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第一の不思議「誘いの御球」

 いつもどおり部室にやってきた俺をその女は仁王立ちで迎えた。


「今夜! 旧校舎の探索を行います!」


 威風堂々、声高々に宣言。

 赤く染めた長い髪がたなびき、やたら暑苦しい。

 外から聞こえてくる蝉の鳴き声も女の大声に驚いたの一瞬止まった。


「部長。ひとまず椅子に座って話しませんか?」


 こういったことはよくあることなので俺は落ち着いて対応する。

 提案は了承され、「どっこらせ」とおばさんみたいな声を出し先輩は椅子に腰掛けた。

 俺も倣って、自分の定位置となったパイプ椅子に腰掛ける。


「それで、旧校舎の探索でしたか?」

「そうよ!」


 腕組みをした先輩はにんまりと頷いた。


 いつものごとく晴れ晴れとした笑顔だ。

 梅雨も一発で明けてしまう笑みに誘われて入部したのが全ての過ちだった。


「東君。今日から夏休みよ、わかってる?」

「はい。もちろんわかってますよ。さっき終業式でしたし」


 終業式は悲惨の一言に尽きた。

 閉じられた空間に全生徒を詰め込んでからの校長の長話。

 本日の気温は今夏最高を更新し、体育館の気温・湿度ともに人の耐えうるべきものでなかった。

 熱中症で五人が倒れた。あの校長は自分が加害者であることを自覚するべきだ。

 倒れた彼らのおかげで話は打ち切られ我々は助かった。

 五人の無辜な英雄に敬礼。


「夏と言ったら怪談って相場は決まってるわよね!」


 そんなことはない。

 海に、花火に、夏祭り、たくさんある。

 しかし、今のトランスした部長には何を言っても無駄だということを俺は入学からここ半年かけて学習している。


「そうですね。夏と言えば怪談ですね」


 俺は妥協を学んだのだ。


「我が地域研究部は旧校舎の検証を行います」


 よくわからなかった。

 怪談と言えば、暗い部屋で怖い話をするものだと思う。

 それがなぜ旧校舎の検証になるのだろうか?


「わかってないわねぇ、東君」


 部長は顔の前でチッチッチッと指を振る。

 ついでに額に流れる汗をその指で拭き取った。


「旧校舎の怪談はすでにあるの。それの事実確認を行うのが我が部の使命。いえ宿命よ」


 宿命らしい。

 だが、それは怪談ではなく検証でもなく――、


「肝試しでは?」


 部長は「違うわ」と首を横に振り、まじめくさった顔で、


「検証よ」


 どや顔であった。

 なんでそんなに得意げなんだろうか……。


「検証をすることはわかりました。しかし、そもそもこの旧校舎の怪談なんて俺は知らないですよ」


 そう。俺たちのいる部室がまさにもう旧校舎なのだ。

 開けられた窓を見れば、エアコンが取り付けられ窓を閉め切った新校舎が見えている。

 吹奏楽部の部員が大きな楽器を吹いているのが遠目に見えた。


 旧校舎は現在、俺たちのような身元不明で金にならない部活どものメッカになっていた。

 要するに部室棟だ。


「そもそも別に怪談を検証するならわざわざ夜にやらなくても、今やればよいのでは?」


 部長はやれやれと首を振る。


「怪談の検証なのよ。夜じゃないと駄目でしょ!」


 そうなのだろうか。


「おおっと臆したか? 東少年っ!」


 煽ってくるスタイルに切り替えたようだ。


「はいはい、わかりました。行きますよ。それで、怪談はどんなものがあるんですか?」


 部長は満足げに微笑み、椅子から立ち上がった。


 しかし、この笑みは卑怯だと思う。

 全て許してしまいそうなほど晴れやかなんだ。


「私もいくつか知っていますが、不十分な点があります。そこで――専門家を招きました!」

「は?」


 間抜けな顔で先輩の行く先を見る。

 そこには椅子に座った和人形がいた。


 おかっぱ頭に色白で、着物ではなく制服を着た和人形――もとい生徒だった。

 目は影が射しており、瞳の奥まで見ることができない。


「こちらミステリ研究会会長の貞子さんです! はい拍手~」


 部長は一人でぱちぱち手を叩く。

 いったいいつからいたのかまったくわからない。

 おそらく最初からいたのだろうが、この圧倒的な存在感を見逃していたとは思えない。

 それに貞子って。もうこの女のほうがよっぽど怪談だろ……。


「なお、今夜の肝だ――検証には貞子さんもついてきます!」

「二年の貞子よ。よろしく」


 貞子さんはくらーい表情でぽつりと呟いた。

 部室の気温がほんの少し下がった、そんな気がした。




 さて夜になり、旧校舎前に来たのはいいものの部長も貞子先輩も来ていない。

 昼にうるさいほど鳴いていた蝉も今は声を潜め、名前も知らない別の昆虫がさめざめと鳴いていた。

 個人的に夏は暑いから好きじゃないが、夜のこういった情景は気に入っている。


 スマホで時間を確認すると、約束の時間までまだあと十分もあった。

 部長はだいたいいつも時間ぎりぎりにくるので、十分弱はここで待機だ。

 時間ぎりぎりではあるものの遅れることはまずないのでそこは安心している。


 特に何もすることなく待つというのは、長く感じるものだ。

 だいぶ経ったように感じ、スマホを見直すが一分程度しか経っていない。


 立っていても仕方ないので、入り口前の石段に腰をかけることにした。

 すぐ脇には今や絶滅危惧種の二宮金次郎像が今日も月明かりを頼りに勉学に励んでいる。

 よくある怪談話のようにページをめくったり、歩いたりすることも今のところない。

 実際、貞子さんの語った「旧校舎の七不思議」にも触れられていなかった。


 旧校舎の七不思議は主に場所別で分けられていた。

 グラウンドに階段。音楽室に廊下、教室、あとは屋上だったか。

 そして、最後の一つは残り六つを知ったときに明らかになるらしい。よくある話だ。


 ここから一番近いのはすぐ目の前に広がるグラウンド。

 その不思議は――。


 何か、背後から何か音が聞こえた。


 振り向いて見てみるが気のせいではない。

 背後の旧校舎から規則正しい音が聞こえる。

 ぽん、ぽんとボールの弾む音だ。


 その音はどんどん近づいて来て、ついに俺の視界に映る。

 入り口正面の階段からボールが跳ねてきた。


 いつの間にか開いていた旧校舎の入り口から飛び出し、グラウンドに跳ねていく。

 ボールは摩擦と反発係数によって勢いを失い、グラウンドの片隅で止まった。


 嫌でも思い出す。

 旧校舎の七不思議その一。

 グラウンドを独りでに飛び跳ねるボール。


 別名は「誘いの御球」だったか。


 その音と光景に釘付けになっていたが、落ち着いて考えれば単純だ。

 こんなことをしそうな存在に心当たりがある。


「部長。いるんでしょ。悪戯はよしてくださいよ」


 火災装置の赤い蛍光灯が点滅する旧校舎に向かって声を出す。

 返事はない。ただ小さな物音が聞こえてきた。

 やはり部長か。ちょっとほっとした。


 俺よりも先に来て、旧校舎の中に隠れてボールを転がしてきたんだろう。

 いかにも部長がやりそうなことだ。


 そして、俺は部長を探しに旧校舎の中に入る。




 入り口の扉が、風で閉まった。

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