4話 魔法剣士の面影
コロシアム自体はハーケン伯爵の計画であったが、強引に建設費用の負担を持ちかけられて王都政府も運営に携わる事になった。
収益の一部を税収として納め、利益を出す事で半国営として成り立っている。
王都の政府と言えば、ドミニク公爵が牛耳っていることでも有名だ。
そしてハーケン伯爵の反対を制して、今回ミノタウロスと言う狂暴な魔物をコロシアムに利用したのがドミニクだった。
その旨を父マテウスから聞いた時ロイスは耳を疑った。
マテウスは何度も王都へ反対の書状を送ったが、結局王国騎士団が警護する厳重な態勢までしか譲歩を引き出せなかった。
ロイスは当時の父の苦悩を思い出していた。
――最悪の事態になりましたが、起きてしまった物は仕方がないですね。この落とし前は僕自身の手で。
アリスの懸命な制止を振り切って、コロシアムへと向かう。
既に4メートルはあろうかと言う巨体は見えており、接近するとその迫力は凄まじいものがある。
前世で何回も討伐してきたのだが、今のロイスには精霊の力も過去に使っていた装備もない。
当然、今世でこのクラスの魔物と戦うのは初めてだった。
頼れるのは人より多い魔力と魔術の知識だけだ。
――それでも僕は止めてみせる。もうあんな凄惨な光景を見るのはごめんですからね。
身体強化の術式で人外の速度を得たロイスはあっという間に現場へ到着する。
そこには既に、ミノタウロスと剣を交えている王国騎士団の面々がいた。
だが戦況は芳しくない。いくら鍛え抜かれた騎士団と言えど、この立ち回りではB級冒険者程度の集まりにしか思えない。
各自盾を前にせり出して防御に徹するので精一杯のようだ。
その中でも1人気を吐いているのが、団長を務める宮廷騎士だった。
「ミゼルさんお久しぶりです。ここは一旦僕に任せて騎士団の立て直しをお願いします」
突然現れたロイスにミゼルは驚きの色を隠さない。
それもそのはずで、ミゼルはロイスをただの学生と言う認識しか持っていない。しかも伯爵家の次男にもしもの事があったら国の損失につながる。
この場にいて良い人物ではないのだ。
「君こそ退きなさいロイス君。ここは騎士団に任せて住民の避難を誘導してくれませんか?」
ミゼルにもアリスのような2つ名が存在する。
女性にして男連中を寄せ付けない強さを持ち、長い金髪と黄金の鎧を愛用する事から『黄金女騎士』と呼ばれていた。
ミゼルの周囲には既に、力尽きた騎士団員もいる。
「そうしたいのは山々なのですが、あなた1人でどうにかなる相手に見えないですよ」
そう言いながらロイスは倒れた騎士の剣を拝借し、直接刻印術式を描く。
指先の魔力が光を放ち、それが術式を描くと剣の柄に刻印されていく。
「き、君はどこでそんな技術を」
ミゼルの驚きに付きあっている暇はない。
ミノタウロスは次の攻撃態勢に入っていた。
「とにかく今はあいつの足を止めましょう。これはせめてもの足しにしてください」
ロイスはそう言うと、ミゼルの頭上に身体強化の術式を展開して、ミノタウロスの前へと駆け出していった。
「ちょ、ちょっと待って、って……こ、これは身体強化の……あの子いったい何者なの?」
身体の周りに淡い光が纏われて、ミゼルはこれまでに感じた事のない力の滾りを実感する。
ロイスが用いてる魔術は自身で改良を加えた最高強度の強化魔法だった。
本来ならば高位魔導士ほどに鍛錬を積まないと使えない代物であるが、ロイスはその魔法の基本術式をすでに暗記している。
魔術とは術式さえ知っていれば、あとは必要分の魔力を流すだけで魔法を引き起こせる。
逆に魔法はそのイメージを脳内で固定させなければ充分な効果を得られない事から、長い修練とセンスが必要になって来る。
これが魔術と魔法の違いであり、これらすべてひっくるめて魔導と呼ばれている。
加えて魔術は現象をただ単に引き起こすだけでなく、刻印することで様々な物に魔法を付与することも可能なのだ。
今、ロイスが拝借した剣に刻印された魔術は剣を伸長させる術式と振動の術式だった。
