勝気な女
金曜日、会社昼休み、食堂。
康介は一人、カラフル定食を食べていた。
一日毎にメニューが変わる一番高いメニューだ。
しかし、カロリー計算がしてあり、無粋な康介にとってありがたいメニューだった。
里美「康さん康さん」 話しかけてきた。
康介「・・はあ、何ですか?」
里美「この前は相談ありがとうございました、、私の後輩自殺する所だったって言ってました」
康介「いや、何にもしてないですけど」
里美「いいんです、乗ってもらっただけで」
康介「はあ・・」
里美「それで・・その・・」
康介「?何か?」
里美「紹介したい人がいるんですが・・」
康介「・・はあ・・」
里美「私の先輩の知り合いなんですが、少しお堅い職業の人で・・今まで男性との縁がなかったらしく・・その、もし康さんがよかったら・・会いたいって・・向こうは言ってきてるんですけど・・」
康介「・・」
里美「・・どうですか?」
康介「・・分かりました、まあ、会うだけでも」
里美「わあ!良かった!じゃ、じゃあ・・ですねえ・・また連絡します、康さん、携帯教えて貰って良いですか?」
康介「ああ・・はい」
里美「はい、登録完了!、また連絡しますね。じゃあ、失礼します」
康介「はあ、どうも・・」 行った。
康介「(今まで縁がなかった?だと?・・不細工だろうな・・はあ・・俺もこんな髪で言う程じゃないよな・・でも・・不細工は・・嫌だなあ・・トホホ・・)」
食事が味気なくなった。
その後、里美から連絡があり、今夜19時に駅前の居酒屋ハットンでという事だった。
康介「(これ断りづれえなあ・・もし断ったら・・里美さんの立場が・・トホホ・・)」
現場到着。
19時5分前。
康介「(開け、開けづれええ・・)」 玄関で5秒程躊躇い、ようやく開けた。
康介「(一応・・あっちが付き合いたいって言いだしたら、この場では引き受けよう、んで不細工だったらフェードアウト・・良し、これだ!)」 中に進む。
里美「あ!こっち、こっち康さん、こっち!」 また畳の部屋だ。
康介「(おれ、胡座苦手なんだよなあ・・)」 進み、里美が出迎える、障子の隙間から見えた。
康介「(は?え?は?)」 そこに居たのはとんでもない美人だった。
康介「(えええええええええええええええええええええええええええ?)」
里美「あ、紹介しますね、こちら話してた、お堅い職業の人、染衣蓮 (そめい、れん) さん」
染衣「初めまして、染衣蓮です、本日は宜しく」 キリっとした、澄んだ空気。まるで、大企業の社長か、宗教の頭だ。
康介「あ、初めまして、船場康介と申します、宜しくお願いします」〈ペコ〉必要以上に頭を下げる。
染衣「・・」 じっと見る。
康介「・・」 少し怯えながら上がる。
里美「ええっと、染衣さん、こちら、課長補佐って肩書きの人だけど、とっても温厚で、優しい人なの」
染衣「・・そうなの・・」 そっけない。
康介「・・」
里美「・・だ・・だから、少し頼りないみたいに見えるけど・・意外に活躍した時があって、そのお陰で、社長の信頼も厚いのよ、ね、ねえ?」
染衣「趣味は何を?」
康介「は、はあ・・か、株を・・」
染衣「株?ネットの?」
里美「ええ?康さん株やってたんだああ、知らなかったあ・・」
染衣「・・現在株資産入れておいくら?」
康介「・・に、2000万くらいかなあと・・」
染衣「・・普通ね・・」
里美「え?す、凄おい2000万なんて」
染衣「私も株やっております」
里美、康介『ええ?』
染衣「そうねえ・・現在3億超えたかしら?」
里美「す、凄おおい、ね、ねえ?康さん?」
康介「え?ええ、凄いですね・・」
染衣「もし、伴侶になるのでしたら、あなたの資産運用してさしあげるわよ?ふふん」
里美「は、ははは・・」
康介「は、はあ・・どうも」
染衣「所で何かスポーツはなされないの?」
康介「す、すいません・・何ぶん、体を動かす系は苦手で・・」
染衣「あら?では、頭を使ったスポーツなら?」
康介「・・」
染衣「将棋、囲碁、チェス、等ありますわよね?」
康介「・・はあ、一応どれも出来ますが、プロを目指した事もない訳でして」
染衣「私、チェスをたしなんでおりまして」〈ガサゴソ〉 バッグから小さいセットを取り出した。
