無形の襲撃者(四)
この揺れは俺の魔法によるものではない。
「剣夜様、これは?」
「わからない。二人ともこっちに」
何か嫌な気配を感じた俺は即急に赤姫とリーニアと合流する。
「剣夜殿!この気配は・・・聖霊です」
聖霊だって?
聖霊といえば確か、『天国領』の住人でありながらも人間界に存在しているというやつか?
「剣夜様・・・」
リーニアは不安そうな声をあげながら俺の腰にしがみついてくる。
不快な振動は数十秒間続き、やっとおさまってくれたかと安堵するや否や、今度は不意な眠気に襲われる。
先ほどまで力強くしがみついていたリーニアはぐったりとした様子で地面に膝をつき、スヤスヤと寝息を立て始めた。
「リーニア、大丈夫か」
いくらさすっても起きそうにない。俺の方も意識を留めておくだけで精一杯だ。
「これは一体・・・」
「大丈夫ですか、剣夜殿。これは間違いなく、聖霊による催眠術です」
「どうしたんじゃ、剣夜?だらしがないのう。それでも儂の領民か」
赤姫はどうしてそんなにピンピンしていられるんだ?
俺はなんとか気を確かに保ちつつ、さすがにリーニアをこのまま地面の上に寝かせておくわけにもいかないため、背中の剣を一旦赤姫に持たせ、ゆっくりとリーニアをおぶった。
リーニアのささやかな寝息が俺の首筋をくすぐるが、それのおかげで俺はちょっとした安心感を得た。
「ぎゃっ!」
「どうした」
急に叫び声をあげた赤姫の方に目を向けると、彼女は俺が預けた剣を投げ捨てた後、小さな両の手をさすっていた。
「なんじゃこれは!急に熱くなったぞ!」
「リーニアが触れていた限りでは大丈夫だったから平気かと思ったんだが、『地獄領』の住人には過剰に反応するのか?」
「その通りです」
「こうなることをわかっていてわざと儂に持たせおったな!まさか・・・剣夜は噂に聞く「エス」というやつか!?」
投げ捨てられた剣から飛び出してきた白丸には目もくれず、赤姫は驚きの表情を見せながら震える指を俺に向けてきた。
いきなり何を言うかと思えば、この危機的な雰囲気をぶち壊すようなことを・・・
「「噂に聞く」って・・・お前は今までずっと一人だったくせに、誰から聞いたんだ」
「確か・・・昔『地獄領』におった時、儂がボコボコにした領主の一人が興奮気味に儂のことを「エス」の素質があると言っておったな。よくはわからんかったが、要するにいじめるのが好きなやつのことじゃろ?」
なんてことを吹き込んでるんだ、その領主とやらは。
そいつ、明らかにドMだろ。地獄も末だな・・・
というか、そんなことは今どうでもいいだろ。
「なあ、白丸。さっき言っていた「聖霊の催眠術」とはどういうことだ?」
「聖霊はその役割上、精神操作系統の術を得意とするのです」
「聖霊の役割とは『天国領』に転生する人間を選別するとかいうやつだろ?それにどうして精神操作が必要なんだ?」
「それは・・・大抵の人間は死後に『天国領』へと転生するのですが、時折、生きた状態の人間をそのまま『天国領』へと送ることがあり、その時に使うようです」
「生きている状態で送ることになんの意味が?」
「その人間が優れた精神を持っているだけでなく、優れた肉体を持っている場合、それが加齢によって朽ちてしまう前に不老不死の力を与えた方が、『天国領』にとっても都合がいいと聞いたことがあります」
確かに一理あるが、優れた肉体を持っていてなんのメリットがあるというのだろうか。
戦うわけでもないだろうに。天国は平和だから天国なんだろ?
まだ疑問が完全には解消されていなかったが、そんな俺たちを待ってくれるわけもなく、二度目の揺れが襲ってきた。
これが精神操作の術だというのであれば、上品そうな名前のわりに結構強引な奴らなんだな、聖霊ってのは。
「俺から離れるなよ、赤姫」
「何を心配しておるのじゃ、剣夜は。儂がいれば何がかかってこようとも楽勝じゃ!」
そう言いながら仁王立ちをする赤姫はあたりを見渡し始める。
赤姫の言葉は信じてやりたいが、どうしてもこの見た目だからな・・・いかにも失敗しそうな予感がする。
とはいっても、リーニアを抱えているこの状態では剣を振るうことも、魔法の照準を合わせることもできない。
一抹の不安を感じていると、長かった振動がようやく止み、代わりに不思議な臭いが漂ってきた。
「なんだ、この今にも吐きそうな臭いは・・・」
「これも聖霊の術です。おそらく精神を混濁させる効果があると思われますが、剣夜殿には効かないようですね」
「いや、これでも結構辛いんだが・・・赤姫はなんともないのか?」
「なんのことじゃ?何も感じないのう」
聖獣である白丸に効果がないのは分かるが、赤姫にも効果がないとなると・・・これは人間のみに害があるのだろうか。
いや、赤姫だって今は人間の身体のはずだが・・・
「とりあえず、リーニアを早く安全な場所に移さないといけないからな、ここは一旦引き下がるか」
「そうはさせぬ」




