王家の軋轢(六)
静寂に包まれた廊下。あかりは一つもない。今夜は新月のようだ。
そんな中、不規則な足音が響き始める。そして扉が開く音。
しばらくの沈黙を破ったのもまた扉が開く音だった。
再び足音が響き始めると、そこに新たな音が重なる。
幾分かの怒気を混じらせながらも、心の奥底まで響くような、そんな透き通った声であった。
「パティー姉様・・・」
「シルヴィー!?あなたが、どうして!?」
「それはわたくしのセリフです。どうしてわたくしの部屋にパティー姉様が?」
「そ、それは・・・あなたには関係ないでしょ!」
「仕掛けを回収しにきたのですよね」
「どうしてそれを!?いえ、なんのことかしら?」
「パティー姉様が魔法を使ってわたくしの部屋を燃やしたのですよね」
「何を言っているの!?この部屋に魔法なんて・・・」
「パティー姉様がたった今回収された『聖遺物』を使えば可能です。なぜなら、わたくしの部屋の隣にあるこの部屋から聖文を唱えればその石から魔法が発動されるからです。そうですよね?」
「・・・た、たとえそうだとしても、それで発動できる魔法はごく微量。火事なんてよほどのこともなければ起こせないはずよ」
「そのよほどのことも仕掛けたのでしょ?厨房で確認したところ、火災があった当日、パティー姉様が油を取りに来たという証言を得ました。言い逃れはもうやめにしませんか?」
一瞬の沈黙・・・
しかしパティーはとうとう観念したようで、ようやく言葉を発した。
その声に侮蔑という感情が込められていることに誰もが気付いたであろう。
「・・・もう、わかったわよ。私が仕掛けたわよ。それで?だからどうしたっていうの。この件はリーニアが犯人ということですでに解決しているのよ。今更あなた一人が悪あがきをしたところでどうにもならないわ」
「どうしてあんなことを?」
「あの子が気に入らなかったからよ。私を見るたびに嫌な顔を向けて、年下のくせに、たまたま私よりもちょっといい成績を収めただけで態度が大きくなって。貴族の端くれが調子に乗るからお仕置きしてあげたのよ」
「それだけの理由で・・・わたくしだけならまだしも、大切な親友までも陥れようとするなんて。いくらお姉様でも許すことはできません!」
「あなたが許そうと許すまいと状況は何も変わらないわよ。さっきも言った通り、あなた一人の証言なんて・・・」
そう彼女が言いかけた瞬間、扉が開く。
このような場所にいるはずがないその人物を見たパティーは絶句してしまったようだ。
だが、その一瞬の静けさは動揺した彼女の声で失われた。
「お、お父様がどうしてこんなところに・・・」
「パティー・・・私は信じたくなかったが、ここまでのことをしてしまった以上、もう否定することはできまい」
「誤解です!今のはこの子の妄想であって、私が本当にやったわけじゃ・・・」
「まだ言い逃れをするか・・・お主をもう少し自分の言動に責任が持てる人間に育てるべきだったのかもしれない。今までそれを見過ごしてきた私にも非があるのであろう。しかし、今回のことについてはしっかりとけじめを取ってもらわねばなるまい。パティーよ、明日からは他国で勉学に励むといい。そこで、お主が心身ともに成長してくれることをわしは願う・・・これで良いかな、剣夜殿とやら」
「ああ。可愛い子には旅をさせよ。それで十分親としての責任を全うしているよ」
サマルティス王国国王、つまりシルヴィーの父親に呼ばれ、部屋から出てきた俺はいかにもわかったような口をきく。
そんな俺が登場すると、パティーは鋭い眼光でこちらを睨みつけてきた。
「あんたが、シルヴィーが連れて来た「ケンヤ」とかいう男ね!シルヴィーにたらし込まれたのか知らないけど、どうせ全部あんたが仕組んだんでしょ!あんたさえいなければこんなことにはならなかったのに!シルヴィーも死んでくれたかもしれ・・・なっ」
