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1話 魔導学園入学

 王立トレモッツ魔導学園高等部。

 伝説の英雄を2人も輩出した由緒正しき名門として名を馳せる。


 高等部には冒険科と保安科とがあり、冒険科では魔物や蛮族との広域戦闘を前提とした訓練が、保安科では王城や街の防衛、秩序を守る訓練が目的とされている。



 新入生にとって歴史の授業から始まるのは、ここ数年の恒例だった。

 

 保安科に籍を置くロイス・ハーケンは、冒頭の話だけ聞くと苦笑いを浮かべて関係のない資料に目を通す事にした。

 教壇に立つ教師は雄弁に語り、それを聞く生徒達も過去の英雄譚に目を輝かせている。




 トレモッツ王国を含む大陸の国々は魔王の侵略を受けた。

 魔王軍は各所にダンジョンを作成し、そこを根城にして人類を蹂躙し続ける。


 中でも攻略が困難な5大迷宮は、名のある冒険者でも命を落としていく。

 そこに現れたのが5人の英雄達だった。


 騎士、剣士、銃士、魔導士、魔法剣士のパーティは次々とダンジョン迷宮を壊滅させていった。

 魔王の軍勢が街を襲っても彼らの働きで被害は抑えられ、傷ついた者を癒し続けた。


 まさに一騎当千の彼らは遂に魔王との決戦に挑んだ。


 その死闘は1週間続いたとも、1か月続いたとも言われている。

 それでも魔王を死に至らしめる事は叶わなかった。


 結局、5人の英雄たちはその命と引き換えに魔王を封印する事で人類を救ったのだった。




 教師の熱弁が横道にそれる事も多々あって、たったこれだけの事をみっちり1時間語って恒例の授業は幕を閉じた。


 授業と言うよりも、教師の演説である。

 胸を躍らせて聞き入っている生徒は信者と言えよう。


 いつかは英雄の様に高名な魔導士を目指そう、と言う心意気を高めるにはもってこいの話かもしれない。

 英雄の内2人がこの学園出身であるのだからその効果も大きい。

 だからこそ王立トレモッツ魔導学園は名門として成り上がったとも言える。

 国内に留まらず、国外からの入学志願者も後を絶たない。


 終業の鐘が鳴ると、ロイスは資料を閉じて席を立つ。


 ――やっと終わりましたか。こんな話を聞いて自己投影できるくらいには平和になったのかな。


 そんな事を胸中で呟きながら、教室から出ていく。

 

「おーい、ロイスくん!」


 もう少しで彼らの視界から姿が消えていたであろう所で声がかかってしまった。

 無視するわけにもいかずに、声の主を一応確認する。


 大体の察しはついているのだが。


「なんでしょうかドミニクさん」


 今も昔もこの学園は有数の名家、貴族や豪商の子息が通う事しか出来ない。

 もちろん魔導士としての資質は必要だが、そもそもその資質を磨くのに多額の資金がかかる。


 そう言う訳で、富裕層の親達はこぞって何かしらの英才教育を施すのだ。

 我が子こそ英雄の器であり、この国の要になるのだと。


 ドミニクも例にもれず貴族の息子だ。


「良かったら魔導談義でもどうだい? これから一緒に学ぶ仲間として交流を深めようじゃないか」


 ユリアン・ドミニク。

 ドミニク公爵家の次男である。

 この国では王族に次ぐ権力を持ち、貴族の中でもトップの地位を確保している。

 その影響は息子にも当然及んでいた。


 入試の時もそうだったが、ユリアンは既に派閥を形成しており、取り巻き達が常に機嫌を窺っていた。

 同じ貴族とは言え、ロイスは権力や派閥に興味がない。


「申し訳ございませんが、所用がございますのでまたの機会にお願いします」


 ユリアンの誘いを受けて当然と思っていた周囲の目をよそに、ロイスは淡々とした口調で誘いを袖にする。

 それを見て、周りの貴族は呆れの色を浮かべた。


「まったく馬鹿者ですな彼は」

「その通りですわね。ユリアン様のお誘いを無下になさるなんて」

「まあまあ、用があるなら仕方がないではないか。話を続けようか」



 教室を出て逃げるように廊下を進んだロイスは、魔導研究室へと足を運んだ。

 別に嘘をついてユリアンの誘いを断った訳ではない。


「失礼します。どなたかいらっしゃいませんか?」


 部屋には様々な研究危惧や実験材料が散乱してるだけで人の気配はない。


「魔力測定器を借りにきたのですが」


 ロイスは次の授業で使う機材の用意を頼まれていた。


「それでは勝手に拝借していきます」


 結局呼びかけに応じる声はなく、時間も差し迫っていた為に無断で持ちだす事にした。

 とは言え、元々さっきの授業前にこの用事を頼まれていたのだから問題あるはずがない。


 そこで違和感を察知する。


 ――これは随分と手の込んだイタズラですね。


 部屋の中には結界が張り巡らされている模様だった。

 そのまま床を踏み込んでいれば何かしらの魔法が発動すると予測した。


 部屋を凝視する。

 魔力の流れがどこを起点としているか、そしてこの結界自体の起点を予想する。


 ――そこかな?


