入学準備 ②
「家買うか……」
ふと思った。俺は宿舎に1ヶ月近く寝泊まりしてる。普通に生活する分には申し分ないのだが、昨日の魔法具の研究していると、改めて不便だと認知せざるを得なくなった。
魔法陣および魔法具の性能を確かめるには魔法を発動するのが手っ取り早い。というか余程酷い魔法陣で無い限り、それ以外で計れない。
宿だと色々面倒になってくる。ぶっ壊す訳にもいかないしな。
という事で我が家を買いたい。欲を掻けば実験用の庭付き、地下室もあると尚いい。
「なぁエリファス。聞き間違いじゃなきゃお前今、とてつもなく変なこと言わなかったか?」
「あぁ、夢をな。ちょっと呟いてみただけだ」
アインはそれだけ聞くと驚いた顔を引っ込め、納得したようだ。
入学式まで一週間。
その間に全て済まそう。入学してからは忙しくなるだろうし。
すると、一人の女の子が制服に着替え更衣室を出た二人に寄ってきた。
「あ、アインじゃん。意外と制服似合ってるねー」
「おい、リン。意外とはなんだ意外とは。お前も着替えたんだな、サイズ合ってたか?」
「まぁねー、ってそちらは? 友達?」
「んあぁ、そうだな折角だし紹介するか。こちら、リン=ルシアス、俺と同じ地区出身の魔法学校新入生。んで、こっちはさっき友達になったエリファス=フォード=ベルンハルト」
ルシアスは琥珀色の瞳に真紅の髪をしていた。客観的に見てしまうと、ルシアスとアインは美女と野獣という絵面。まぁルシアスもアインに負けないような芯在る様子も伺えるが。平民の出だ。そこそこの根性は備わっているのだろう。
「宜しくね。エリファス、って呼んだほうがいいかな?」
「あぁ構わないよ。俺もリンと呼ぶ」
「ありがとう……? あれ、エリファスってどっかで聞いたことある様な……」
「今年の首席だ。変に警戒しなくて平気だぞ、リンや俺と同じ身分だから」
重要事項だな、やはり身分と言うのは。それとなくアインとのやり取りの様子から察せるが、リンは貴族を毛嫌いしているのかもしれん。まぁ気を付けておくに越した事はないか。
「本当に首席なのかー。同じ平民の出なのに凄いなぁ……。あの疑ってる訳じゃないんだけどね、ポイント見せて欲しーなーって。ほら歴代最高点って言われてるし……」
「構わないよ。アイン、ブレスレット着ければポイント見れるんだろ?」
「あぁ、そうだぜ」
本番がてら受け取った荷物の中からブレスレットを取り出し左手首に嵌める。
黒いブレスレットに淡く輝き浮かぶ『1,980』という文字。
「やっぱこうして改めて見ると化け物染みてるぜ……」
「本当に今年の首席は一線を画しているのね……。だって入学時で千ポイント越えてると超エリートって言われるんでしょ?」
「む。そうなのか?」
「――当たり前だ。聞けば過去最高入学時ポイントは千六百ちょっとだと言うじゃないか。前例から遥かに超えてるわ。エリファス、お前の規格がぶっ飛んでいる事はしっかり念頭に置いておけ」
受付を済ませた師匠と制服姿のティファニーが来た。二人は会場入りするちょっとの時間で親友のようになっている。
「二人とも、こっちの二人はさっき知り合ったんだが、紹介してもいいか?」
「うむ。いいぞ、許可する」
「エリファスさんのご学友なら、是非此方から宜しくお願いします」
二人とも承諾してくれたようだ。まぁこの場で断るのはどうかと思うが。
「じゃまず、金髪で見た目で年齢を詐欺っているのが俺の師匠、ミハイ=ルージュ。隣の青髪の娘がティファニー=クラン=フォーケン、同じ新入生だな」
「おお、おのれぇ、エリファスッツ!! キサマぁ誰がロリババアだッ!? 赦さんぞッ!」
そこまで言った覚えは無い気がするが、放置しておくか。ぽこぽこと愛らしい音を立てて胸を叩かれてもな。
「えぇ? フォーケン家の御令嬢?!」
「ミハイ=ルージュって、元宮廷魔法師団団長じゃねぇかよ」
二人も困惑している様だ。ここでひとつ匙を入れさせてもらおう。今後の関係にヒビが入るのは許せんのでな。
「ティファニーさんは貴族や平民という身分だけで無意味に拘泥、執着しない奇特な人だ。こうして俺の様な庶民に差異なく接してくれる聖女の様な人だから安心してくれ」
「エリファスさん……奇特だなんて言い過ぎですよ」
いや、あんたは充分可笑しいからな。
フォーケン家やアルフォード家は貴族の中でも規格が違う。
