小さな再会(五)
どういうことだ?俺はてっきり、あの世の住人は例外なく人間の言葉が理解できるものだと思っていたのだが・・・
赤姫だけでなく、『三途の管理者』も俺の言葉を理解していたし、白丸とも意思疎通できている。
もしかして俺の体が特別製だということと何か関係があるのか?
「なあ、赤姫。お前が喋る言葉と人間が喋る言葉は異なるのか?」
「何を当たり前のことを。剣夜が生きていた世界では全人類が共通の言語を持っておったのか?そんなわけなかろう。もし人間語というものがあるとすれば、儂は地獄語が喋れるのじゃ」
「俺は地獄語なんて知らないぞ」
「そういえば・・・まあ、剣夜の身体はわからないことだらけじゃからのう、そんな些細なことを気にしても仕方ないじゃろ」
完全に思考停止したな。見た目が幼いからって、「わかりません」の一言で片付けられると思うなよ。
というか、そろそろ自分の足で立ってもらいたい。
決して疲れたというわけではないが、いわゆるお姫様抱っこというものが思った以上に気恥ずかしいだけでなく、何より、先ほどから感じるリーニアの刺すような視線がかなり痛い。
若干うんざりしてきた俺は、このとりとめのない話を打開するため助っ人を呼ぶことにした。
「白丸」
俺の呼び声とほぼ同時に出現した小さな銀狼の顔はどこか引きつっているように見えた。
「この状況をどう思う?」
「そう言われましても・・・我には皆の言葉が理解できますが」
「なんじゃ、これは!?」
テコでも動かないだろうと思っていた赤姫は白丸の姿を見るや否や、俺の腕から飛び降りた。
そのまましゃがみこんだ赤姫は白丸をまじまじと見つめつつ、時折手を伸ばしかけては引っ込めている。何がしたいのやら・・・
とりあえず両腕が解放されて楽になった俺は今の状況を整理することにした。
「リーニアは白丸の言葉はわかるが、こいつの言葉はわからない、でいいのか?」
「はい。それより、早くこの子について詳しく教えていただけませんか!お名前とか、出身地とか、特に剣夜様との関係とか!」
「それは・・・名前は赤姫。出身は東方の無名の田舎だよ。俺との関係は・・・旅をしていたらたまたま出会ったというだけだ」
「その割にはかなり親しげな様子でしたわね」
リーニアはそう言って、プイと俺から目をそらした。
こんな十歳もいかないような幼女に嫉妬しなくても良くないか?俺にそっち方面の趣味はないぞ。
いや、十五歳の少女と婚約している俺がそんな言い訳を言っても説得力がないか・・・
それはそれとして、俺は確認を取るため白丸に念話を送った。リーニアに聞かせるわけにはいかない内容も含まれるからな。
「『天国領』の住人、つまり聖獣は人間の言葉が喋れるのか?」
「普通はありえませぬ。ただ、我は剣夜殿から力を貰い受けているゆえ、その影響で人間の言葉も理解できるようになったのではないかと。確か、眷属化した聖獣は主人の能力を一部継承すると聞いたことがあります・・・それより、この者はどう対処すればよろしいのですか?」
依然として白丸に興味津々の赤姫だが、触ろうとしては手を引っ込めるの繰り返しで、人見知りというか臆病というか、初めて赤姫に出会った時の印象とは雲泥の違いだ。
そんなんでよく人と話がしたいなんて思ったな・・・
「なあ、赤姫。なんとなくわかってきたんだが、赤姫の体の一部を俺が取り込めば、人間の言葉がわかるようになるんじゃないか?」
「そうなのか?儂にはよく分からんのう・・・って、もしや剣夜。適当な理由をつけて儂の体を弄ぶ気じゃな!それとも、領主の座が狙いか!」
こいつは一体何を言ってるんだか・・・
ちゃんと真面目に聞いてるのか?それに、「弄ぶ」とはなんだ。大事なことのようだから何度も言うが、俺にそんな趣味はないからな。
「言っておくが、これはお前の問題だからな。人間と喋りたいがために来ておいて、言葉がわかりませんでした、なんて全く笑えないぞ」
「・・・」
俺の厳しめな言葉にすっかり萎縮してしまった赤姫は暗い顔のまま俯いた。これではまるで幼い子供を泣かせているみたいだが、俺はそんなこと一切気にしない。
しばらく悩んだ後、赤姫は不安を露わにした顔をこちらに向けつつ、今までの空疎な威厳を感じさせていた言葉遣いではなく、まるっきり幼女のような喋り方で弱々しく言葉を発し始めた。
「・・・領主の座を奪ったりしない?」
「しない」
「髪の毛に興奮したりしない?」
「・・・はやくよこせ」
結局、俺はほぼ恐喝するような形で赤姫の髪の毛を獲得し、躊躇なくそれを飲み込んだ。
リーニアの顔は驚きに満ちていたが、これが初めてというわけでもあるまい。まあ、幼女の髪の毛を食べるなんて行為が異常であることは認めるが。
「なんともないか、赤姫」
「特に異常は感じられぬのう」
「剣夜様、その子のしゃべる言葉がわかりましたわ!」
どうやら俺の考えは間違っていなかったようだ。
誰かの体の一部を取り込むことで、その者が持つ一定の能力を得ることができる。あくまで地獄関係者内での話だが。さすがに、ただの人間が外国人の髪の毛を食べたからといって、外国語が身につくはずもない。
「どうして急に言葉がわかるようになったのでしょう?」
「それは・・・こいつの学習能力が高いからだな」
「剣夜様」
俺の苦しい言い訳を看過してくれるわけもなく、リーニアは俺に詰め寄ってくる。
しかし、この仕組みを話すとなると、地獄やあの世についての話をしなくてはならないことになる。話してはいけないという決まりはないのだろうが、世の中には“知らない方が良いこと”というものがいくらでもある。
それに、リーニアを無用なことに巻き込みたくはない。
「リーニア、聞いてくれ。俺にやましいことは何もない。これだけは信じて欲しい。話せる時がきたら、必ず話す。今は何も聞かないでくれないか?」
「もちろん私は剣夜様のことを信じていますわ。ですから私のことも・・・いえ、いつか絶対に話してくださいね」
「ありがとう、リーニア」
俺はそう言いながらリーニアの頭を軽く撫でた。
リーニアにはお願いをしてばかりだからな、いつか必ず誠意あるお返しをしなくてはなるまい。




