芳しき乙女たち(五)
「ついさっき婚約したんだが、俺はどうすればいいと思う」
「我に聞かれても・・・」
街中を歩いていた俺は、背中の剣に宿る白丸に念話で話しかけた。かなりの無茶振りであることは重々承知しているが、どうしても人間以外の存在に相談したくてならなかった。
「そう言わずに、何か助言とかないか?女性への接し方、とか」
「我に人間の女性への接し方を聞かれても・・・」
「そういえば、白丸の性別はなんだ?」
「聖獣に性別はありませぬ。雌雄同体というわけではもちろんないです」
それはつまり、繁殖しないってことか?それでどうやって個体を増やすんだとつっこんでみたが、言葉を濁した白丸の答えはなんと「自然発生」だった。
そんなことを話している内に、俺は目的の場所にたどり着いた。先ほど来た時はシルヴィーやリーニアと一緒だったが、今回は一人きりだ。
天にも昇るような笑みを浮かべていたシルヴィーはナターリャさんと一緒に王城に残り、一方、なぜか放心状態となっていたリーニアは、国王からの許しをもらい、オルドックス家で掃除をすると言っていた。一人で大丈夫かと俺はリーニアに声をかけたが、全く聞く耳持たずの彼女は逃げるように出て行ったため、俺は結局一人になってしまったのだ・・・
目の前の扉をゆっくり開けると、先ほどと同様、二十代半ばといったところの一人の男性が快く俺を出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、剣夜さん。シルヴィー様からの伝言は伺っております。私もちょうど腕の良い傭兵を探していたところで、まさに朗報でした。シルヴィー様が推薦する方なら間違い無いのでしょう。ですので、是非剣夜さんにはうちで働いてもらいたいと思います」
「俺もここで働かせてもらえるのは嬉しいんだが、一つ確認したいことがある」
「なんでしょう?」
「俺が引け受ける仕事は主に資源の採取だ。人を傷つけるような仕事を受けるつもりはない」
「もちろんです。私はこの仕事を誇りとしておりますゆえ、決してシルヴィー様の名に泥を塗るようなことはいたしません。ですので、剣夜さんも安心して採取の仕事に専念してください」
「了解した。で、俺は具体的に何をすればいいんだ?」
「そうですね・・・この商会では主に魔道具を扱っていますので、『聖遺物』はいくらあっても困りません。ですので、剣夜さんはまず、『聖遺物』の鉱石を探し出してみてください」
まずは発掘作業というわけか。俺はとりあえずエイアブさんから鉱脈があると思しき場所を教えてもらい、明日から早速出かけることにした。
店を後にした俺は、特にすることもないまま王都を散策していたのだが、途中からリーニアの手伝いをしようとオルドックス家を探し始めた。場所を聞かなかったため、見つけるのにかなりの時間を要してしまった。
「ここでいいのか?」
しばらく歩いていると、豪邸でありながらも、周りの豪邸とは違って門番がいない場所を見つけた。表札に目をやると、しっかり「オルドックス」という文字が刻まれていた。
鉄製の格子扉に手をかけると、それはなんの抵抗もなく開いてしまった。
「不用心だな。泥棒が来たらどうするんだ」
そう言いつつ、明らかな不法侵入を俺は平然とやってのける。これで人違いなら、俺は捕まるのだろうか?
