芳しき乙女たち(四)
「お前のことをすっかり忘れてたよ。悪かったな」
俺はそう言いながら、グロッキー状態で横たわる目の前の銀狼を突っついた。死んでるわけではないが、もはや以前戦った時に感じた鬼気迫る面影は皆無である。
「しかし、一段と小さくなったな。大きめのぬいぐるみにしか見えないぞ」
「あの場所は一体なんなのだ・・・活力がどんどん失われていった」
「お前は一応あの場所『叫喚の赤界』の領民みたいなもんなんだから、あまり失礼なことを言うなよ」
「馬鹿な・・・『雪潔の銀狼』と讃えられた我が、このような姿に成り果てただけでなく、地獄の眷属にまで成り下がってしまったというのか。もう死にたい・・・」
同じく地獄に落ちた者としてその気持ちはわからなくもないが、死にたいなんて簡単に言うものではない。死に直面する恐怖を知りもせず、平然とそれに近付こうとするなど、醜く、滑稽だ。
それに、お前には聞きたいことが山ほどあるんだ。さすがにあそこまでされて、黙秘する気力はもう残っていまい。
「まず、「聖獣」とは何か話してもらおうか」
「・・・『地獄領』の眷属が「魔獣」であるように、『天国領』の眷属が「聖獣」だ」
俺の質問に素直に答えてくれるこの銀狼は半ばヤケクソ気味であった。すっかり病んでしまっている。
「聖獣が人間界にいることは珍しくないのか?」
「めったにないことだ。そもそも我があの山にいたのは、『三途の管理者』から逃げるためだ」
確か、被害者がどうのと言ってたな。そういえば、この世界に来る前に見た『三途の川』はひどく荒廃していた。そのことと何か関係があるのだろうか。
「お前は『三途の川』で何があったかを知ってるのか?」
「知らぬ。我は『天国領』で悠々自適に暮らしていただけだというのに、急にあの者たちが一方的に攻撃してきたのだ。その数に圧倒された我は訳を聞くこともなく『人間領』に向かい、適当な世界へと移動した結果、この世界のあの山に送られた、というわけだ」
「人間界で生活するにはそれに見合った体が必要じゃないのか?」
「人間と聖獣を一緒にするなよ。我らは人型に比べて数十倍もの頑丈さを持っておるわ」
その割にはえらく弱々しくなったな。お前はその傲慢さゆえに、下等であるはずの人間に負けたんだ。
なんだか無性に腹がたった俺は銀狼を睨みつける。
「どうして人間を襲った?」
「さすがの我も『天国領』以外の場所で生きるためにはエネルギーを補充せねばならぬ。仕方のないことだったのだ・・・それより、殺気を放つのはやめてくれぬか。ものすごく苦しいのだが」
「お前が反省すればな・・・とりあえず、これで聞きたいことはもう無くなった。後は好きにしていいぞ」
「そう言われても、もう我に『天国領』に戻る力も面目もない以上、どうすることもできぬ・・・それより、我から質問しても良いだろうか」
「ああ、構わない」
「その背中に下げているものは、まさか聖剣か?」
「聖剣」?なんだ、その仰々しい名前は。
俺は背中から剣を抜き取り、それを銀狼が見えるよう地面に置いた。すると、銀狼は驚いた様子でその剣をまじまじと見つめ始めた。
「これは紛うことなき聖剣だ。なぜこのようなものを持っている。そもそも、どうして地獄の者がこれを持てる。一瞬で体が焼かれるはずなのだが」
「これはこの世界で買った、というよりもらったんだ。それと、俺の体は特別製で、どの世界にも適応できるらしい」
「特別製?もしや、我が今こうして死なずに済んでいるのは、貴様から『天国領』の力が供給されているからなのか?だとすれば、最初に我と貴様で念話ができたことにも頷ける」
「そうなのか?それで。それを聞いて、お前はこれからどうする」
俺の質問に対して苦悶の表情を浮かべているようにも見える銀狼は、一分ほど黙ったままでいたが、ついに腹を決めたようにスッと立ち上がった。それでも、しゃがんでいる俺より小さい。
「我をきさ・・・あなたの眷属としてそばにおいてはもらえないでしょうか?」
どういう風の吹き回しだ?急に丁寧語なんて使い始めて。今まで散々「死にたい」とか言っていたくせに・・・
そんな俺の表情を読み取ったのか、銀狼はその訳を話し始めた。
「確かに我は聖獣としての誇りを失い、存在する理由も無くなってしまいましたが、決して「生」に未練がないわけではありません。あなたの側にいれば、我はある程度生きていくことができそうです。なら、その機会を逃してはならぬと思ったのです」
こいつはただの死にたがりではなかったというわけか。誇りを大事にするというのは大切なことだと思うが、進んで命を捨てようとする奴が誇り云々を語る資格なんてない。己の生を全うしてこそ、美しく輝くものなのだから。
「わかった。俺のそばにいることを許可しよう。だが、人を食ったことはしっかり反省するんだ」
「すみませぬ・・・そういえば、あなたの名前はなんでしたかな?」
「橘剣夜。剣夜で構わない。俺はお前をどう呼ぼうか。お前じゃなんだか寂しいからな」
「我のことは好きに呼んでください、剣夜殿」
「なら・・・「白丸」でいいか。真っ白だし、小さいしな」
「それで構いませぬ」
もう少しひねった名前にした方が良いかと思ったが、本人がこれでいいと言うため、俺は納得した。
しかし、俺はここで少し問題があるのに気がついた。白丸を連れて街中を歩くのはいろんな意味で危険ではないかということだ。その疑問を本人に伝えると、白丸は何も言わずに姿を消した。
「どこに行った」
「ここです、剣夜殿」
白丸の声が聞こえてきたのはなんと足元からだった。正確にいえば、足元に置いてある剣からだ。
「そこにいるのか?」
「はい。我ら聖獣は聖剣のような「神器」の中に宿ることができるのです。こうすれば人目につくことはないでしょう。そもそも、聖剣とは、聖獣や聖霊を宿すことによってその真価を発揮するのです。我を宿している限り、剣夜殿は我固有の能力を使うことができるでしょう」
「それは便利だな。というか、その「聖霊」ってのはなんだ?」
「聖霊とは、『天国領』で転生するのにふさわしい者を人間界において選別する役割を持った存在のことです。普通の者には見えませぬが、きっと剣夜殿ならすぐにわかることでしょう」
少し興味を持った俺は、一体どんな姿をしているのか聞いてみたが、特に定まった形をしてるわけではないらしい。人や獣、石や空気と多種多様だという。
「思ったんだが、この剣は何も宿していなければただの剣ということか?」
「いえ。聖剣それ自体は持ち主によって異なる力を発動すると言われていますので、いつか剣夜殿もその力がどのようなものなのかわかると思います」
なるほど。一体どんな力を秘めているのか気にはなるが、今すぐに知る必要もないだろう。
俺は白丸を宿したままの剣を収めた後、腹の虫を抑えるために何処かで昼飯を調達することにした。
その途中で、俺はふと思いついた疑問を白丸に念話で伝えるが、なかなか返事がこず、結局「わかりませぬ」の一言で片付けられてしまった。そのため、俺はそのちょっとした疑問をしばらくの間、すっかり忘れてしまっていた・・・
「『天国領』の奴らは聖剣を使って、「何」と戦ったんだ?」




