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8話 雨に降られて

 生徒会室にて、1人目の試験成功者を見届けていたアリスとアセシアは瞠目していた。


「今の分かった?」

「うん……。どうだろう。5連続で撃っただけでも凄いけど……。最後は何が起きたのかな」

「わたしも同感」

「きっと皆分かってないはず……。あっ、あの子帰っちゃう」


 アセシアがそう言うのと同時だった。

 3階にある生徒会室の窓に手を掛けて、そのままアリスは飛び降りた。

 赤い髪が宙を舞い、制服のスカートをはためかせ、ミノタウロスとの戦闘でロイスがやったように宙を蹴り始めた。


「あっ、待って……」


 すかさずアセシアも同じようにして生徒会室を飛び出す。


 周囲にはその2つの人影に気付く者はいない。全ての関心は今しがたグラウンドで起きた、誰も予期しなかった展開に注がれている。




 一方、校門を出たロイスは注目の視線が途切れたのを確認すると、身体強化の術式を発動して一目散に走り出した。


 ――ユーゴとエミルには悪い事をしましたね。後で謝らなくては。


 追われている事に気付いて走り出したのではない。

 ユリアンとロックに反論の隙を与えないためにも、迅速に距離を置く必要があったからだ。


 そしてロータス兄妹からは、試験の様子を見てアドバイスを求められていて、更には一緒に試験を突破しようと言ってくれるまでの連帯感が生まれていた。


 少なからずの罪悪感を抱えながら走っていると、猛烈な勢いで追いかけて来る2つの魔力を感知した。


 ――まさか、追いかけて来るとは。


 そう思いながら小さく溜息をついた後に、追手の人物の違和感に気付く。

 咄嗟に思い浮かんだのはユリアンとロックの2人なのだが、考えてみると無属性を操る事が出来ない者に身体強化を使う事は出来ない。

 追手の速度はロイスと同等かそれ以上で迫ってくるのだから、それを使っている事は明白だ。


 では一体、背後から接近してくる魔力の持ち主は誰なのか。

 そんな好奇心がロイスの足を無意識に止めた。


 背後を振り返る。


 ――あれは女子生徒? それにしても見事な身体強化です。


 学園の方を見据えて近づいてくるそれを見つめていると、5秒もかからずにその姿が明確になるまでの距離まで来る。


 アリスとアセシアは声が届く距離で身体強化を解きながら、小走りに切り替えてロイスへと近づいて行く。


「僕に何か用事がありますか?」


 およそ500メートルの距離を疾走してきたにも関わらず、ロイスを含めて息切れを起こしている者はいない。

 学園から西に向けて走ると程なくしてハーケネスの領地になるのだが、丁度その中間地点でロイスは生徒会役員と相対していた。


「初めまして。わたしは生徒会長のセイン・ロザウェルよ。こっちは副会長のアセシア・キューベックです。2人とも3年生ね」


 真っ赤な髪をした方がアリスと名乗り、やや後ろに控えている無表情な生徒をアセシアと紹介した。

 揃って足を止めるとロイスに向かって軽く会釈をする。

 一見するとどちらも小柄で子供っぽく見えるかも知れないが、こうして間近にすると落ち着き払った雰囲気のせいで年齢よりも大人びている。


「初めまして。1年のロイス・ハーケンと申します。まさか正規の手続きを経ずに学園を出たのが問題でしたでしょうか?」


 生徒のほとんどは学園の敷地内にある寮で暮らしている。そのせいもあって外に出る際は守衛の詰所で手続きをしなくてはならない。

 とは言え、学外から登校する旨の申請は済ませてあるから、そんな理由でアリス達が追って来たのではない事くらい分かっている。


 アリスが自己紹介するまでの短い時間、何やら面倒事に巻き込まれそうな予感を抱いたロイスは、見当違いの理由を押し出して本題を切り出させないように会話を誘導したに過ぎない。


 身体強化を使い、尚且つ生徒会長と副会長がわざわざ追って来たのだ。

 先ほどの試験で見せた一連の技術について、興味を持ったのかもしれないと推測するのは容易かった。


 今はその講釈を悠々としている場合ではないのだ。さっさと学園から遠ざかりたいのがロイスの本音だった。


「いえ、そうじゃないのよ。だってあなたは元々学外からの登校を申請してるのよね?」


 さすがに初対面の相手との会話で、いきなり本題を切り出す無礼な行いを生徒会がするはずもない。

 アリスもアリスで、いきなり「さっきの種明かしを教えて欲しい」などと聞けるはずもないのだから、ロイスの誘導はあってもなくても大差ない結果だったのかもしれない。


 問題はこの後だ。

 ロイスは、アリスの質問に早口で応答した後に、別れの言葉を残して走り去る算段を立てていた。

 そんな事も露知らず、アリスはゆっくりと話を聞ける前段階が整った事を認識した。

 