康介「・・」
里美「・・」
染衣「もし、私に勝てたら、お付き合いしてもよくってよ?」
里美「・・ちょっと待ってー」 手で制す康介。
里美「え?康さ」
康介「まあ・・お付き合いするかは別として・・勝負は面白そうですね」
里美「でも・・」
康介「・・」 里美にまあ、まあ、のジェスチャー。
染衣「あなたが先攻で構いませんよ?」
康介「・・ではお言葉に甘えて・・」
料理が運ばれて来ても、2人とも食べず、チェス。
里美は傍観しながら、一人、料理、酒をつまむ。
染衣「ぐ・・・・」 どうやら康介が勝ってるらしい。
里美「(へえ・・康さん結構強いんだあ・・意外~・・)」
染衣「・・」 長考の末動かした。
里美「(さあ・・どう出る康さん?)」 里美はチェス分からないが、心中で審判していた。
康介「・・」 6秒程考え動かした。
染衣「・・」 今度はすぐに動かした。
康介「・・」 康介も間髪ない。
暫く続く早い攻防。
染衣「・・」 置こうとした。
康介「・・」 もう次に置く場所が決まってるように、既に板の上に右手を上げている。
染衣「・・」 冷や汗。 置いた。
康介「・・」 すぐに置いた。 取った。
染衣「・・・・」 また長考。
康介「・・」
里美「・・」
染衣「・・」 置いた。
康介「・・」 間髪入れず置いた。
染衣「・・・・」 また長考。
里美「(凄い・・よく分かんないけど・・これ康さんが押してるの?)」
染衣「・・」 置いた。
康介「・・・・」 初めて康介の手が止まった。
里美「(え?負け始めた?)」
染衣はにやにやしている。
康介「・・・・」 まだ考えている。
染衣「・・」
康介「・・」 ようやく置いた。
染衣「・・」 間髪入れず置いた。
康介「・・」 すぐ置いた。
また暫くの早い攻防。
しかしー。
染衣「!!・・・・」 驚き、驚嘆の顔で康介を見る。
康介「・・」 黙って板を見ている。
染衣「いつから?」
康介「・・」 〈トントン〉 自身のナイトを指差す。
染衣「ああ・・そっか・・あの長い長考はそれで・・参りました!」
康介「いや、途中まで完全に乗せられてました・・恐い人ですね」
染衣「見破ってきた人はプロ以外では貴方が初めてよ」
康介「そ、それは、どうも・・」
里美「凄い!康さん!この人アマチュア大会で何度も優勝してるんだよ?」
染衣「里美ちゃん!よして!恥の上塗りよ」
里美「ええ?だって凄いじゃない!康さんってやっぱ頭良いんだああ」
康介「い、いやあ・・恐縮です・・」
染衣「じゃ、ご、ゴホン!、じゃあ・・付き合いましょうか?」 頬を赤らめる。
康介「は?い、いやあ・・だから、それは別としてって・・」
染衣「あら?何?あたしじゃ不満な訳?」 顔全体を赤らめる。
康介「い、いや・・そういう訳では・・」
染衣「じゃあ、どういう訳よ!?」
康介「ええっと・・まずは恋人未満からっていうのは・・」
染衣「・・」
康介「・・どうでしょう・・か?・・ひ!」 凄い睨んでる。
染衣「・・」
康介「・・す、すいません・・」
里美「(こ、恐い)」
染衣「・・はあ・・ま、仕方ない、負けたしね・・いいわ、恋人未満ってやつで我慢してあげる」
康介「ほ・・」
染衣「ただあし!」
康介「は、はい」
染衣「1週間!1週間だけよ!それであたしがありか、なしか決めなさい!」
里美「(康さんお願い、はいって言ってええ)」
康介「は、はい・・」
染衣「宜しい、では、一週間、毎日会いましょう」
康介、里美『ええ?』
染衣「当然でしょう?お互い何にも知らないんだから!何?嫌なの?」
康介「いや・・じゃないです・・」
染衣「何?嫌なら嫌って言えば良いでしょう?はっきりしなさい!男でしょう!」
康介「は、はい!嫌じゃありません!」
染衣「〈ニコ〉宜しい!では電話番号教えて頂けますかしら?」
康介「は、はい・・」 完全にノックアウト寸前のボクサー。
里美「(もしかして、やばい展開かなあ?でも・・康さんにお似合いの人かも?チェスで勝ったし)」
染衣「では今夜電話します、さようなら」 〈カツコツカツコツ〉 ハイヒールの音が玄関に消えた。
康介「は、はあ」 疲れて座った。
里美「で?」
康介「・・で?とは?」
里美「美人だった?」
