王家の軋轢(一)
眩しい朝の光にさらされ、目を覚ました俺はなんの疲労感もないままスッと身体を起こした。
「身体が妙に軽いな。それに清潔だ・・・」
これも特別製であるこの身体のおかげなのかと考えながら他のベッドに目を移すと、シルヴィーとリーニア以外の姿が見えなかった。
どうやらすでに朝の支度が始まっているようで、階下からはパンの焼けるいい匂いが漂ってくる。
寝坊したことを悪く思う俺の隣でスヤスヤと小さな寝息を立てながら姉妹のように仲良く寝ている二人がなんだか羨ましく思えてきた。
俺らしくもなく、天使のような二人の寝顔に和んでいると、足元からセルマさんの元気な声が聞こえてきた。
「起きてますか。朝食ができましたよぉ」
それでも全く起きる気配がないシルヴィーとリーニアに近付き、二人の肩を軽く揺すると、先にリーニアの方が瞼をゆっくり開いた。
「・・・んん・・・おはよ・・・・・・きゃー!!!」
目と目があった瞬間、リーニアはとんでもない悲鳴をあげた。
そしてすぐに顔を手のひらで覆いながらものすごい勢いで部屋から飛び出していった。
逆にその騒ぎで目を覚ましたシルヴィーはとても落ち着いた面持ちであった。
「おはようございます、剣夜さん。爽やかな朝ですね」
「ああ、そうだな・・・」
「リーニアならすぐに戻ってくると思いますよ。わたくしたちは着替えてからいきますので、剣夜さんは先に降りていてください」
婉曲的に男子禁制と言い放たれた俺はすぐさま部屋の扉を開け、外に出ようとしたが、そこには肩を震わせたリーニアが俯きながら立っていた。
「さっきはその・・・悪かったな」
俺の謝辞になんの返事もしないまま部屋の中に戻ってしまったリーニアの反応に困惑しながら俺はすごすごと階下へ降りていった。
部屋の中央にあるテーブルの上には、朝食とは思えないほど豪華な料理が所狭しと置かれている。
「先ほどはお騒がせしてすみませんでした、剣夜さん。リーニアったら、殿方に寝顔を見られたことがよほど恥ずかしかったようでして」
「それは悪いことをしたな」
「いえいえ。これもあの子には必要な経験ですよ。これからもっと大変な思いをしなくてはならないわけですし・・・」
急に気を落とし始めたのはセルマさんだけではなかった。
ウェインさんも深刻そうな面持ちでテーブルの一点だけを見つめている。
「そのことなんだが・・・そもそもシルヴィーがここに来たのは、これからリーニアの無実を証明するということを表明するためなんだ」
「そんな!?姫様が・・・どうして」
「シルヴィーが親友の潔白を確信しているからだよ。俺はまだなんとも言えない立場だが、彼女の力にはなってやるつもりだ」
「剣夜殿も・・・しかしそれは国王陛下に逆らうことになるのではないのか?」
「間違ったことを正す、これに対して誰かにとやかく言われる筋合いはないな。それに、俺はサマルティス王国に忠誠を誓っているというわけじゃないしな」
「その発言は・・・私がこのような身になっていなければ不敬罪で訴えていたであろうな」
自虐的な笑みを浮かべながらウェインさんは消極的な意向を示している。
一方、セルマさんは多少驚きつつも彼とは違ってどこか覚悟を決めているような雰囲気であった。
「私は剣夜さんに賛成です。私だってリーニアがあんなことをするとは思っていません。彼女の将来のためにできることはなんでもするべきです。あなたも、親が子供のことを信じないで一体誰が信じてあげるって言うの」
「それは・・・」
セルマさんに圧倒されたウェインさんはたじろいでしまう。
女性は強いな。今にも国王めがけてヴェルサイユに行進していきそうな勢いだ。
「お母さん・・・」
シルヴィーとリーニアはいつのまにか着替えを終えて下に降りて来ていたようだ。
二人ともとても動きやすそうな格好をしているが、所々に華やかな飾り付けがされていて、いかにもお嬢様といった雰囲気が醸し出されている。
「剣夜さん、お話になったのですね」
「ああ。先に言ってしまって悪かったと思ってる」
「いえ、私もいつ切り出そうか悩んでいたところでしたので。リーニア、わたくしたちはこれから王都に戻り、あなたの無実を証明するつもりなのです」
「でも・・・」
黙りこくってしまうリーニアであったが、そこにセルマさんが険しい表情を見せながら厳しい一喝を入れた。
「リーニア、あなたが犯人なの?」
「違います。私は決してやっていませんわ!」
リーニアの言葉を受け、一転して笑みを浮かべるセルマさんの意図がようやくわかったような気がする。
「それだけでいいのですよ。友達がここまでしてくれているのに、あなたが自信を無くしてどうするの?」
「そうだな。俺たちに任せてくれればいい。リーニアは気軽に王都に戻る準備をしていればいいさ」
「ですが・・・」
会話はいたって平行線のままであったが、このままでは食事が冷めてしまうと言って、ナターリャさんが一区切りつけてくれた。
しかし俺たち六人は椅子に座るも、豪華な食事を楽しむ気持ちを持ち合わせてはいなかった。
味はとても良かったのだが、誰一人として感想を述べそうもない。
結局俺一人が空気を読まずに「美味しい」の一言をつぶやくだけで、食事はあっけなく終わってしまった。