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地獄門使いの異邦人〈エトランジェ〉  作者: 織田昌内
第二章 芳しき乙女たち
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王家の軋轢(四)

「これはなんというか、すごいな・・・」


 研究棟の中には至る所に本がびっしりと詰まった本棚や、いかにも研究所と思えるような装置が無造作に置かれていた。


 床には紙が散乱していて、四人も入れるような隙間が見当たらない。


「狭くてすみません。いつもはリーニアと二人っきりですので」


「なんだか前より散らかってない?」


「・・・」


 リーニアに指摘されたシルヴィーはシュンとしてしまった。


 リーニアが後でこっそり教えてくれたことだが、どうやらシルヴィーは掃除が苦手らしい。彼女の意外な一面である。


「わかったわ。私が片付けておくわね」


「ごめんなさい・・・」


 すっかりうなだれてしまったシルヴィーは申し訳なさそうに部屋の端っこへと移動し、早速掃除を始めたリーニアの邪魔にならないようにしていた。


 リーニアのテキパキとした振る舞いに心の中で感嘆していると、不意に扉を叩く音が聞こえた。


「シルヴィー様!セルフィーラ様がお呼びです!」


「セルフィーラってのは?」


「わたくしのお母様です。おそらく騎士団から事情を聞かれたのでしょう」


「シルヴィーの母親は今回の件を知っているということか?」


「はい。お父様には内緒ですが」


 どうやらシルヴィーの母親は俺のことも呼んでいるらしく、俺はシルヴィーについていくことになった。


 さすがにリーニアは王都内を歩き回ることができないため一人研究棟で留守番してもらうことになってしまったが。


「掃除をしながら待ってますわ」


「すぐ戻るからな」


 そう告げて、俺は研究棟を後にした。


 俺たちが目指す王城は尖塔を特徴としたゴシック調の建物で、その高さや鋭さはどこか神に挑戦するような、そんな印象を与えた。


 とにかく巨大な城の足元にたどり着いた俺はあっさりと中に入ることができた。


 四、五階は登ったと思われるところにある部屋の前でシルヴィーは歩みを止め、心配そうな表情を浮かべながら俺の方に振り返った。


「剣夜さん・・・その、お母様は心配ないのですが、もしスーフィール姉様がいたらあまりお話しないでもらえませんか?」


「それはまたどうしてだ?」


「それは・・・」


 シルヴィーが返答するよりも先に、目の前にあった豪華絢爛でありながらも奥ゆかしさを感じさせていた大きな扉がゆっくりと開き始めた。


 そして部屋の中からは、シルヴィーと同じく長く綺麗な銀色の髪をなびかせ、これから式を挙げる花嫁のような純白のドレスを身につけた一人の女性が現れた。


 微笑みながらこちらを見ているはずの彼女の目は、開いているのか開いていないのかはっきりしない。


「どうして早く入ってこないのかしら」


「スーフィール姉様・・・」


 この人が噂の人か。


 年は俺より二つ三つ上といった感じで、落ち着いた所作は育ちの良さをありありと醸し出している。


 シルヴィーはどうして彼女を警戒しているんだ?とてもいい人そうじゃないか。


「早くお入りなさい。お母様がお待ちですよ」


「は、はい!」


 おっかなびっくりのシルヴィーはよろよろと部屋の奥へと進んで行き、俺もその後を追う。


 その先には、これまた艶やかな銀髪が今度は肩で切り揃えられた女性がソファーにゆったりと座っていた。


 しかし彼女はシルヴィーを見た途端に立ち上がり、急いでこちらに駆け寄ってからシルヴィーを強く抱きしめた。


「よかった・・・心配しましたよ」


「お母様、ごめんなさい」


 俺はしばらくの間、何ものにも侵し難い親子の愛情を所在無げに眺めていた。


 そしてゆっくりと抱擁を解いたシルヴィーの母親は俺の方へと目を向けてきた。


 その透き通った碧眼に見つめられた俺は、隠し事は難しいだろうと一瞬で悟ってしまった。


「あなたがシルヴィーを助けてくださった殿方ですか?」


「ああ。橘剣夜だ。剣夜の方が名前だ」


「そうですか。ではこちらにお座りください。お話したいことが山ほどありますので」


 促されるままに俺はセルフィーラさんとスーフィールさんの二人と向かい合う形でソファーに腰を下ろした。


 一方、シルヴィーとナターリャさんはどっちつかずといった様子で立ちつくしていたが、セルフィーラさんに着替えてくるよう命じられると二人は隣の部屋へと消えて行ってしまった。


