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地獄門使いの異邦人〈エトランジェ〉  作者: 織田昌内
第一章 地獄と姫
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VS銀狼(二)

 照準を合わせ、間髪入れずに再び聖文を唱えると、本日三本目として降ってきた「雷剣」は見事目当ての銀狼を貫通した。


「雷剣」はしばらくすると消え去ったが、地面に這いつくばった銀狼の輪郭ははっきりと目視できるほどまでに鮮明となっていた。


 体長は軽く10メートルを超えており、口からはみ出している赤く染まった巨大な二本の牙がこの生物の恐ろしさを強調した。


 こちらに向けられた銀狼の視線からは憎悪のようなものが感じられる。


 これ以上動くことはできないと思うが、まだ警戒を解くわけにはいかない。


「倒したのですか?」


「そう思いたいがな」


 こいつをどう処理したものかと悩んでいると、後方から雪の上を荒っぽく踏みしだくような音がすぐそこまで近付いてきたのが聞こえた。


「あの化け物を倒してしまうとは、お前さんたちは一体何者だね!?」


「お前たちがコルト村の村人で間違いないか?俺たちはリーニアって女の子を探しに来た者だ」


「・・・」


 俺の言葉を聞いた男たちは何か後ろめたいことがあるような様子で、皆一様に俯いてしまった。


 もしかしたら、リーニアはもう・・・


「リーニアはどこにいるのですか!あの子が死ぬなんてことはありえません!」


「シルヴィー・・・」


 目元を赤くしながら男たちを問い詰めるシルヴィーの姿を見ていると次第に胸がはち切れそうな思いになった。


 冷静さを失ったシルヴィーをなんとかなだめようと彼女の肩に軽く手を乗せると、振り向いた彼女はいまにも決壊しそうな瞳で俺に何かを訴えかけてくる。


「剣夜さん・・・」


「あのお嬢ちゃんは勇敢に戦っていたよ。わしらは彼女に何度も助けられた。ただ・・・戦いの最中に急に視界が白くなったと思ったら、いつのまにかお嬢ちゃんや何人かの仲間がいなくなっておった。その後すぐに見えない何かに追われるような感覚に襲われてしまい、いなくなった奴らに気を回している余裕がなかった・・・」


「ちょっと待て。つまりお前たちは実際にリーニアが食べられた、あるいは殺されたところを見てない、ということか?」


「確かにその通りだが・・・」


「剣夜さん!リーニアがまだ生きている可能性はあるんですよね!」


「ゼロではないな。そこに横たわっている銀狼がいくら大きいとはいっても、一度に数人も食べられるとは思えない。それに、あいつを倒したにもかかわらず、依然としてあたりが異様な雰囲気に包まれているような気がしてならない。まだ黒幕がいるような・・・」


 そう思案しながらあたりを見渡していると、森の奥で黒い煙が上がっているのに気がついた。


 それをシルヴィーに教えると、彼女は迷うことなく煙の方へ一目散に走り出してしまった。


 シルヴィーを一人にするわけにもいかず、俺は村人たちを置いてすぐに彼女を追いかけた。


 数百メートルは走っただろうか、シルヴィーは少し息を上げてしまっている。


 目的の場所にたどり着くと、そこには思いもよらぬ光景が広がっていた。


「剣夜さん!あそこに倒れているのはリーニアのお父様です!」


 そう言われて、俺はうつ伏せになって倒れている五人の男たちのうち、シルヴィーの指差す男の元へ向かった。


 心拍を確認したが、どうやら無事のようだ。


「しかし妙だな。目立った外傷もないのに、どうして意識がないんだ?」


「リーニアが見当たりません!」


 俺の言葉に聞く耳を持たず、シルヴィーは一心不乱にあたりを見回している。


 一方の俺は依然として意識を戻さない男を仰向けにし、何度か揺すったり、声をかけたりした。


 そうしていると一瞬、触れていた男の肩に少し力が入るのを感じた。


「おい!大丈夫か!」


「う・・・ここ、は・・・」


「しっかりしろ」


 何度か声をかけ続けると、男はだんだんと意識を取り戻していった。


 しかし、まだ体をうまく動かすことができないようで、何かを言いたくてもうまく言葉にできていない。


「き、君たち、は・・・」


「ウェインさん、わたくしがわかりますか!?シルヴィーです!」


「まさ、か・・・シルヴィーちゃん・・・どうして、こんな、場所に・・・」


「ウェインさん、リーニアはどこにいるのですか!?」


 シルヴィーの姿を見て、驚きのあまり急に上半身を起こそうとしたウェインさんの背中を支えると、三十代半ばといった歳の割にはそれなりに筋肉のついた逞しい体つきであることがわかった。


「リーニアは確か・・・見えない何かに必死に魔法をかけ続け、ようやく当たったと思うや否や、そこに向かって走って行き、そして急に姿を消してしまった。そのあと、凄まじい吹雪に煽られたと思ったら私は突然意識を失ってしまった・・・」


「それは、食べられてしまったということですか!?」


「いや、そうじゃないかもしれない」


 雪の上に膝をつき、呆然としてしまったシルヴィーに声をかけつつ俺は頭を働かせた。


 リーニアはおそらく、敵が見えないのならしがみつけばいいと考えたのだろう。


 そしてそれに成功したからこそ、今度は彼女の姿が周りから見えなくなってしまったというわけだ。


 だとすると、むしろ彼女が一番安全な場所にいると言っても過言ではないんじゃないか?いや、いつ振り落とされるかわかったもんじゃない。


 まして、女の子の体力がいつまでもつものか・・・


「とりあえずあたりを捜索しよう。まだ希望を捨てるには早いぞ」


「本当、ですか?」


 ウェインさんには悪いが、彼にはしばらく横になっていてもらうことにした。


 一方で、俺はまだ我に戻りきれていないシルヴィーの手をとり、彼女を半ば強引に立ち上がらせた。


「さっ行くぞ、シルヴィー」


「でも、リーニアはもう・・・」


「しっかりするんだ。親友なら、最後まで望みを捨てずに彼女のことを信じ続けろ。大丈夫、まだ生きてるよ」


「・・・わ、わかりました!剣夜さんがおっしゃるのなら、きっとリーニアは無事なのでしょう」


 正気を取り戻したシルヴィーを連れ、俺は森の奥へと走って行った・・・


 その先からは、肌ではなく、直接心の奥を貫くような、そんな禍々しい冷気が伝わってくるのだった。

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