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地獄門使いの異邦人〈エトランジェ〉  作者: 織田昌内
第一章 地獄と姫
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地獄と姫(一)

 見上げる空、雲ひとつない・・・


 飛行機はおろか、鳥一匹すら飛んでいない。


 だがこんなことはいたって騒ぐほどのことではない。むしろ日常的な光景とも言える。


 空が「真っ赤」であることを除けば、だが・・・


 例えようにも、これ程までに「ドスグロイ」赤色を今まで見たことがない。


 何色にも染まらず、絶対的な孤高を体現するような「黒」と、どんな色よりも己の存在をありありと主張するような「赤」が、まるで互いが互いの欠点を浮き彫りにするかのように混ざり合っている。


 しかしこれはもう“混ざり合っている”ではなく“騙し合っている”といっても良いだろう。


 いや、決して良いことでもなんでもないのだが・・・


 こんな吐き気がするような空をこれ以上眺めていたくもないのだが、俺はどうしても目を閉じることができない。


 理性では決して制御することができない本能なるものがそれを許してくれないような・・・


 それでも手で覆うことぐらいはできるだろうと腕を動かそうとしてもうまく動かせない。


「そういえば、さっきからずっと落ちてるんだったか・・・」


 覚醒した時からもう何時間経ったのだろう。すでに落下速度は一定になっているようだ。


 それにしても、これだけの速さで落ちているというのに、いつまで経っても地面に届く気配がしない。


 下に顔を向けることすらできず、なんとか目だけを動かして周りを見渡しても、見えるのは相変わらずの「赤」だけである。


「ここはいわゆる地獄というやつなのか?」


 そんな疑問を口にした途端、今まで均一だった赤色がある一点を中心にだんだんと黒くなっていく。


 数秒もたたないうちにその黒い“何か”は人一人がすっぽりと収まるくらいの大きさになっていた。


「儂を呼んだなぁ?」


 急に声がしたと思えば、その黒い“何か”は観音開きの扉に変形し、音も立てずにゆっくりと開いていた。


 声は一瞬男のそれかと思ったが、扉の奥から現れた人物の服装を見て、間違いようもなく女性であるのだと認識した。


 一度も汚れに触れたことがないような純白の白衣に、同じ赤色でも、空に映るあの禍々しい「赤」とは全くの別物といってもいいような、煌々としていて、けれども高潔さを感じさせる「紅」の緋袴を着た、まさしく巫女装束である。


 なんの飾り気もないにもかかわらず、その姿はもはや奉仕するべき相手の神ですら及ばぬ神々しさを放っている。


 ただ、その160cmほどはある身長に見合うだけの凹凸には乏しく、はっきり女性と断言することができない。


 顔さえ見ることができればはっきりするのだが、深淵のごとく黒い髪をなびかせながらも、肝心の部分は、せっかくの巫女装束には全く似合わないお面で覆われている。


「鬼だ・・・」


 般若など一度も実物を見たことがないが、これほどまでに恐ろしいものだったか?


「誰が鬼じゃこらぁ—————————!!!」


 子供のように手を上げ、大声をあげる“それ”の声は、そのお面からは想像もできないような、女性らしく、そして大変可愛らしいものであった。


 “それ”はすぐに落ち着きを取り戻したが、どこか殺気立っているように感じられる。


「次に儂を鬼呼ばわりしたら、お主をオニヤンマにでも転生させてやるからな!」


 オニヤンマ?確か、きれいな川や森で見かけるトンボの一種だったか?悪口を言いたかったのかもしれないが、いまいちピンとこない。


 そんなことより、もっと重要なことを言われたような気がするのだが・・・


「転生、だと?まるで俺がもう死んでいるみたいじゃないか」


「まぁ、その通りなのじゃが・・・」


 顔は相変わらず見えないが、どこか困った風にお面に手を当て、首を傾ける“それ”の一挙手一投足は洗練された達人のごとく隙がない。


「お主は間違いなく一度死んでおる。つまり、魂が一度肉体から離れ、『三途の川』を渡った後、我が領地『叫喚(きょうかん)赤界(せっかい)』へと辿り着いたのじゃ」


 ・・・・・・どうやら俺はすでに死んでいたらしい。


 死んだと聞いても特に驚きを見せない自分に驚くところだが、それ以上に今は、この状況を説明してもらいたくてしょうがない。


「お前は一体何者、なんだ?」


「よくぞ聞いてくれた!一度しか言わぬから、よく聞いておくのじゃぞ。儂の名は、ホロ=シュアイヴァイヌ=ハイスファーサ=ブレエンデス=アイズノローム=ピティチオン=ゲフェンネス・・・・・・えーっと・・・・・・」


「おいっ・・・」


「いや、これは忘れたというわけではないぞ。ただ・・・長すぎてお主が覚えきれないのではないかと思い、この辺で勘弁してやろうとしたまでじゃ!」


 かなり苦しい言い訳だが、こうも堂々と言われると、なぜかこちらが萎縮してしまう。


「なら、そこまででいいから、もう一度頼む」


「えーっと・・・ホロ・・・シュアイヴァイヌ・・・ハイスファーサ・・・プレエンデス・・・アイツノローウ?」


「お前には生まれた時から呪いたい奴でもいたのか?それよりも、覚えきれないのはどうやらお前の方らしいな」


「儂を馬鹿にすることは許さんぞ!儂は「一度しか言わぬ」と言ったはずじゃ!お主が悪い」


 一体全体俺の何が悪いのか全く理解できないが、どうやらご立腹のようだ。雰囲気は他を寄せ付けぬ気品であふれているというのに、言動はまるっきり子供のようだ。


「そんなことより、お主もさっさと名乗らんか!」


「ああ、俺の名前は・・・」


 俺の名前?


「なんじゃ、自分の名前を思い出せぬのか?お主も阿呆じゃなぁ。笑ってしまうわい」


 そんなことを言いながら高らかに笑う彼女の声には先ほどまでの神々しさはなく、まるで閻魔大王が矮小な人間をあざ笑うかのようである。


 しかしこの場合、お前もその阿呆であることを認めてないか?


 まあ、そんなことを言うわけにもいかないし、とりあえず適当に名乗っておくか。


「俺は・・・(たちばな) 剣夜(けんや)だよ」

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