一抹の不安を抱えながら、俺は豪邸の扉の前に立ち、ベルを鳴らした。しばらくなんの返事もなかったが、ドタバタと足音が聞こえたと思えば、扉が勢いよく開いた。
「お父さん、お母さん!」
「・・・悪いな。俺だ」
「剣夜様・・・」
束の間の喜びから一転、暗雲立ち込めた表情を見せるリーニア。俺を家の中に招き入れてくれた彼女は、決して俺とは目を合わせないようにして掃除の続きに戻ってしまった。
「何か手伝うよ」
「大丈夫ですわ。それと、二階の部屋には決して入らないでください」
そう言って、雑巾を持ったリーニアはすたすたと俺の元から離れて行った。なんだか凹む・・・
「俺が一体何をしたっていうんだ?」
「我にはわかりかねます。とりあえず、謝ってみるのはどうでしょう?」
途方にくれ、玄関に突っ立っていた俺は白丸に意見を求めるが、ありきたりな答えしか返ってこなかった。訳も分からず謝るのはどうかと思うんだが・・・
そんなことを思っていると、部屋の中に入って行ったリーニアが顔だけをこちらに向けてきた。
「・・・剣夜様はそちらの応接間でお休みになっていてください」
細々とした声を発したリーニアは顔をすぐに引っ込めてしまった。
俺は言われた通り、奥へと進み、応接間への扉を開いた。部屋の中央には大きな二つのソファーが向かい合って置いてあり、周りには華麗な置物が飾られていた。
独り占めするには勿体無いくらいのソファーに腰をおろした俺はすることもなくただ天井を眺めていた。心地の良い感触に包まれた俺は、なんだかこのまま眠ってしまいそうだった。
「・・・なあ、白丸。聞くのを忘れていたんだが、白丸固有の能力ってのは具体的にどんなものがあるんだ?」
「剣夜殿と戦った時に使った『雪隠れ』が一番のお勧めです。どんな天気であっても、吹雪が一瞬で相手の視界を奪い、気付かれることなく攻撃をすることができます」
確かにあれは厄介だった。普通のやつなら、まずあの吹雪で体力を削がれて立てなくなるだろう。
俺は他にも白丸ができることを聞いていたが、その途中、意識が遠のいていくのを感じた時にはすでに、俺は柔らかいソファーに全身を委ねていたようだ・・・
「・・・やさま。剣夜様・・・」
優しい声が聞こえる。俺はゆっくりと目を開いた。すると、頬をほのかに赤く染めたリーニアの顔だけが飛び込んできた。少しでも動けばぶつかってしまいそうな距離だった。
しばらく、訳も分からずリーニアと見つめ合っていた俺はとうとう耐えきれずに口を動かした。
「・・・どうしたんだ?」
「い、いえ、なんでもありませんわ!別に、剣夜様の気持ち良さそうな寝顔を眺めていたわけではありませんわよ!」
そう言って、リーニアは俺から少しだけ距離を取り、そっぽを向いてしまった。何かあったのだろうか?
多少の気だるさを感じながら窓の外に目をやると、すっかり日が暮れているのがわかった。どうやら、かなりの時間眠ってしまったらしい。そんなに疲れていたか?
「掃除は終わったのか?」
「はい、一通りは終わらせましたわ」
これだけ広い屋敷を一人で掃除するのは相当大変だっただろう。感心した俺は、そっと立ち上がってからリーニアに近付き、彼女の頭を撫でた。シルヴィーの頭を撫でた時になんだかやってほしそうだったからな。
リーニアは特に何も言うことなく、嬉しそうに俺のなすがままを受け入れた。
しばらくして、彼女の頭から手を離した俺はなんとも言えない気まずさを感じてしまった。
「その・・・お疲れ」
「はい・・・」
全く会話が続かない。女の子の相手はこんなにも難しいものだったか?
俺たちが十数秒間立ち尽くしていると、突然、静謐に包まれていた空間にベルの鳴る音が響く。それを聞いたリーニアは瞬く間に玄関の方へと駆け出して行った。
俺もそれに続く形で玄関に向かうと、そこにはシルヴィーとナターリャさん、そしてリーニアの両親のオルドックス夫妻が立っていた。
「お父さん、お母さん!」
「「リーニア!」」
親子三人で抱き合う様子に、俺は一縷の羨望を覚えた。シルヴィーの方も安心したように胸に手を当てながらその光景を見守っていた。
長い抱擁を解いた後、ウェインさんは俺に気付いたようで、高らかな声で話しかけてきた。
「剣夜殿!この度は本当に、本当に感謝する。リーニアの無実を証明するだけでなく、まさかオルドックス家を復活させてもらえるとは!感謝してもしきれないほどだ!」
「その言葉はシルヴィーに言ってやってくれ。彼女が最大の功労者だからな」
「謙遜なさらないでください。姫様から聞きましたよ。証拠を見つけだしたのは剣夜さんだと」
ウェインさん並びにセルマさんに詰め寄られてしまった俺はこれ以上意見することもできず、彼らの感謝の言葉をそのまま受け取ることにした。
一旦落ち着いた二人とともに応接間へ戻った俺はナターリャさんが入れてくれた紅茶を飲みながら眠気を飛ばし、夫妻との話を続けたのだが・・・
「これはもう、剣夜殿はオルドックス家の救世主であるがゆえ、次期当主を継いでもらいたいものだ。どうだ、剣夜殿。貴族になってはみないか?」