「黙れ」
「ひっ!」
パティーのセリフを聞き終わるよりも先に俺はすでに魔法を放っていた。
リーニアに教えてもらった赤色魔法『シンティラ』だ。
小さな火花を発生させるだけの魔法で、パティーが火事を起こすために使った魔法だと思われる。
今は夜ということでかなり抑えた方だが、目の前で爆発した衝撃でパティーは尻餅をついた。
「とんだ言い草だな。自分で播いた種だというのに・・・何に変えてでも守るべき大切な兄妹を殺しかけておいて、なんの反省もしない。そこに今の発言。お前はやりすぎたよ」
「・・・」
依然としてひるむパティー。
いっそこいつを文字通り地獄に送ってやろうかと思ったが、こんな奴に赤姫の領地へと送られる価値はない。
『叫喚の赤界』はいつか俺も誇れるような場所にしていきたいしな・・・
そんなことを考えていると、見たことのない女性が灯りを持ちながら焦った様子でこちらに近付いてきた。
局所的に光が当てられたその女性の顔を見て、俺は森の中で悪い魔女にでも出会ってしまったような気分になる。
「パティー!それにあなたも。これはどういうことなの!」
「お、お母様・・・」
「シルヴィーの母親はセルフィーラさんじゃないのか?」
「言ってませんでしたか?パティー姉様はわたくしやスーフィール姉様にとっては腹違いの姉妹なのです」
衝撃の事実に俺は先程までのシルヴィーの威圧的な態度に頷いた。実の姉じゃなかったわけか。
「ちょうど今、明日からパティーを留学させることにしたところだ」
「どうしてパティーが!」
「パティーが例の火災における真犯人であったことが判明したのだ」
「まさか・・・」
国王の言葉を聞いて、パティーの母親は顔面蒼白となる。
しかし我が子の無罪を必死に訴えようとしない彼女の様子を見る限り、パティーの犯行であることをこの人は知っていたのだろう。
しばらくの間、なんとも言えないようなどんよりとした空気に包まれたが、国王が口を開いて今回のことに終止符を打った。
「今日はもう遅い。皆は自室に戻るのだ・・・パティーは荷物をまとめておきなさい」
王の命令に反論できるものなどおらず、皆一様に黙ったままこの場を去った。
俺も後のことは明日にお預けとし、今夜の寝床である研究棟へ戻ることにした。
一方のシルヴィーは、今夜だけは絶対に王城で寝るようにとセルフィーラさんに強く言われてしまっている。
結果、俺は今夜リーニアと二人っきりということになってしまい、自分も一緒に寝ると主張するシルヴィーを説得するのにかなり苦労した。
最終的にはナターリャさんが研究棟で寝るということで決着したのだが、俺にはその違いがあまりわからなかった・・・
かくして寂しそうな表情を見せるシルヴィーをセルフィーラさんの元に送ってから俺は城を後にした。
夜の城下町は昼とはまた違った賑わいを見せている。
ベロンベロンに酔っ払い、肩を組みながらよくわからない歌を歌ったり、怪しげな女性に建物の中へと連れ込まれていたりするものまでいた。
俺は極力関わらないようにしながら研究棟に戻り、建物の前でサボることなく直立していた兵士に挨拶をしつつ、開けられた大きな扉をくぐった。
「さすがにもう寝てるよな・・・」
「おかえりなさいませ、剣夜様」
「まだ起きてたのか。休んでもらってよかったんだが」
「メイドとして、ご主人様より早く寝ることは許されておりませんので」
ご主人様ってのは俺のことか、それともシルヴィーのことか?
聞くのもあれかと思い、俺はナターリャさんに事の顛末を伝えつつそのまま寝室に向かった。
二階にある寝室ではすでにリーニアが気持ち良さそうに眠っており、俺は着替える時間も惜しんで自分のベッドになるべく音を立てないよう倒れ込んだ。
妙な安心感と脱力感に後押しされるように、俺はすぐに意識を失った。