 シルヴィーたちがいなくなったことを確認してから二人は俺を直視し始める。


「では剣夜さん。まずはあなたご自身のことについて聞いてもよろしいでしょうか?年齢や出身地など」


「そうだな・・・年は17、出身はサマルティス王国ということにしている」


「それはどういう・・・」


「なるべく詮索しないでもらいたいということだ」


 より鋭くなったセルフィーラさんの眼光にややたじろぎながらも、俺はできるだけ正直に答えるよう努める。


 さすがに地獄云々の話は無理だが。


「そうですか。シルヴィーの命の恩人ですから、私は剣夜さんのことを信頼したいと思っています。ですので、剣夜さんも私たちのことをどうかご信頼ください」


「わかっている。できる限り協力するつもりだ」


「ありがとうございます。では、シルヴィーと出会ったときの話から・・・」


 こうして俺はシルヴィーと出会った時からここに来るまでの道程を事細かに説明した。


 特に銀狼との戦闘に関しては二人とも驚きを隠しきれてはいなかったが、概ね静かに俺の話に耳を傾けてくれた。


 そして俺が話を終えると、ちょうどシルヴィーが着替えから戻ってきた。


 どうやら身体を洗ってきたようで、シルヴィーの顔は少しだけ紅潮していた。


 着替えたシルヴィーの格好は、初めて彼女と出会った時と同じ、桜色に染め上げられたフリルのついた可愛らしいドレス姿であった。


「お待たせしました」


「いいのよ。ちょうど今、剣夜さんから旅の一部始終を聴き終えたところですから」


「それより気合いが入っているわね、シルヴィー。その服はあなたのお気に入りじゃない。何かいいことでもあったのかしら」


「こ、これは!」


 スーフィールさんの相変わらず開いているのかどうかはっきりしない目を向けられたシルヴィーは両手を出して何かを否定するような仕草を見せる。


 シルヴィーの困ったような表情を見て、スーフィールさんはどこか嬉しそうな笑みを浮かべた。


「シルヴィーも座りなさい。あなたからも話を聞きたいわ」


「わかりました」


 セルフィーラさんに言われ、シルヴィーは俺の隣に腰をおろした。


 ほのかに漂う桜のような甘い香りに誘惑され、シルヴィーの方に視線を向けてしまった俺は彼女の頬に滴る水滴が目に入り、心なしかドギマギしてしまう。


 なんとか平静を保ちつつ二人の方に向き直すと、なぜかスーフィールさんはにこつきながら温かい目でこちらをじっくり観察しているようだった。


「剣夜さんから話はお聞きしましたが、シルヴィーから私たちに話したいことはありますか?」


「いえ。剣夜さんが話されたことが全てでしょう」


「あらあら。シルヴィーはすっかり剣夜さんのことをお慕い申し上げているのね」


「それは・・・」


 さらに赤くなった顔を抑えるシルヴィーに構わず、スーフィールさんは続けた。


「ところで剣夜さん。昨夜はコルト村のオルドックス家に宿泊したとおっしゃいましたが、それはシルヴィーと同じ部屋でおやすみになられた、ということですか?」


「まあ、その通りだが」


「そうですか・・・それで、召し上がりましたか?」


「お姉様!?」


 一段と口元を緩めるスーフィールさんの唐突な質問の意図を俺は理解できなかった。


 どうしていきなり食事の話が・・・朝食のことか?


「食べたが・・・」


「ではお味の方はいかがでしたか?」


「まあ、美味しかったよ」


「それはそれは。具体的にはどのよう感じでしたか?」


「具体的にと言われても・・・繊細でありながらしっかりとした味わいがあって、さすがは高貴な方だと思ったな」


「そうですかそうですか。ふふっ。よかったわね、シルヴィー」


「お姉様!!!」


 手で口元を隠すスーフィールさんに対して、シルヴィーはゆでダコのごとく顔を真っ赤にして、何か抗議をするかのように勢いよく立ち上がった。


 しかし、そんなことを全く意にも介さないスーフィールさんは言葉を止めようとしない。


「シルヴィーがまさか私より早いなんて想像もしなかったわ。どんな感じだったか教えてくれないかしら?」


「もうやめてください、スーフィール姉様・・・」


 ついに耳を塞ぎ始めたシルヴィーの姿を見かねたのだろう。セルフィーラさんは暴走気味のスーフィールさんを制して話題を変えた。

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