 大体の見当を付けて結界の元となる魔術刻印を見つけると、そこに無属性の魔力を放った。

 すると結界は呆気なく霧散して、ロイスは何事も無かったように機材の回収に向かった。


「勝手に持って行きますよ」


 場所は分かっているので、奥の棚へと迷う事なく進んでいく。

 

 測定器に手を掛けた時だった、唐突に拍手の音が部屋に響く。


「いやいやいや~この結界を見破るなんて君は優秀だね~。よくわかったね~」


 研究室の隣には準備室があり、そこと繋がる扉から1人の女性が現れた。


 そこに誰かしら人がいるのをロイスは感知していた。

 結界を維持する魔力の供給は準備室から流れていたからだ。


 まさかこんなイタズラを教師が行っていた事に少し驚いている。


「いちいちこんな小さな機材を生徒に取りに来させるなんて、と思っていましたが。なるほど」


 ロイスは独り言の様に呟いて納得した。


「ちょっと~。優秀な癖に君はなかなかつれない性格してるんだな~。もっと感情を爆発させてくれないとわたしの楽しみがないじゃないかぁ」

「いえ、この国の宮廷魔導士であり、学園の魔導士教官でもあるあなたがこんな幼稚な遊びをしている事にはそれなりに驚いていますよ」


 イタズラの主はロイスが言うようにトレモッツ王国で知らない者はいない大物だった。

 控えめに言っても近隣諸国にもその名は知れ渡っている。


 アリス・ヘンリクがその人物だ。

 有事の際は宮廷魔導士としてその力を存分に発揮し、平時は魔導の研究と学園の教師を務めている。

 次代の英雄と目され、学園をトップで卒業後、すぐに宮廷魔導士として徴用された逸材だ。


 魔王がいなくなったとは言え、まだまだ魔物は多く生存しているし、新たに他国との領土問題も抱えている。

 平和になったとは言え、武力はまだまだ必要だった。

 王城が竜の魔物に襲撃された時には、ほとんどがアリスの武勲とされており『竜殺しの魔導士』と言う二つ名まで付くほどだ。


 21才と言う若さでそれだけの実力を持つだけでなく、桃色の長髪を腰までなびかせ、透き通った真っ白い肌とモデルの様なスタイルも備えている。

  その容姿も相まって彼女のファンは多く、竜殺しの前にはピンクフェアリーなどとも呼ばれていた。



「幼稚だなんて失礼だなぁ。まあいいか、結界を破ったご褒美にお説教はしないであげよう!」


 失礼と糾弾する割に、アリスはどことなく機嫌がいい。


「それは有りがたく頂戴しておきます。それではこれで」


 まるで取り付く島もない口調で、ロイスは部屋を後にしようとしている。

 しばらくその光景をポカンと見つめていたアリスであったが、慌ててロイスの前に躍り出た。


「ちょっと待ったぁ!」

「なんでしょうか?」

「まだ時間はあるじゃないかぁ。ちょっと先生とお話するくらいの余裕を持ったらどうだい?」


 次の授業は当のアリスが担当であるから、授業に遅れたってその原因が当の本人なのだから問題はないだろう。

 話に付きあうのも面倒だったが、話を聞かないで拗ねられた方がもっと面倒になるような気がした。


 しばしの逡巡の後、渋々アリスの話に付きあうことにする。


「お話がしたかったのですか?」

「ん、ま、まあそう言ってしまえばそうかな」


 とりあえずロイスは機材を傍の机に置いた。

 その動作をアリスは肯定と解釈した。


「まあこっちに座って話そうか」

「失礼します」


 近くから椅子を引っ張り出して同時に腰掛ける。


「さっきの結界なんでわかったんだい?」


 ロイスには色々と隠しておかなければならない秘密がある。

 あまり真実は語れないが、ほどほどにアリスの探求心を満たすよう心がける事とした。


「あまり口外して欲しくないのですが、僕は魔力が見えるんです」


 宮廷魔導士においてもこの答えは予想外だったようだ。


「なるほどねぇ。ちょっと驚いたけどそれなら納得だねぇ」

「嫉妬されかねませんので内密に願います」

  

