺たちは複数の霧の塊に囲まれていた。
「聖霊ですね」
「これが・・・確かに形が定まってないな」
「お前たちは何者だ?我々の術が効かないとは・・・」
口などどこにも見当たらないにも関わらず、もやもやとした“それ”は流暢に喋り始めた。
「お前らこそ、俺たちに何かようか」
「用などない。ただお前たちが我々の縄張りに無断で立ち入り、この地を傷つけた。それだけだ」
「・・・赤姫、白丸。捕まれ」
話し合う余地はないらしい。
形の定まらない霧がいきなり迫ってきたのにいち早く気付いた俺は、全く状況をつかめていない赤姫を腰に、白丸を頭にしがみ付かせた後、勢いよく飛び上がった。
俺たちが立っていた場所にはすでに霧が充満しており、何かが腐食するような気味の悪い臭いや音が感じられたと思えば、なんと買ったばかりの本二冊が溶けていた。
あのままあそこにいたら俺たちは一体どんな目にあってたことやら。
二人と一匹を乗せているとはいえ結構な重さがあると思えば、白丸が俺の剣をくわえていた。
「持ってきてくれたのか、白丸。ありがとな」
「いえいえ。こんな居心地の良い場所をみすみす失うわけにはいきませぬ」
剣の中で居心地なんてものがあるのか?
「それよりもまず、一時退散するか」
「なんじゃ。逃げるのか、剣夜。情けないのう」
赤姫はそう言うが、敵の全体像もつかめない今の状況で戦うのは得策ではない。
もやもやとした聖霊は俺たちに向かって少しずつ距離を詰めてくる。
その姿は聖霊というよりは、追い剥ぎに近いものを感じる。
「俺もこの状況じゃ魔法が使えないし、剣も振るえないんだ」
「それなら儂に任せれば良いじゃろ」
そう言いながら赤姫は俺にその小さな背を向けた。
そして急に静まり返る中、小さな身体に見合わない赤姫の長い黒髪が靡き始めた。
赤姫の周りからは、俺が羽織る黒く染まったコートから伝わってくる温かさ以上の何かが感じられる。
「白丸、いざという時には頼むぞ」
「わかりました」
聖霊がすぐそこまで近付いてきたところで、赤姫はおもむろに右手を正面に向けた。
すると、その弱々しい手のひらから、左右に大きく広がる霧めがけて勢いよく「ドスグロイ」ものが放たれた。
ただ、魔法と言えるのかも疑わしい赤姫の攻撃は四方八方、あっちこっち、ほとんどでたらめな方向に飛んでいく。
「なんというか・・・大雑把、ですね」
「あいつ、あんなに魔法が下手くそだったのか?」
「おい、聞こえておるぞ!」
「お、お前たちは地獄のものだったのか!」
いくらノーコンとはいえ、赤姫の攻撃は霧の一部に当たったため、聖霊たちは多様な奇声を上げ始める。
思わず耳をふさごうと思ったが、手が挙げられないため我慢するしかない。
続く赤姫の攻撃に恐れをなしたのか、霧がだんだんと薄くなっていき、そして聖霊たちの気配が完全に感じられなくなった。
「どこへ行った?」
「自然の中に溶け込んだと思われます。こうなると、そう簡単には感知することができませぬが、向こうもしばらくはおとなしくせざるをえないでしょう」
「骨のない奴らじゃのう」
でたらめな攻撃にさらされ、すっかり荒れ果ててしまった地面を前にしながら赤姫は自慢げに仁王立ちしていた。
あまり自慢できるような惨状ではないが、一応聖霊を撃退してくれたことには感謝しなければ。
赤姫から感じられていたオーラが鳴りを潜めると同時に、俺の背中でスヤスヤと寝息をたてていたリーニアの体が少しずつ動き始めるのを感じた。




