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7話 無属性魔法

 新入生合同で行われる実技試験。

 学園のグラウンドには、自分の順番を待ちながら様々な心境を抱えている生徒たちが列を作っている。

 緊張で硬くなっている者や、自分の腕を試せる機会に意気込んでいる者をよそに、試験の事などそっちのけで騒然としている者たちがいる。


 ロイス、ユリアン、ロックの話題は瞬く間に広がり、上級生にも伝播したようで、授業を抜け出してわざわざ見物に来る怠け者までいる始末だった。


 学園の自治を統括する生徒会長もその1人だ。それは試験会場を一望できる位置に生徒会室があったせいでもあった。

 業務をこなしていた2人の役員の耳に騒ぎの声が入れば息抜きに見物でもしたくなるのも理解できる。

 しかもそれが、巷を騒がせている人物が中心となっているのだから尚更だ。


「あらあら、今年の新入生は血気盛んなようね」


 開け放った窓の外を、目を輝かせながら眺めているのが生徒会長、セイン・ロザウェル。

 まるで西洋人形のような整った顔立ちと、薔薇の様な赤髪は、一度見たら忘れられない程に強烈な印象を与える。

 小柄ながら、ひとたび魔導士の顔になると相対したものはその強大な威圧感に委縮してしまう。

 3年生一同、満場一致で生徒会長に選ばれたのはセインが初めてなのだそうだ。


「ただの馬鹿者だと思う。放っておけばいいよ……」


 その後ろで書類の山を片付けているのは、副会長のアセシア・キューベック。

 いつも気だるげな顔つきをしているが、これは生まれつきだ。表情からは喜怒哀楽が窺い知れない。

 薄いエメラルドグリーンの髪の、その前髪だけをかき上げて軽く溜息をついている。


「シアも見てみたらどう? 騒動には噂の彼も巻き込まれているみたいだし」


 この情報はアセシアの興味を引いたようだ。

 流れるように動いていた筆がピタッと止まると、音もたてずに立ち上がりセインの隣へやってきた。


「どこ?」

「ほら、あそこにドミニク卿のご子息がいるでしょ? その子と向かい合ってる背の高い銀髪の子よ。確かハーケン伯爵の次男だったかしらね」


 左手で肩口まである赤髪をクルクルと巻きながら、右手でロイス達を指さして説明する。

 それを聞きながら、アセシアは先程と同じように前髪をかき上げてその先を追った。

 ちなみに、この2人も魔力とその量を見通す眼を持っている。


「ほうほう……ほうほう。あれが噂の……。なかなかの魔力を持っている。しかもイケメン……。それであの3人がどうしたの?」

「騒いでる子達が言ってた内容だと、なんでも試験を早くクリアしたら勝ちって言う勝負をするそうよ。何を賭けてるのかはちょっと聞こえなかったけど」

「ふーん……。そんな勝負より、あのイケメンの実力は見ておく価値あるかも」


 わざわざ5時限目を欠席してまで、生徒会の業務に勤しんでいた2人だったのだが、そんな事も忘れてしまったようだ。





 試験の順番はロック、ユリアン、ロイスの順で回ってくる。


 はっきり言って、ロイスの中ではこの勝負に負けるなんてこれっぽっちも考えていなかった。

 ユリアンとロックが賭けに乗った時点で、その後にも予想されるであろう言い訳をどうやって沈黙させるかを思考している。


 そもそも、この試験には重要な落とし穴が隠されていた。


 学園の生徒は幼いころから魔導士の家庭教師をつけたり、私塾に通わせて英才教育を受けて来た者ばかりだ。

 それらの教育方針は、見栄っ張りな貴族の親の価値観を押し付けられ、いかに強大な魔法を習得させるかに重きを置いている。

 高等部に入るまでに4属性魔法の内のいずれかの下級魔法が使えるようになっていれば、親も本人も各所に自慢できる風潮があった。


 ――さて、彼らに無属性魔法が理解できるでしょうかね。


 あまねく魔法は結果をイメージしないと発動する事が困難である。このイメージが強烈であればあるほど、詳細であればあるほどに、結果としての魔法に影響を及ぼす。

 例えば、家庭教師は教え子に、火属性のファイヤーボールを何回も見せる。教え子はそのファイヤーボールを見てイメージを固めていくのだ。

 ただし、それだけでは完全には至らず、体内にある魔力を属性変換するイメージをも定着させる必要があった。

 体内で感じる魔力がメラメラと燃え盛る炎になるよう想像する。それを何回も何回も繰り返すのだ。


 では、そんな教育を受けて来た生徒達を、試験の条項に照らした場合どうなるか。



 グラウンドに立つ標的の教官が指笛を鳴らして、試験開始の合図を知らせる。