康介「そりゃまあ・・」
里美「性格はあんなだけど、結構優しいんだよ?」
康介「そうは見えないんですが・・」
里美「一緒に散歩すれば分かるよ・・」
康介「散歩・・」 考えたくないようだ。
里美「料理食べよ?康さん」
康介「あ・・はい・・じゃあ」
暫く食べた後、気になっていた事を聞いてみた。
康介「所で、あの・・染衣さんですが・・」
里美「はいはい?」
康介「お仕事は何を?」
里美「・・」
康介「え?」
里美「弁護士さん、テレビで出てる今無敗だって」
康介「・・ああ・・」
里美「?あれ?驚かないの?」
康介「え?いや!驚いてますよ!ただ、ああ、なる程、頭良い訳だなと、そして、あの性格もなんか納得が・・」
里美「まあねえ・・けど・・それなりに悩みはあるみたいだよ?あの人はあんな性格だから、あんまりそういうとこ見せない人なんだって」
康介「・・」
里美「先輩にも話せない事が多いらしくって・・その・・誰か男でも出来れば良いんじゃないかって」
康介「それで僕に?」
里美「それでって訳じゃないけど・・康さんも彼女いないみたいだし、丁度いいかなって、歳も一緒だし」
康介「・・そうだったんですか、まあ、気遣ってくだり有難うございます」
里美「で?正直に聞かせて?他の人には言わないから」
康介「へ?何を?」
里美「染、衣、さ、ん!」
康介「ああ・・」
里美「どうだった?ぶっちゃけタイプ?」
康介「・・まあ、美人ですね、ただ、ツンデレかもしれないですが、あまり、その・・ツンの方が鋭過ぎると申しますか・・」
里美「そうよねえ・・あんな性格だから彼氏もいた事ないらしいし・・でも、本当に優しい所あるんだから!保証する!だから、固定観念に囚われないで、見てあげて欲しいな、ね?康さんなら出来るでしょ?頭良いんだから!ね?」
康介「はあ、まあ・・一週間頑張ってみます」
里美「そうこなくっちゃ!食べよ食べよ!」
康介「そうですね」
染衣が弁護士事務所に帰ると部下の若い女から声をかけてきた。
???「先生、どうでした?お見合い」
染衣「ん~~?ふふ、まあ、まあ、ね~」 植木鉢に水をやる。
???「へ~、先生をその気にさせる男がいたんですね~どんな人なんですか?」
染衣「ん~ひ弱そう~なヒョロヒョロなバーコード眼鏡」
???「へ?・・そ、それはなんと言いますか・・」
染衣「でも・・」 仕事椅子に腰掛ける。
???「でも?」 机に寄る。
染衣「頭は悪くないわ、私にチェスで勝ったし」
???「うっそ!先生にチェスで?そんな男いるんですね~プロなんですか?」
染衣「ん~ん、普通のサラリーよ、里美ちゃんも驚いてたから、プロじゃないわ」
???「へ~、頭良いんですね~」
染衣「それにこれは感だけど・・多分手加減されてたわ」
???「・・まっさか~、先生相手に手加減出来る男がいます~?」
染衣「・・」 外の景色を見る。
???「先生?」
染衣「(・・どうしてかしら・・あのチェスを思い出すだけで・・胸が締め付けられる)」
???「・・」〈プルルルル・・ガチャ〉
???「はい、染衣法律事務所、受付、小林です、・・は?・・はあ・・」
染衣「(まるで・・そう・・まるで・・はいはいする赤ん坊を優しく見守る親のようだった・・あの男は一体・・一体何者なの?)」
???「先生・・お電話です、神崎と言えば分かるとの事でしたが・・」
染衣「ああ・・はいはい・・いいわ、貴方は出てなさい」 内線へ。
???「はい、失礼します」 〈ガチャ、バタン〉
染衣「はい、代わりました、染衣です」
神崎「先生~私の息子の弁護の話し~、考えて~下さいましたか?」 70代の男性の声。
染衣「それについてはお断りした筈ですが?」
神崎「先生~そ~言わんと~考え直して~くれませんか~?」
染衣「ですから!何度も申し上げてるように、息子さんの実刑は免れません!2人の人間を殺めて、財布まで獲ったんですよ?強盗殺人です、極刑、又は無期懲役は免れません!どんな優秀な弁護士でも結果は同じです!」
神崎「先生~、だからあんたに頼んでるんじゃありませんか~」
染衣「・・どういう事?」
神崎「いやね~?先生~ここんとこ勝ってばっかりでしょう~、だから~それをよく思わん人達がいるんですわ、先生にとっても負けて当たり前の事件、負けても~ねえ?、何らダメージないでしょう?」