 しかし事態は思わぬ展開になり、結局ロイスの目論見は妨害されてしまった。


「そうですか。では僕は急いでますので……」


 失礼します、と言おうとした瞬間、右腕にかかる重力にそれを遮られた。


「ちょ、ちょっとシア何してるの?」


 いつの間にかアリスの隣からいなくなっていたアセシアは、気取られることなく移動すると、ロイスの右腕に両腕を絡ませていた。


「イケメン……。好きなんです」


 あまりにも大胆で傍若無人な行動だった。そんな事をするように思えないアセシアだったが、よく見ると無表情なりに頬がたるんでいるのが分かる。


 アセシアと付き合いが長いアリスにとっても、彼女がここまでの暴挙に及んだのは初めて見る事だった。


「年頃の女子が取る行動ではありませんよキューベックさん」


 アセシアはロイスの腕に絡みついて、頬を押し付けている。


「そんな他人行儀な呼び方は嫌……。君もシアって呼んで」


 どう答えたら良いか悩み、アリスへ助け舟を求める視線を投げかけた時だった。


 突如として空が雲に覆われ、一筋の雷が閃光を撒き散らすと程なくして雷鳴がとどろいた。

 それが合図となって堰を切ったように大粒の雨が降り注ぐ。


 ――厄日なんでしょうか。


 雷の衝撃に驚いたアセシアは更に体を押し付け、アリスは両手で小さな傘を作っている。


「失礼しますね、シアさん」


 ロイスはそう言って、強引にアセシアの両手を解く。

 「あっ」と吐息の様な声を漏らしながら、名残惜しそうにロイスを見つめている。


 自由になった右手に魔力を集中させ、3人を覆うように魔術を構築させると、恵み屋に施したものと同じ

結界を平面にして頭上に出現させた。


 誤魔化して逃げおおせるタイミングを逸してしまった。

 それに見とれていた2人に改めて向き直ると、ロイスは真面目な対応に切り替える事にした。


「お話が終わったのなら僕は帰りたいのですが、お2人はどうなさいますか?」


 不可思議な結界で雨が遮られている事に、2人ともしばらく呆けている。

 ロイスの問いに答えるのにかなりの間が空く。


 ふと我に返ったアリスは、真剣な眼差しになると満を持して声を絞り出した。


「ロイス君っ! 生徒会長としてあなたにお願いがあります!」





 ただ単に試験の時に見せたからくりを教えて欲しい、と言うだけではなさそうだった。

 もちろんそれも気になってはいるだろうが、アリスの迫力は何かそれ以上に切実な思いが秘められているように感じた。


 学園に引き返すのは躊躇われた事もあって、ロイスは2人を魔術書店の地下に招き入れる事にした。


「お疲れ様ですエルザさん」


 急な豪雨に見舞われた事もあって、いつもは賑わっている店もエルザが所在無さげにカウンターで座っているだけだ。


「お、おかえりなさいませロイス様。その、ちょっと考え事を……」


 暇を持て余していたエルザは、頬杖に置いた顎を即座に持ち上げて立ち上がると、罰の悪い顔をしてロイスの元へ駆け寄る。

 だが後ろに見慣れない女子がいた事で、それ以上の言い訳を飲み込む事にしたようだ。


「こちらは学園の生徒会のお2人です。下でお話をしてますのでお店の方は引き続きお願いします」

「あ、はい」


 エルザはサボっていた事に何か言われるかと思ったらしく、その事に触れられなかった為に声が裏返ってしまった。


 そんな動揺に目ざとく気付いたロイスのフォローは、きっと背後の女性達も感心したに違いない。


「暇な時は好きな事をしていて構わないのですよ。ここにいてくれるだけで僕は助かっていますから」


 どこまでも紳士的なロイスの気遣いは、いつまでたっても慣れる事はない。

 それを表すかのように、エルザの頬にうっすらと赤みが差した。


 俯いてモジモジしているエルザの横を通り、ロイスは客人を地下へと招く。

 アリスもアセシアもすれ違いざまに綺麗な会釈をすると階段を下りていった。


 そのすれ違いざまにエルザは妙な言葉を聞く。


「羨ましい……」


 そう溢したのはアセシア。


 エルザは一瞬言葉の意味を考えたがすぐにそれを放棄すると、またカウンターに頬杖をついて妄想に耽るのだった。


「いてくれるだけで助かっていますから……ですって。はぁ~、ほんとかっこいいなぁ」


 その時のロイスを想像するだけで、きっとエルザは何時間もこうしていられるだろう。

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