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第四の不思議「エンドレスホールウェイ」

 三階の音楽室から出た俺たちは二階に上がった。


 三階から二階に「上がった」はおかしいと思われるかもしれない。

 しかし、現実にそうなったのだからそう言うしかない。


 一階に下りたかったのだが、二階からどれだけ下りても二階にしか辿りつかなかった。

 諦めて階段を上がってみたが、そこはやっぱり二階だった。

 つまりそういうことである。


 別の階段を求めて廊下を歩いて行く。


「東君、覚えてる?」


 忘れたかったと言い返したいが、残念ながら覚えている。


「この廊下は七不思議にありましたね……」

「そう。旧校舎の七不思議の一つ」


 ――どこまでも続く無限廊下。

 通称「エンドレスホールウェイ」


 そして、俺たちはもうすでに怪談の中に取り込まれている。

 懐中電灯で道の先を照らすものの光はどこまでもまっすぐ伸びていき、先が見えない。

 ならば――


「振り返ってはだめよ」


 出鼻をくじかれた。


「無限廊下を振り返った者は闇に食われる、そう伝わっているわ」


 振り返った者は闇に食われるなら、誰がそれを伝えたのだろうか。

 ああ、一緒に歩いていた奴がいたってことか。


 歩けども歩けども、なお道の先が見えることはない。

 横についた教室の扉は開くこともなく、窓も開かない。


 ずっと歩いてばかりだと気が滅入るので気分転換に話をすることにしてみた。

 よく考えたら俺は隣の先輩のことを何も知らない。


「ミステリ研究会の他の会員はいないんですか?」

「いないわ。私一人だけよ」


 会話が終了した。

 沈黙の空気に堪えきれず聞いてみたが、軽率すぎた。

 そもそも他に会員がいれば一緒に来ている。


「えっと、そもそもミステリ研究会の部室ってどこなんでしょうか?」

「貴方たちの部室と階段を挟んで隣よ」


 気まずい……。

 まさかのお隣さんだった。

 そうすると廊下の一番奥だったわけか。

 今まで気にしたことがなかったからわからなかった。


「あなたたちは賑やかね」

「はい。賑やかと言ってもうるさいのは部長だけですよ」


 貞子さんは口元をかるく押さえてかたかた笑う。

 不気味だとはとても言えない。


 何にせよ向こうから会話をつなげてくれたのはありがたい。


「でも、部員が一人だと廃会規定に引っかかるんじゃないですか?」

「……そうね」


 貞子先輩はうつむいた。

 ただでさえ暗い雰囲気がさらに暗くなった。

 背後の闇に飲まれる前に、隣の闇に食われてしまうのではないだろうか?


 ときに、うちの部活動の規定は割と緩い。

 会なら二人以上。部なら五人以上に学校貢献が要件だ。

 うちの部活が学校貢献などしたことが一度でもあったとは思えない。

 それでもちゃんと部になる。それくらい緩い。


 貞子先輩が一人と言うことは去年まで二人以上居て、先輩以外の全員が卒業。

 今年度は新入生が一人も入ってこなかった状態ということだろう。

 二学期にはお上による取り潰しの危険がある。


 うちも人のことは言えない。

 現在は幽霊部員も入れて四人である。

 二学期には部から会になる可能性が高い。


 お互い一人足りていない状態か。

 あっ――、


「そうだ。お互いに兼部しませんか?」

「えっ?」


 貞子先輩は目をぱっちりさせてこちらを見た。


「こちらも部員が一人いなくて降格の危機だったんですよ。俺がミステリ研究会に。貞子先輩がうちに兼部してくれればお互い続けられます」

「でも……」

「大丈夫です。うちの部長は今日見たとおりの人ですから、ミステリ研究会の活動範囲と重なる部分もあると思いますよ」

「ええ、それは……とてもいいわね」


 ――約束よ。

 

 どこか儚げに貞子先輩は微笑んだ。

 やはり、それは和人形のように整いすぎたもので……。

 それでも、初めて彼女の表情から不気味さ以外の印象を感じた。


 ……。

 …………。

 ………………。

 さて、歩くのもさすがに疲れてきた。

 それになにか後ろから擦れる音や蠢く音が聞こえてくる。


「振り向いては駄目よ」

「はい」


 返事はするもののこのまま歩き続けてもまずい気がする。


「心理的に追い込んできているの。終わりも近いはずよ」

「はい」


 貞子先輩の言葉を信じて、歩き続けた。


 だが、終わりはない。

 いつまでもどこまでも際限なく廊下は続く。

 ぼんやりした月もずっと同じ位置のままで俺たちを見続けている。


 電話は誰にもつながらない。

 部長が電源を切っていると思っていたが、そもそもここが圏外だった。


 それどころかスマホに表示される時間も同じまま。

 まだ、部長との待ち合わせの時間に七分以上の余裕がある。


「来た」


 何がと聞き返す必要もなかった。

 後ろから徐々に何かが近づいて来ている。

 窓と教室の扉が揺れ、その揺れも徐々に大きくなってきていた。


 俺は先輩と手を繋いだ。

 相変わらず冷たい手だった。


 どうして手を繋いだのだろうか?

 怖かったからか、それとも揺れが大きく何かに掴まりたかったから。

 なんだか自分の気持ちがよくわからなかった。

 これが世に言う吊り橋効果だろうか。


 そんなことを考えているうちに揺れはさらに大きくなる。


「前だけを見て」


 立っていられず、廊下に座り込んだ先輩が俺に告げる。


「はい」


 大丈夫だ。

 俺は振り向かない。

 振り向くほどの勇気がない。


 俺たちの脇を何かどす黒いものが通り過ぎていった。

 真っ暗で何も見えず、廊下に座っていることすら覚束ない。



 ただ、先輩と繋いでいるこの手だけが一人ではないことの証だった。

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