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地獄門使いの異邦人〈エトランジェ〉  作者: 織田昌内
第一章 地獄と姫
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黒馬の王子様(八)

 騎士団長との話で時間を潰していると、セルマさんたちがようやく戻ってきた。


 ナターリャさんと手分けをしながら馬具一式を持ってきている一方で、シルヴィーはどこかそわそわした様子で俺の前に立った。


「剣夜さん、どうでしょうか?似合っていますか?」


 今までの繊細で華やかだったイメージとはうってかわって、今は白と黄を基調とした騎士のような衣装に身を包んでおり、優美さと凛々しさを兼ね備えていた。


 所々にあしらわれた飾り付けには一切の手抜きも見られず、どこから見てもあふれんばかりの気品で満ちており、また、汚れていた髪は綺麗に洗われ、ポニーテールにまとめられた銀髪は煌めいていた。


「すごく似合ってるよ。見違えるほど綺麗になったな」


「本当ですか!剣夜さんに褒められると、とても嬉しいです」


 喜色満面のシルヴィーを横に、俺は早速黒馬に馬具を取り付けていった。


 やり方は騎士団長から聞いたのだが、なぜかものすごく驚かれた。


 一切抵抗しなかった黒馬に馬具を無事取り付けることができた俺は乗馬することでその感触を確かめ、問題がないことを確認した。


 その後、シルヴィーの方に目を向けると、彼女はすっかり気持ちを引き締めていた。


「準備はできたか?」


「大丈夫です。よろしくお願いします」


 そう言いながらシルヴィーは俺の手を借りつつも慣れたように乗馬した。


 前回と同じように俺の背中にしがみつくシルヴィーからは土っぽいにおいが消えた純粋な芳香が漂ってきた。鼻孔をくすぐるその香りに、俺は一瞬だけ心を奪われていたかもしれない・・・


「・・・じゃあ、出発するぞ」


「剣夜様、姫様をよろしくお願いします」


「リーニアのこともどうかよろしくお願いします」


 ナターリャさんとセルマさんの言葉を受け止めた俺は黒馬をゆっくりと上昇させた。


 初めて見る光景に、セルマさんは口元を手で覆いながら目を見開いていたが、シルヴィーたちにはこれといって驚く様子もなかった。


 この世界の人たちは適応力が高いのかもしれない・・・


 すぐにナターリャさんたちの姿は見えなくなり、邪魔をするものなど何もない空を、黒馬は悠々自適に飛び回った。


 この飛行に慣れ、周りの景色に目を向け始めたシルヴィーはどうやら世界の広さに感動しているようだった。


「すごいですね、剣夜さん!こんなにも世界が広かったなんて・・・何だか、自分のことがとてもちっぽけな存在に感じてしまいます」


「「感じ」ではなく、実際に人間はちっぽけだよ。何でもできる、何でも知っているのは世界や自然の方であって、俺たちはそのおこぼれを享受しているに過ぎない。まあ、そのことを実感できるだけでも立派だと言えるがな」


「そう、ですね・・・」


 自分で言っていてかなり恥ずかしくなるようなセリフであった。俺は中二病でもあったのか?いや、高二病か?


 いきなり人間だの世界だのについて語られて、シルヴィーは困惑を滲ませた何とも言えないような返事をするだけだった。


 これからもこんなことを口走ってしまわないか不安でしょうがないが、できれば温かい目で見守ってほしいものだ・・・


「ところで、リーニアって子は強いのか?」


「そうですね、魔法に関してはずば抜けていて、剣術でもわたくしより数段上の実力を持っています。ですが・・・リーニアはたまに暴走すると言いますか、普段は冷静なのですが、急に気持ちが先走ってしまうことがありまして、そういう時は必ず些細なミスをしていました」


 シルヴィーの実力がどれほどのものかはわからないが、聞く限りではそれなりに強いのだろう。


 今回は下見だけのようだし、動転するような事態に陥ることはあるまい。


 そんなことを話していると、俺たちはうっすらと雪が積もっている山を発見した。


「少しおかしくないか?雪が積もるほど寒くないというのに」


「確かに・・・どういうことでしょう?」


 まずは様子を見るべく、俺は黒馬に山の周りを旋回するよう念じた。


 山は麓から山頂まで完全に雪で覆われており、山というよりはむしろ氷山といった感じであった。


 こんなところで山登りなんかできるのか?


