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地獄門使いの異邦人〈エトランジェ〉  作者: 織田昌内
第一章 地獄と姫
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黒馬の王子様(六)

 黒馬に乗る空の旅は思っていたよりも快適で、落ちる心配はしなくてすみそうだ。


 しかし、シルヴィーは相変わらず俺にしっかりとしがみついていて、この遊覧飛行という初体験を存分に楽しんでいるようには見えない。


「大丈夫か、シルヴィー?」


「大丈夫です!少し怖いですが、とても有意義です!お姫様の気分を堪能できたような気がします!」


 ・・・君はすでにお姫様だろ?


 声を張り上げるシルヴィーは周りの風景に目もくれず、この機会を最大限活用しようとしているのか、俺の背中に猫が甘えるが如く顔をすりつけてくる。一体何がそんなに楽しいのだろう・・・


 そんなことを考えていると、俺はついに小さな建物が密集する場所を発見した。おそらくあれがコルト村なのだろう。


「もうすぐ着くぞ」


「そうですか・・・」


 シルヴィーはあからさまに残念そうな声を発するが、そんなことに構うことなく俺が念じることで黒馬は徐々に下降していった。


 コルト村には小さな家が10軒ほど建っているだけで、見どころとなるようなものは特になかった。良くも悪くも質素という言葉が大変似合う場所である。


 ただ、どう見ても元貴族が住んでいけるようなところではない事だけがわかった。


「本当にあんな場所に住んでいるのか?ほとんど何もないじゃないか」


「聞いたところによりますと、三人家族のオルドックス家には粗末な家と少しの家具だけが与えられただけで、かなり劣悪な環境に追いやられたそうです」


「そんな・・・」


 ナターリャさんの説明を聞いたシルヴィーはひどく動揺してしまったようで、背中からわずがな震えが伝わってきた。


 これは少し急いだ方がいいかもしれない・・・


 俺の思いを感じ取ったのだろう、黒馬は翼をさらに大きく羽ばたかせることで速度を上げた。


 俺は村人を驚かさないために村から離れた場所に黒馬を着陸させ、騎士団と合流した。


 試しに黒馬に帰還するよう念じると案の定、『ゲート』がすぐに出現し、三頭は扉の奥へと消えて行った。


 その一部始終を目撃した皆は一様に驚いていたが、俺にもこの仕組みはピンときていない。


 あの馬たちが赤姫の言っていた「魔獣」なのだという察しはつくが、どうして魔獣が赤姫の『ゲート』を使えるのかがわからない。いや、使っているのは俺の方か?


「どうしたんですか、剣夜さん?」


「いや、なんでもないよ。早速行くとするか」


「しかし、剣夜殿。あれは一体なんなのだろうか?まさか魔法が使える生物だというのか・・・それともこの場合、魔法を使っているのは剣夜殿の方なのか?」


「なんとも言えないな。今のところはできるだけ詮索しないでほしい」


「そうは言うが・・・」


「構わないじゃないですか、ガウェイン騎士団長。剣夜さんは命の恩人。わたくし達に危害を及ぶす事はないはずです」


「ふむ・・・」


 どうやら騎士団長はシルヴィーに説得されたようで、これ以上詰問してくる事はなかった。


 俺は礼を言おうとシルヴィーに近付いたのだが、彼女はここぞとばかりにとんでもない話題に踏み込んできた。


「聞くのが遅れてしまったのですが、剣夜さん・・・「アカヒメ」とはなんだったのですか?まさか、女性の名前か何かでしょうか?」


 口元はニコニコとしている一方で、綺麗な碧眼にはどんよりと黒い霧がかかっているような気がした。


 しかし、どう答えたものか・・・


「あれは名前というよりは、渾名といったところで・・・」


「そんなに近しい間柄の女性なのですか!もしかして、そ、その・・・恋人ですか?」


 まだ女性かどうかは言っていないのだが・・・


 シルヴィーは怒っているような、どこか落ち込んでいるような面持ちでこちらを直視してくる。


 俺はどうしてこんなにも責められているんだ?女性は本当にわからない・・・


「別にそういった関係ではない。ただの知り合いだよ。まあ、あの黒馬の飼い主といったところか」


「そうですか。そういうことでしたら・・・」


 何かに納得したようなシルヴィーはこれ以上この話題に触れる事はなく、歩調を速めて俺から少し距離を置いた。


 その後ろについて行くナターリャさんはこちらに振り向き、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべた。


 静寂に包まれた道程に多少の違和感を覚えつつ歩くこと数分、俺たちはようやくコルト村に到着した。


 もちろんなんの歓迎も受けるわけがないのだが、俺はあまりにも人が見られない村を不審に思った。


「誰もいないな・・・人なんて住んでるのか?」


 一方、シルヴィーたちはそんなことを気にすることもなく、立ち止まってあたりを見回す俺をよそに駆け足で村の奥へと進んで行った。


 見失う心配などする必要もないほど村は小さく、閑散としていたため、俺はゆっくりと彼女たちの後を追いかけた。


 どうやら目的の家を見つけたようで、シルヴィーはなんの変哲も無い一軒家の前に立ち、木製の扉を軽く叩き始めた。


「リーニア、いますか?シルヴィーです」


 しばらくすると扉がゆっくり開き、一人の女性がそっと顔だけを外に出した。


「シルヴィーちゃん!?どうしてこんなところに!?」


 驚いた女性は勢いよく扉を開けた。


 彼女の服はどう見ても貴族が着るようなものではない。ひどく粗末で、所々に修繕された痕跡が見られる。


「お久しぶりです、セルマさん。わたくしはどうしてもリーニアに伝えなくてはならないことがあり、参りました。リーニアはいないのですか?」


「それが・・・」


 驚きから一転、困惑の表情を浮かべた女性はゆっくりと顔を左右に振った。


 そして急に、何かに気がついたように彼女は慌ただしく家の中へ入るよう勧めてきた。


「何もない所で、姫様は決してお気に召さないでしょうが、外でするような話ではないのでどうかお入りください」


「シルヴィーでいいですよ。それと、わたくしのメイドとこちらにいる方も同席してよろしいでしょうか?」


 セルマさんは一瞬俺のことを値踏みするかのようにまじまじと見つめたが、すぐに了承してくれた。


 一方、騎士団は外に残り、あたりを警戒するようだ。


 家の中は言われた通り何もないに等しい状態であった。


 三つしかない椅子に俺たち三人が座るよう勧められたが、俺は立ったままでいいと断った。


 代わりにセルマさんが椅子につくと、ポツリポツリと今の状況というものを話し始めてくれた。

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