王家の軋轢(三)
最初は初めての空の旅に戸惑っていたリーニアだったが、今はすっかり慣れた様子で広々とした大地や大空を前に感慨に浸っているようだ。
「すごい光景ですわ。そ、その、橘剣夜さん・・・」
「剣夜でいいよ」
「本当ですか!で、では・・・剣夜様とお呼びしても?」
「様はいらないんだが。まあ、構わないよ」
「剣夜様・・・」
「ずいぶんと楽しそうですね・・・」
リーニアが嬉々として俺の背中にしがみつきながら幾度となく俺の名前をつぶやいている反面、シルヴィーはどこかつまらなさそうに、愚痴としか捉えられないようなセリフを放った。
俺としては特にフォローする理由もなく、続けてリーニアと事件のあらましやこれからのことについて話し合った。
「・・・つまり、リーニアは庭へ戻る途中、シルヴィーのお姉さんがシルヴィーの部屋にこっそり入っていくのを不審に思い、彼女が出てきた後にリーニアも中に入って行ったというわけか。それで、何か見つけたのか?」
「いえ、何も。何か物色したような痕跡は見られたのですが、特に変わったものはありませんでしたわ」
「火事のことについてなんだが、それは魔法によるものだったという可能性はないのか?」
「絶対にありえませんわ。王宮における要人の部屋は外部から魔法の干渉を受けないようにされているからですわ。もちろん、シルヴィーの部屋も例外なく」
「外からはダメでも、内からなら魔法が使えるということだが・・・」
「その時、わたくしの部屋にはわたくしを含めてリーニアとナターリャさんの三人だけで、扉も確かに閉じられていました」
「となると、部屋の中に何らかの仕掛けが施されていたことになるのか。こうなれば現場検証で見つけ出すしかないな。燃えたシルヴィーの部屋は今どうなってるんだ?」
「おそらくまだ封鎖されているのではないかと。わたくしが強くお父様にお願いしておきましたので。ですが、それも長くはもたないでしょう」
とにかく急いだほうがいいだろうと思いつつ飛び続けることおよそ二時間、いくつかの大小様々な町を通り過ぎた後、一際大きな都市が目に入った。
「剣夜さん、あれが王都です」
「すごいですわ・・・こんなすぐについてしまうなんて」
シルヴィーの指差す都市は、巨大な白塗りの城を中心とし、周りをいくつかの河川や湖で囲まれ、その間に多くの家々が密集していた。
シルヴィー曰く、王都ブルーゲは水運を利用した交易が大変盛んで、さらにその複雑な地形から難攻不落の要塞とも呼ばれているらしい。
俺は黒馬を王都ブルーゲから少し離れた森の中に着陸させた。
ここからは徒歩で向かうことにしたのだが、少しだけまずいことがあるような気がしてきた。
「王都に部外者の俺や、追放されたリーニアが入ることはできるのか?」
「確かに・・・」
困惑の表情を浮かべるリーニアとは対照的に、平静を保つシルヴィーはこれからの道程について説明してくれた。
「わたくし、ナターリャさん、剣夜さん、リーニアは一般の検問を通りません。商人の中でも特に、国の特許状を持った大商人のみが通れる検問を通ります。そこでは、わたくしの知り合いが話を通しているため、問題なく通過できるでしょう。その後は急いでわたくしの研究棟に移動したいと思っています」
「確かに、シルヴィーの研究棟には滅多に人が来ませんわ」
「その研究棟ってのは?」
「魔法を研究するためのわたくし専用の建物です。そこでリーニアといろんな研究をしてきました」
シルヴィーは俺に説明しながら目的の検問まで誘導して行く。
一方、騎士団は一般の検問を通るらしく、途中からは別行動となった。
彼らは城外訓練という名目で外出していたらしいが、これで帰ってきたのが四人だけという状況を一体どのように説明するのだろうか。
そんなことを思いつつ森を抜けると、ひらけた視界には多くの船舶がひしめく大河が飛び込んできた。
「かなり賑わってるな」
「ここには国内からだけでなく、外国からも商船がやってきますからね」
色とりどり、大小様々な船舶を横目に、俺たちはひときわ大きな船が停泊している検問へとやってきた。
そこで、シルヴィーを見た一人の男性が近付いてきた。
二十代半ばといったところで、髪や服装が立派に整えられており、どこかの貴族かと思ってしまったが、彼がそのシルヴィーの協力者で、商人をやっているらしい。
「早いお帰りでしたね。てっきり午後になると思っていました。そちらがご友人の方ですね。お初にお目にかかります、私はエイアブと申します」
丁寧に挨拶をするエイアブさんにリーニアは軽くお辞儀をした。
「準備はできておりますので、今の内にどうぞお通りください、シルヴィー様」
「ありがとうございます、エイアブさん。この恩は必ずお返ししますので」
「いえいえ。むしろ私たちが姫様に大変お世話になっている身。どうかお気になさらず」
軽い会話を交わした後、エイアブさんに言われるがままに俺たちは検問を通過した。
その先は商館らしい立派な建物が林立し、他にも小さな売店が食べ物や小物を販売しており、多くの人々で賑わっていた。
「らっしゃい、らっしゃい!さっき取れたばかりの新鮮な魚だよ!」
「こっちは異国で作られた精巧な陶磁器を揃えてるよ!」
「ブルーゲ名物、鶏肉の激辛焼きだよ!」
シルヴィーに案内されながら道中で様々な店の商品を眺めていた俺は、それらの出来映えに感嘆した。
地球に比べて文化レベルははるかに低いのだろうと思い込んでいたが、どうやらそうでもないようだ。
俺が興味深いものにあちこち目を奪われていると、ナターリャさんに軽く注意されてしまった。相当不審な動きをしていたらしい・・・
それはともかく、俺たちはまっすぐシルヴィーの研究棟に到着した。
王都の城壁近くに立地する二階建ての建物は洋館風の煉瓦造りで、周りからは少し浮いている。
大きな扉の前に直立していた二人の兵士はシルヴィーの姿を確認すると、すかさず扉を開けてくれた。
シルヴィーの後ろを歩く見慣れない男に対して訝しげな目を向ける兵士を気にすることなく、俺は研究棟に立ち入った。