 体は全く冷えていないにもかかわらず、俺は背筋に嫌な寒気を感じた。どうやらシルヴィーも同じようなものを感じたようで、


「剣夜さん、急いだ方が良いかもしれません!何の根拠もありませんが、リーニアに危険が及んでいるような気がします」


「俺も同じ意見だ。今が尋常でない状況にあることははっきりしているからな。ただ、どこに降りればいいんだ?」


 だがそれはどうやら杞憂だったようで、山を一周するかしないかのまさにその時、巨大な爆発音が俺の身体を響かせた。


 音源と思われる方に目を向けると、真っ白い山の斜面から薄黒い煙が上がっている。


「剣夜さん!おそらくあそこにリーニアがいるはずです!今のはリーニアが得意とする赤色魔法です」


「なら、あそこに向かうか。しっかり捕まれ」


 シルヴィーが腕に力を入れたのを確認してから俺は黒馬を一気に加速させた。


 ただ、山に近付いてみたものの、深々と生い茂った木々が邪魔で、中で何が起きているかは確認できなかった。


 仕方なく俺は黒馬に森の中へと突っ込むよう念じた。


 すると、黒馬の口から黒い霧のようなものが吐き出され、すぐにそれは俺たちの周りを覆った。


「剣夜さん、これは?」


「たぶん俺たちを守ってくれるものだと思うが・・・」


 不安げな声を上げるシルヴィーは頭を下げて俺の背中に押し付けた。これではまるでこれから墜落する飛行機の乗客みたいじゃないか。縁起でもない・・・


 黒馬は勢いを緩めることなく森の中に突っ込んだ。


 思った通り、黒い霧がその衝撃を完全に遮断してくれているようで、ぶつかりそうな木々が一瞬で消滅していた。


 無事地面に到着し、辺りを見回すと、一面が雪に覆われているのかと思っていた地面には所々焦げたような跡が点在していた。


 しかも、そこら中が鮮やかな真紅に染まっている。これは一人や二人といった話ではない。


「これはひどいな・・・」


 俺が先に黒馬から降り、手を貸しながらシルヴィーを地面に降ろすと、突然『ゲート』が出現し、黒馬は静かに開いた扉の奥へと消えていった。


「帰りは大丈夫なのでしょうか?」


「あの馬具のついた馬を呼ぶことができるかは保証できないな」


 引き止めた方が良かったかと今更になって後悔していると、シルヴィーはしゃがんでからそっと雪を掬っていた。


「冷たくないのか?」


「いえ、あまり冷たさを感じません。こんなに雪が積もっているのに寒さをほとんど感じないことに違和感を覚えたのですが、どうやらこれは魔法によって生成されたようです」


「雪を作る魔法を誰かが使ったということか?」


「そうとしか考えられないのですが、これだけの量となると、何千何万の魔法使いがいたとしても不可能でしょう。それに、この魔法はどこかおかしいような・・・」


 つまりこれは、自然的によるものでも人為的によるものでもないと・・・となると、後は何が残る?


 他に手がかりがないか辺りを見渡していると、シルヴィーは俺の薄い服を強く引っ張った。


「剣夜さん、早くリーニアを探さないと!まだ近くにいるはずです!」


「そうだな。ただ、どうやって探そうか。闇雲に歩き回るのは危険なんじゃ・・・」


 そう思っていると、右の方からまたもや爆発音が聞こえてきた。


 先ほどよりは小さいが、あまり遠くないように思われる。


「あっちです、剣夜さん!行きましょう!」


「ああ」


 シルヴィーは俺の返事も聞かずに音のした方へと駆け出していった。どうやら彼女の方こそ冷静さを失ってしまっているようだ。


 一抹の不安を抱きながら、俺はどこか見慣れた景色を横目に脱兎のごときシルヴィーを見失わないよう、薄汚れた銀世界の中、彼女を追いかけた。

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