フェアベルゲン王国には五皇貴と呼ばれる五つの貴族が、政治、経済、治安に大きく関与している。
その五つ家紋を背負う五つの貴族の総称が五皇貴。五皇貴の権威は村役場レベルの集団が、道端に落ちている小石と同列になる位に。平民とて貴族と接する時は礼節を怠らない。ましてや五皇貴相手になると、粗相が有ればすぐ打ち首という認識すらある、どう接するかは自ずと結論が出るだろう。勿論、謀反などをしなければそこまで重罪となった事例は未だ無いが。
それだけ権力で畏怖される、この国に置ける五皇貴の存在力でもある。
「アイン=モントール。フェアベルゲン王国の極東インスポートの出身だ。よろしく」
「リン=ルシアス。アインと同じ出身区だから、幼なじみかな?」
緊張せず接してくれるとコチラとしては安堵するのが当然だ。少なくともティファニーを五皇貴の令嬢という枠だけで見ている訳ではないだろう。
四人はそれぞれ握手して挨拶を交わしている。上手く行ったか。
「エリファスよ。折角こうして仲良くなった訳だ、皆で入学祝いでもしないか?」
「師匠。流石に、この後予定を控えている人もいるでしょう。無理強いは良くないですよ」
「私は平気です。近衛の人達に事前連絡さえすれば」
「俺も平気だな。知り合いは田舎に置いてきちまったから、この後は予定ねーな」
「うちもアインと同じ感じー」
思わず言葉に詰まる。目頭を軽くもんでため息を呑み込む。この後、我が家の選定に不動産に駆け込む積りだったのだが、ここで断ると好かない状況になりそうだった。八方塞がれたか。
「じゃあ師匠の誘いに乗ります。皆はそれでいいのか?」
「えぇ、構いません。むしろ入学する前に友達になる機会が増えますし」
「俺は首席さんと三位の人とお話がしたいしな」
「うちはやる事ないし楽しそうだから行くー!」
どうやら全員一致の様だ。
✳
ティファニーは近衛の人に学友と祝いをやると言ってそのまま店に行く事になった。
「そう言えば、祝杯するお店は何処にしますか?」
ティファニーが皆に尋ねる。
「あー、実は俺とリン、最近王都に来たばっかりだからこの辺の地理は良く分からないんだ」
「そうだねー。出来ればお任せしたいな」
アインとリンがそういった所でティファニーと目が合う。
「じゃあエリファスさん、あのお店にしますか?」
「そうだね。味もお墨付きだし、手頃だしそこにしようか」
「はい!」
学園を出て五分ほど、歩くといつもの店に着いた。
「いらっしゃーい。おっ! いつぞやの兄ちゃんじゃねぇか。お連れはご学友で?」
「えぇ、まぁ。合格祝いを兼ねた親睦会みたいなものです」
「みたいだな、後ろのお譲ちゃんも合格か、それと初めましての人達もおめでとう」
「ありがとございます、店長」
「あいよ。打ち上げって事はテーブル席がいいか。奥、空いてるからどうぞー」
奥のテーブル席に案内され、それぞれ席に着く。適当に喋りながらメニューを決めている所に店長がペン片手に伝票を持って来る。
「ささ。今日は合格祝って事で特別ご贔屓しちゃうぞ。そんでもって味も保証するぜ」
店長の声が掛かり、各々注文をしてゆく。あり得ない速度で店長が全て伝票に記入し終えた。本当、何者だ。
「んでそろって合格した所で、皆はポイントどれ程だったよ?」
「私は千九十四ポイントでした」
「俺は八百九十三ポイントです。座学が苦手だったから実技で、どうにかしてカバーしたって感じっすかね」
「うちは九百七十ポイントでした。アインとは違って座学で得意な錬金術の問題が出たので案外、点数取れてました。運が良かったです」
「うんうん。世辞抜きでみんな優秀なこった。八百点超えてりゃ上出来だってのになー。んで兄ちゃんは?」
これは……答えなきゃいけない流れだな。最近流され気味なような気がする。別段、悪い事では無いみたいだし、黙秘する必要もないか。
「……千九百八十です」
「……聞き間違いか?」
「そいつは私の弟子だが……あんまり真に受けない方が身の為だぞ、店長」
「みたいですね。こりゃ飛んでもねぇ顧客が出来ちまったなぁ。んじゃまぁゆっくり乾杯しててくれよー」
運ばれて来た料理は全員の舌を唸らせた。取り分けて全員が全部の料理を食べた。アインは、見た目以上に大食いでないのが驚いたな。草食系なのだろうか。……それは無いな。
という感じでその日が終わった。
一応この後、家買います。