 本当なら魔力の色も判別できるのだが、そこまで言う必要はないと判断した。

 なので、目の前にある魔力測定値などなくとも、ロイスが視れば簡単に測定出来てしまう。


 測定器は、おおよその魔力量、得意属性が判別できる。

 水晶に手を置いて、その明るさと色で測定する。


 そもそも、魔力が見えるだけではそこまで特異な事ではない。当のアリスですら魔力の可視化は可能なのだ。 

 高度な能力ではあるから視えない側からすると嫉妬の種くらいにはなる。



 問題は色の判別までロイスは出来る点だった。


 本来、アリスはその事をメインに会話をしたかった訳ではない。この延長線上の話にも興味がありそうだが我慢したようだ。

 本筋へ戻す為に大袈裟に咳ばらいをうった。


「オホン! ま、まあそれは置いといて。ところで君のご実家は魔術書店を経営しているよねぇ?」

「そうですね。つい最近ですが開業するに至りました」


 ロイスはそう言って何かを思い出した。


「そう言えば昨日いらしてませんでしたか?」


 経営者はロイスの父、ピエール・ハーケン伯爵であるが、資金提供をしているだけで実質の運営はロイスが行っている。


「君は気付いてて声の一つも掛けてくれなかったのかい? 仮にも宮廷魔導士のこのわたしにね」


 すると、ここで始業の鐘が鳴る。


「お目当ての魔術書は見つかったようでしたし、先生は既に目立っておりましたから。あまり騒ぎ立てるのもご迷惑かと思いまして」

「ほんとうかい?」

「次からはお声を掛けさせていただきます。それよりも時間ですよ?」

「いいじゃないか少しくらい遅刻したって。どうせ次の授業は魔力測定だけだしね」


 どうやらロイスの応答はアリスのお気に召さなかったようだ。

 見目麗しい容姿とは裏腹に、子供の様に頬を膨らませている。


 ――この人は何がしたいのだろうか。


「あまりいじめないでください」

「いじめたのは君じゃないかぁ!」


 ――どういう理屈でそうなってしまうのだろうか。


 何てことは口にできるはずもなく、ロイスは目を瞑って短く嘆息する。

 そのせいで、この時アリスが不敵な笑みを漏らした事に気付かなかった。

 いや、逆にアリスが気付かれないようにしていたのだろう。


「どうしたら許していただけますか?」


 ここで初めてロイスにもわかるように、今度はイタズラっ子のような笑顔を見せる。


「そうだねぇ。さっきの結界を今この場で魔術書として再現出来たら許してあげようじゃないかぁ」


 言いながらアリスは立ち上がって、すらりと伸びた足を片方だけ椅子に乗せ、右の人差し指をビシっとロイスへ突き指した。

 スカートの裾が太ももまで上がり、真っ白な素足がむき出しになっている。

 これを前にして、普通の男性、特に青少年であったら平常心が失われそうである。


 しかしロイスはそこに一度として視線を奪われなかった。


「いいですよ。それが出来たら教室に行ってくれますか?」


 あまりにも冷静な返答に、どっちが大人かわからなくなったアリスは少しだけ頬を赤くする。

 まったく表情を崩さないロイスでも色仕掛けなら幾分の動揺を得られると思ったのだ。

 

 その結果がこれなのだから、恥ずかしいと思うのは当然だろう。


「や、約束しましょう! しかし、あれを再現するとなると、かなり難易度が高いと思うけどねぇ」

「そうですね。たぶんうちで販売している魔術書に少し手を加えた感じだとは思います」


 ただ単に結界に使われた刻印術式は、ロイス自身が書いた魔術書のものと酷似していたのだ。

 しかしそれを観察眼に依るものと勘違いしたアリスは、思わず「ほう」と感嘆する。


 お陰で先ほどまでの羞恥心は吹き飛んだようだ。今度は興味深げにロイスを見つめている。


「ほら、この羊皮紙と魔筆(まひつ)を使いたまえ」


 ここまで感情の起伏を見せなかったロイスであるが、こと魔法や魔術関係の事となると存外に熱くなってしまう性格をしている。

 魔術書や魔法武器に欠かせない刻印術式の分野は特にその傾向にあった。


「へぇ、君でもそんな顔をするんだねぇ」


 ロイスは先程目にした結界の刻印を思い出していた。

 その集中力の前ではアリスの茶化した言葉も聞こえない。


 一言で言うとロイスは「魔術(・・)オタク」なのであった。


 目を閉じて懸命に記憶を手繰り寄せている。

 自分が作った刻印術式とどこがどう違っていたかを思い出す。


 次第に魔筆を淡い光が覆うと、ロイスは一気に術式を書き殴っていく。

 一見乱暴に筆を動かしているように見えるが、寸分の互いなく綺麗な刻印術式が描かれていく。


 その動作を見るアリスも次第に真剣な顔をせずにはいられなかった。


 そして一分もかからずに魔術書は出来上がる。


 ロイスは一言「ふぅ」と言って、出来上がった羊皮紙をアリスに手渡す。


「出来ました」


 まるで神業とも言える一連の作業は、熟練の魔導師が見てもその凄さは理解できなかっただろう。

 しかしアリスは今ロイスが見せた技術が、誰にも真似できないであろう事を理解している。

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