 それに反応して、試験を受けている生徒は魔力を練っているような構えを見せるが。


「あ、あれ? 無属性魔法ってどう出すんだ?」


 これこそがこの試験の落とし穴だった。

 無属性とはどうやってイメージすればいいのか。しかもそれを体外へ放つにはどんなイメージが必要なのかを彼らは知らないのだ。


 こうして1回目の挑戦は失敗する者が後を絶たず、無属性の魔法を教官に向けて発動したのは、冒険科のエミルが初めてだった。


 これまで何もできずに失敗を続けて、やっと目にした無属性の塊にざわめきが起こる。

 その後出たもう1人の発動成功者はユーゴだった。


「ほんとこれ難しいのよね~。発動までに時間かかるし、狙い通りに飛んでくれないし」

「俺もだわ。でもよ、まずは俺達だけ一歩リードって感じだし頑張ろうぜ」


 見ていた生徒のみならず、試験に立ち会っている教官も驚いている。

 毎年この試験の成功者は片手で数えるほどしかいない。しかも1回目の挑戦でここまで明確に無属性魔法を撃ったのは稀だった。


 それほどにこの試験は意地悪な条件になっている。

 ただこれも毎年恒例で、無属性の必要性を理解させるための足掛かり的な意味合いが込められていた。


 そして遂にロックの出番が回ってくる。

 ここまでに成功者がいなかった為に、無属性魔法の難易度が高いと勘違いしたロックは、密かに発動の練習を試みていた。

 しかしこれまでの生徒同様に、そのイメージがさっぱり思いつかない。


 周囲から向けられる好奇の視線が徐々に焦燥感を煽って来る。


「くそっ! なんでこんな下等な魔法を使わないといけないんだっ!」


 結局ロックも1回目の試験に失敗。

 ユリアンもまったく何も出来ずに2回目の挑戦の列に並びなおす事になった。


「なんなのだこの無属性とやらは! 4属性を操つれれば問題ないだろう!」


 この体たらくを目の当たりにしてロイスは心の中で嘆息せずにはいられなかった。


 ――1週間前から試験の内容は開示されていたのに……誰も無属性について調べてなかったのですね。


 この試験は毎年必ず新入生に課せられる試練でもある。

 前世でもこれを経験しているロイスは、この試験の全貌と意図を正確に理解している。


 その後も失敗して肩を落とす生徒が続出し、騒動で浮足立っていた面々も今はそれどころではなくなっている。他人の賭けに一喜一憂出来る雰囲気は消滅していた。


 それでもロイスに順番が回って来ると嫌がおうにも注目してしまうのは、昨夜の事件の噂があったからだろう。


「よろしくお願いします」

 

 前方の教官に対して折り目正しく一礼し合図を待った。

 ここまでに多くの挫折を目の当たりにしている割には、その顔に不安の色はない。周囲の生徒はきっとそう感じている事だろう。

 よくそこまで自信に満ちた立ち居振る舞いが出来るものだと。


 大多数の生徒が固唾を飲んで見守る中、教官が指笛を鳴らして試験が開始された。


 即座にロイスは右掌を標的に向け、たちまちのうちに5発の無属性魔法を放つ。


 ドドン! と盛大な音を立てて土に穴が穿(うが)たれ、爆風がロイスの銀髪を後ろになびかせた。

 どれも直線的な軌道ではあったが、それを難なく避ける教官は流石と言うほかない。 


 まさかの現象に呆気にとられていた観衆は、何が起きたのかに理解が及ぶと波の様などよめきが湧き起る。

 1発だけでも驚きだろうが、まさか5発立て続けに撃たれた魔弾に対し、避けた教官も笑みをこぼして称賛している。


 だが。


 ――油断大敵ですよ。


 ロイスが胸の内でそう指摘したすぐ後、試験は終了していた。


 拍手を送っている教官は、ロイスが手を翳さないので次の発動までにまだ時間がかかると踏んでいたのだろう。

 その背後に突如出現した術式の陣に気付いていなかった。

 刹那、展開された術式から放たれた無属性魔法が、教官の背中を直撃した。


 誰がどう見ても試験は合格だ。

 悠然と歩き、ユーゴとエミルの元まで来て軽くハイタッチをしたロイスは、ユリアンとロックを続けて見やる。

 どちらも苦虫を噛み潰したような顔をして睨み返してきたが、すぐに俯いて視線を逸らしてしまった。


 ――さあ逃げましょう。


 結局ロイスは勝敗についての言及を避け、強制的に敗者の弁を拒絶する事でこの騒ぎの幕を落としたのだった。

 荷物をまとめてそそくさと校門を出ていく。


 この時ロイスは、背後から尾行してくる人影に気付いていなかった。

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