染衣「・・最初っから負けると解ってる事件を組め、と?」
神崎「先生~解りますやろ?ねえ?これから先、勝てる事件ばっかり引き受けてたら、羨むライバル達が出てくる~そういう話しですわ~」
染衣「・・」
神崎「儂らも~ほれ、この先~ねえ?優秀な先生にお世話になるかもしれんのだし~、やりたくないんですわ~、でも~ねえ?解りますやろ?義理人情の世界の世知辛い所ですわ~、昔お世話になった人からの頼みは~断れないんですわ~、先生~頼んます、どうか、どうか、引き受ける、そう言うてください」
染衣「いいえ!きっぱりとお断りさせていただきます」〈ガチャ〉
〈プップー〉
神崎「・・あんの・・メス豚がああああ!!」〈バキャ!〉 ベンツ車内。携帯を投げつける。
組員1「如何いたします?」
神崎「・・寺島を呼べ」
組員1「は・・」 替えの携帯を取り出し、かける。
組員1「・・・・おう、俺だ・・寺島に繋げ、仕事だ」
染衣「・・はあ・・」 机で頭を抱える。
〈コンコン〉
???「先生・・紅茶お持ちしました」
染衣「はい、いいわよ」
〈ガチャ〉
???「・・失礼します」 心配そうに紅茶を持ってきた。
染衣「有難う」
???「先生・・今の電話・・」
染衣「そうね・・田中・・暫くお休み取りなさい」
田中「へ?先生は?」
染衣「私はいいの、でも貴方は付き合う必要はない」
田中「そんな・・先生警察に」
染衣「言ってどうなるの?24時間事務所の前にパトカーなんて信用に関わるわ」
田中「でも・・でも」 泣いている。
染衣「私なら大丈夫だから」
田中「先生~・・」
染衣「これは命令よ、休暇を取りなさい、そして、もし、何か事件があっても、決して、その事件を追ったり、この事務所に近づいたりしちゃ駄目、良い?」
田中「でも、でも・・」
染衣「大丈夫!私こう見えて、剣道3段、合気道2段、柔道黒帯よ?」
田中「う、は、はい・・」
染衣「さ、行きなさい、後は私がやっておくから」
田中「・・」
染衣「さ・・」 優しく部屋から追い出した。
染衣「来るなら来いやってんだ!悪党!木刀準備しとこう!」
その夜。
23時。
染衣「・・そう言えば・・電話するって約束だったわね・・」 スマホを見る。
染衣「最後になるかも知れないし・・かけるか」〈プルルルル、プルルル〉
康介〈はい〉
染衣「あ・・どうも、染衣ですすいません、夜分遅くにとは、思ったんですが・・先日はどうも」
康介〈い、いえ、こちらこそ〉
染衣「一週間って約束守れそうにないですわ、すいません」
康介〈へ?何でですか?どうしたんです?いきなり〉
染衣「私の事は忘れてください」
康介〈や、やですねえ、まるで今から自殺するみたいじゃないですか〉
染衣「・・グッス、ひっぐ、っひっぐ・・」
康介〈・・?どうしました?何泣いてるんですか?〉
染衣「い、いえすいません、とにかく、私の事は忘れてください、失礼します」〈ブッ〉
〈ツー、ツー〉
康介「・・」
AM1時半。
染衣は明かりがついた事務所内で、仕事の整理をしていた。
染衣「・・」〈カチャカチャ、タン、カチャカチャタタン〉 キーボードが響く。
〈フッ〉 突然明かりが消えた。
染衣「え?何?」 木刀を左手、右手に懐中電灯を持ち、机の下に隠れる。
〈カチャ・・ギイ・・ミシ・・ミシ・・〉 誰かが入って来た。
染衣「・・」 机を回り込もうとしているのが分かった・・。
〈ミシ・・ミシ〉
染衣「(やるしかない)」 机下から出ようとー。
〈ダッダッダッダッダ〉 誰かが走る音が。
???「な?誰だ!?てめ〈ガ!〉《ガッシャアアアアアアア!!》 机の後ろ側の窓を突き破って行った。
〈ヴロロロローーー〉 トラック?の音。
染衣「(ええ?何!?一体何が!?)」 慌てて出、ライトで照らすが部屋には誰もいない。
染衣「・・」 2階建ての事務所。2階から窓下を見る。
染衣「嘘・・」
そこには窓破片以外何もなく、向かいの自販機の明かりがやけに明るく感じた。
染衣「助かった・・の?」
おしっこを漏らしながら、座り込んだ。
染衣「う・・ううう・・うあああああ、うあああああ」
強がりな女の初めての情けない姿だった。