これにより剣の長さは魔力を帯びて長くなり、刃は高速振動して切れ味を増した。
身体強化した鋼の肉体がミノタウロスの右足に弾丸の如き速さで接近する。
巨獣がそれを確認するも、その時にはもう遅い。
ロイスの一太刀が巨体を支える片足を、足首からスパッと切断させていた。
「グギャアアアァァァァァァ!」
大きくよろめき雄たけびを上げる魔獣を突っ切る様にして背後に回ったロイスは、地面に剣を突き刺して強引に急旋回する。
高速から急停止した視界の先に再度ミノタウロスを捕える。
そこに今度はミゼルがもう片方の足に、細剣でもって連続の刺突攻撃を繰り出していた。
これにより、ミノタウロスは膝立ちにならざるを得なくなった。
――いっきに終わらせましょう。狙いは首ですね。
低くなった頭部目がけて跳躍する。
ロイスはトドメとばかりに剣を上段に構えて袈裟斬りに振り下ろす。
が、次の瞬間。後ろにも目があるのかと見紛えるほど正確に、ミノタウロスの巨大な裏拳がロイスを襲った。
「避けなさいロイス君!」
――ここで避けたらこの好機を逃すかもしれない。
魔法剣士シュルレとしての力は今のロイスにはない。しかし、その時に培った戦闘技術は今も身体に、いや頭に沁みついている。
時間が無かったのでどちらも簡易術式でしかないが、瞬時に衝撃緩和の魔術結界と剣に電撃の術式を展開させる。それに一瞬遅れてロイスへ裏拳が直撃した。
「そんな……」
絶句するミゼル。
きっと彼女は今のでロイスが絶命したのだと思ったのだろう。
次の一撃に備えてミゼルは後方に飛び退る。
巨大な拳とロイスの剣がぶつかり合った衝撃波は凄まじかった。それは思ったよりも着地点が後方になっていたことが証明していた。
しかしそんな中、ミゼルは自身が想像した最悪の事態とはかけ離れた現実を目の当たりにする。
「あ、あれは……いったい」
カウウンター気味で入った裏拳は剣でガードはしたが、的確にロイスに当たったはずだ。
本来ならば彼方へと吹き飛ばされて然るべき衝撃があったとミゼルは予測していたのだが、当のロイスは少しだけ弾き飛ばされただけだった。
更に、ミノタウロスの巨体を電流が包み込んで、それが身動きを封じている。
「何が起きているの?」
ミゼルの驚きはまだ続いた。
吹き飛ばされたロイスが何もない宙を蹴って再度ミノタウロスへと突進したではないか。
こんな戦いを一介の学生でなくとも、宮廷魔導士がしていたって驚いてしまう。
全身を魔力の光が包み込んだロイスは一筋の閃光となり、一瞬で魔獣の眼前へ到達すると最後も一刀のもとに首を切断した。
「う、うそ……これじゃあまるで魔法剣士じゃない……」
ミゼルは実際にそれを目にした事がない。しかし、同じ騎士である彼女の祖父から5英雄の武勇伝は幾度となく聞かされていた。
その中に出て来る魔法剣士の戦いぶりと、今のロイスがミゼルの中で重なったのだった。
衝撃緩和で予め防御し、剣へ付与させた電撃はダメージよりも麻痺効果に特化した術式だった。
どちらも簡易術式であったから、充分な効力を発揮するかはロイスとしても賭けだった。
その勝負に勝ったのはミゼルの驚きを見れば一目瞭然だろう。
最後に空中を蹴ったように見えたのは射出の術式である。
元々は何かの物体を飛ばす事に使用されていたものだったが、これもロイスが改良して身体に適用するように書き換えてある。
これを右足の裏に展開させて、ミノタウロスへ急接近したのだった。
胴体と頭が切り離された巨獣ミノタウロスは、そのまま前のめりに崩れて朽ち果てた。
魔力を根源として生まれた魔物は、絶命すると無に帰す。
その場に魔石だけを残し、まるで何もなかったように通りは静けさを取り戻した。
それを確認したロイスも精根尽き果てて前のめりに倒れ込んでしまった。
――魔力切れ……ですね。
「ロイス君っ!」
その瞬間、酒場の結界も消滅し人が溢れだす。
まるでパレードのような騒ぎで歓楽街は一気に喧噪を取り戻した。