第五の不思議「お前の席がない4年4組」
闇が通り過ぎれば普通の廊下に戻っていた。
LED電灯で廊下の突き当たりも見えるし、教室の扉も開いている。
「なんとかなりましたね」
「そうね」
先輩の調子は変わらない。
繋いでいた手もいつの間にか離してしまっていた。
先輩は立とうとしたが、足下がふらついていた。
「少し休みませんか。疲れていますよ」
かく言う俺も歩きすぎて足がぱんぱんだ。
ちょうど教室も開いているから少し休憩したい。
「いえ……、そうね。入りましょう」
少し考えるように上を見上げ、なんとか賛同してくれた。
俺は貞子先輩を連れ立って教室に入る。
「休憩になればいいけど……」
先輩の不穏な台詞。
教室に入る瞬間、俺は見てしまった。
先ほど先輩が見あげていたもの、それは教室のプレートだ。
そこには「4―4」と、あり得ない学年が記されていた。
教室に入った瞬間、扉は固く閉ざされた。
やってしまった。
「……先輩。気づいてましたよね」
「ええ。でも仕方ないの。あんなものを見てしまったら――」
あんなものとは「4-4」のプレートだろう。
先輩はカタカタ笑っている。
駄目だ。不気味な笑みに戻っている。
閉じ込められたことは確定としよう。
おそらく後ろのドアも開くことはないと判断できる。
窓もついてはいるが、そもそも外は真っ暗ではなく真っ赤だ。
外がどうなっているかは見たくも考えたくもない。
一つ増える教室。
旧校舎の七不思議の一つに違いない。
「これはどういう言い伝えがあるんですか?」
見たところ中は普通の教室だ。
教卓が一つあって、生徒の机が整列している。
黒板も後ろのロッカーも、天井から下がる蛍光灯も何もおかしくない。
つっこむところと言えば、せいぜい壁掛け時計が4:44で止まっていることくらいだろうか。
「教室4年4組には仲間はずれがいる――それは誰か?」
先輩が言い終わると同時に、教卓の上に置いてあった冊子が勝手に開いた。
「クラス名簿みたい」
恐れることなく先輩は教卓の上のそれを手にとって見せてくる。
俺もその中を見てみる。
白地に赤い文字でびっしりと文字が書かれていた。
『四年四組:クラス名簿
担任: 口裂 切子
生徒
一 : 足内 幸子
二 : 井戸 貞子
三 : 仮死魔 霊子
四 : 戸居玲 花子
五 : 照留 芽梨衣
・
・
・
四十: 藻菜 理座
以上 四十名』
なんだこれは……。
この中から仲間はずれを探せっていうのか。
四十までびっしりいる。
どれもなんだか聞いたことがあるようなのばかりだ。
というか、二番目のお方ならすでに隣にいるんだが……。
「それは私じゃない」
ですよねー。
心を読まれてしまっていた。
「これ、外すとどうなるんでしょうか」
「三回まではセーフだという話はある」
四で死ってわけか。
それでも三回ミスしてもいいならなんとかいけるんじゃないだろうか。
いや、でもそんな甘い考えじゃ駄目か。
一回でも死ぬ可能性はある。
「それと時間制限もあるって――」
先輩が言い終わるのを待つことなく、教室の後ろ三分の一が潰れた。
潰れたというのは比喩でもなんでもない。
本当に潰れた。
天井が一気に落ちて、今では壁ができている。
一部の机が巻き込まれて半分になったまま壁に寄りかかっている。
これはまずい。今までの怪談と比べてはっきり死が迫っていることを理解できる。
どうして時間制限があるなんて重要なことを先に言わないのか?
とにかく急いで考えなければいけない。
仲間はずれってなんだ。
この中で誰かが他と違うってことだよな。
そんなことをいきなり言われてもわからない。
時間制限もあって、余計に頭が上手く回らない。
先輩の方を見てみるが、こっちもわかっていない様子だ。
ええい、ままよ!
「口裂切子!」
俺は叫んだ。
他は全員生徒でこいつだけは教師。
それならば仲間はずれはこの教師役じゃないだろうか。
教室の振動は止まった。
どうやら正解だったらしい。
ほっと一息――
息を吐き終えると同時に、天井は落ちた。
先ほどと同様に教室の半分が潰れた。
違ったようだ。
教師役ではない!
では、生徒の誰かだ!
俺は必死に名前を上から追っていく。
メリーとが芽梨衣と当て字になっていて読みづらいことこの上ない。
早く読まないと!
読み切れない!
天井が落ちる!
死ぬ!
花子が怪しい!
そして、また天井が落ちた。
教卓の前まで壁が迫って来ていた。
貞子先輩も蒼白な面持ちだ。蒼白なのは最初からか……。
それにしてもこの名簿は子ってつくの多すぎだろ。
女がやたら多い。
――ということは仲間はずれは男?
男なんているのか、どこにいる?
小野妹子みたいなひっかけか?
指で必死に名簿を追いかける。
駄目だ、見つからない。見逃した?
もう一回見るか? そんな時間は残っているのか?
上を見れば天井がゆっくりと下りてきている。
再び名簿を追いかけようとしていた指が名簿の縁に引っかかり、床に落ちた。
「あっ」
貞子先輩と俺の声が一致する。
このままだと潰れる。
名簿を拾っている暇なんてない。
思い出せ。
仲間はずれはおそらく男。
問題は、「教室4年4組の中にいる仲間はずれ」だ。
この怪談の通称は「お前の席がない4年4組」だったはず。
そもそも仲間はずれは、仲間はずれ故に名簿に載ってないのなら。
そうだとしたら、
そうだとするなら、
それは――
「俺、か?」
頭の近くまで迫っていた天井が止まった。
フェイントではないかと疑ったが、どうやら本当に止まったらしい。
半分潰れた扉がガタリと音を立てて、小さく開いた。
「早く行きましょう先輩」
「……ええ」
天井の気分が変わって潰されないうちにさっさとこんなところは出るべきだ。
もしも先輩だけなら、名簿は男だらけになっていたのだろうか?
そんなことを考えて教室を出た。
教室を出た先は廊下ではなかった。
夏の夜の温い風が頬を吹き抜けていく。
広い空間の果てには、空と床の境界線が見えていた。
見上げれば天井はどこにも見えない。
真っ黒な空に白く輝く月が浮かんでいる。
やはりここは廊下なんかじゃない。
どうみても屋上だった。