芳しき乙女たち(三)
さすがにリーニアを国王に会わせるのはまずいかと思ったが、シルヴィーはそんなことは気にしなくていいと言って、昨日シルヴィーの母親やお姉さんと会った部屋に俺たち全員を連れて行った。
そこではすでにサマルティス王国国王とその奥さんのセルフィーラさんがソファーの上に座っていた。
「おお、よく来てくれた、剣夜殿。急な呼び立てですまなかった・・・そこにいるのはオルドックス家の・・・」
「ウェイン=オルドックスが娘リーニア=オルドックスですわ。この度は国王様への勝手なご拝謁、まことに失礼いたします」
険しい表情を見せる国王相手に一瞬たりともひるむことなく、丁寧な口調で挨拶をするリーニアに感心していると、シルヴィーが国王に近付き、彼女のことを責めないよう説得していた。
「まあ、よいであろう。今回の件については私にも非があるゆえ。して、この度剣夜殿を呼び出したのは、直々に感謝を伝えたかったからなのだ。以前から私はパティーに変わってもらいたいと思っていたが、なかなか機会を見つけられずにおった。しかし、今回の件でようやく決心がついた。きっとあの子はまだやり直せるはずなのだ。であるからして、剣夜殿には我が娘を改心させるための機会をくれたことにとても感謝しているのだ。本当にありがとう」
正直に言って、俺はパティーのことを許せる気にはなれないが、まあ、これが親というものなのだろう。国王という体面があるにも関わらず頭を下げるこの人の切実な親心は理解しなくてはなるまい。
「彼女は今どうしてるんだ?」
「パティーは朝早くに王城を出立しておるよ」
「そうか」
「ところで、ここからが剣夜殿にとっての本題といってもよいのだが、私は剣夜殿に形ある礼を与えたいのだ。手始めにこの鍵を受け取ってほしい」
「これは?」
「この鍵はサマルティス銀行の個人金庫を開くことができるものだ。すでに私が剣夜殿名義の金庫を開設し、そこに金貨3000枚を振り込んでおいた。好きに使ってくれ」
金貨3000枚!?もらいすぎじゃないか?俺は反射的に一度受け取ったその鍵を国王に返そうとしたが、受け取ってはもらえなかった。
「それだけで感謝の気持ちを全て表しきれているとは思えぬが、どうか受け取ってほしい。他にも、私と剣夜殿の友好の証となるようなものを与えられるとよいのだが・・・」
そう言って、腕を組みながら悩み始めた国王に助け舟を出したのは隣に座るセルフィーラさんだった。だが、ゆったりとした口調で発せられた彼女の言葉に一瞬、この場にいる全員の表情が一様に凍りついた。
「でしたら、剣夜さんをシルヴィーの婚約者として迎えるのはどうでしょう?この子もそろそろ相手を決める年頃ですし、これはよい機会なのではないでしょうか?」
「お母様!?」
「ふむ、確かに悪くないな。大切な我が子を甲斐性のない男に嫁がせたくはなくてずっと先送りにしておったが、その点、剣夜殿なら安心だ。シルヴィーの命を救ってくれたと聞くしな。シルヴィーの方はどうだ?私はお前の気持ちを優先させたい」
母親の爆弾発言に一瞬の困惑を見せたシルヴィーはすぐに冷静さを取り戻し、あらかじめ用意していたようなセリフを両親に向けて言い放った。
「お答えするまでもないです。剣夜さんは出会ったときからわたくしの王子様なのですから!是非、剣夜さんと婚約させていただきたいと思います」
ちょっと待て。俺は蚊帳の外か?
そもそも、どうしてこんな急展開を前にしてシルヴィーはそこまで落ち着いていられるんだ。婚約するってのはつまり、将来結婚するってことだろ。人生で三本の指には入る転機じゃないか。ちなみに、残りの二つは“生まれること”と“死ぬこと”だ。
「結婚なんて重要なことはもっとじっくり考えるべきだと思うんだが・・・」
「・・・剣夜さんはわたくしのことがお嫌いですか?それとも、女性としての魅力がありませんか?」
その質問はずるくないか?
隣に座るシルヴィーは俺との距離を縮めつつ、上目遣いで俺の目を直視する。彼女のくまなき碧眼に圧倒され、なりを潜めていた本能に危うく支配されかけた俺は寸前のところで理性の優位性を確認した。
「・・・シルヴィーは可愛いよ。ただ、結婚を決めるにはまだ早いと思うんだが・・・」
「わたくしは剣夜さんが決意するまで、いつまでも待つつもりです」
「決まりですね。娘をどうかよろしくお願いします、剣夜さん」
「よろしく頼む、剣夜殿。もちろん、節度ある付き合いでな」
念を押すように凝視する国王と目があってしまった俺はなし崩し的に婚約を成立させてしまったようで、二人は俺の今後の動向について事細かに質問してきた。
大きな問題となったのは、これからどこに住むのか、そしてどうやって金を稼ぐか、だ。
寝床に関してはシルヴィーの研究棟でいいんじゃないかと一瞬思ったが、いつまでも居候させてもらうのは図々しいと思い直し、とりあえずもらった金で宿を取ることにした。
仕事に関しては特に考えもなかったため、どんなものが主流なのかを素直に聞くことにした。ゲームによくある冒険者的な職業があるのかと思ったが、シルヴィー曰く、この世界では「傭兵」がそれに近いことをしているらしい。彼らの主な仕事は戦争や商人の護衛、物資の運搬、資源の採取など多岐にわたるようだ。
「戦争は御免こうむりたいが、資源の採取なんかは良さそうだ。俺としてはなるべくいろんな場所を見て回りたいからな。回収した資源を商人なんかに売ればいいんだろ?」
「そうですね。ただ、大きな商会などは独自の傭兵を抱えていますから、個人が持ち込むものを簡単には買い取ってくれないでしょう・・・でしたら、エイアブさんの商会で働くというのはどうでしょう?わたくしがお願いしてみます」
「それは助かるが、頼んでいいのか?」
「任せてください」
こうしてこの世界における俺の職が決まった。




