師匠 Ⅰ
試験は終了した。会場に残っていてもやることが無いので人混みをかき分け足早に帰る。時間は金で買えない。有効活用するのがモットーだ。
やはり現代の魔法具の事が気になる。あれだけ魔法具の進展が見られたならば、学ぶしかないだろう。
実物を調べるのが最も手っ取り早い筈だ。取り敢えず王都の魔法具屋へ入ってみる。
『ドイル・レッド』と看板に書かれていた。知らない名だった。
アンティーク調の店内には魔法使い専用のコーナーが広がっていた。店員と思しき制服を着た売り子姿の女性がひとりと万引き強盗対策にひとり明らかに武装している男が居た。
「いらっしゃいませ。」
売り子の社交辞令の様な機械的な挨拶。
「本日は何をお求めでしょうか?」
「取り敢えず、最新の杖と対応魔法のランクが一番高い杖を見せてもらえませんか?」
ショーケースを見回るのもいいが、最初に目的を果たした方が良さそうだった。武装している男の目が険しい。まぁガキが一人ウィンドウショッピングする様にでも目に写ったのか。
取り敢えず、冷やかし出ない事を示す為、何か一つ買う素振りを見せる。無論買っても良い。恐らく魔法具を使う事は無いが無駄買いでもあるまい。
「こちらの二つが当店で取り扱ってある最新の杖になります。こちらの赤い箱が『ウッドウィズ』の721年モデル、黒い箱が『ラビット』の720年モデルになります。何方も当Aランク魔法に対応する当店最高の杖になります」
ラビットは有名な魔法具制作企業である。経営に携わった事もあるのでよく知っている。優秀な技術者、職人がいるし経営能力も高い。
ウッドウィズは初耳だな。しかもラビットよりも早く今年のモデルが出ている。
「二つの杖、属性は何種類まで対応していますか?」
「『ウッドウィズ』の杖は火、雷、土。『ラビット』の杖は水、風、呪に対応しています」
やはり無系統魔法に対応する杖はないか。無系統魔法自体使える人が少ないしな、需要もそこまで高くないのだろう。
「じゃあその二つ下さい」
「……え、あ、本当にこの二つで宜しいのですか?」
「金なら在ります。何か問題でも?」
「い、いえ。二つの杖で120万4900ユグルになります」
予算内だが、子供が買える値段じゃないな。と言うより大人でも買えるか分からん値段だ。
ポケットから市民証を取りだし、全額一括払いする。
「エリファス=フォード=ベルンハルト様。確かに全額一括払い確認いたしました。あの……失礼ながら貴族の御方であらせられましたか?」
「違いますよ。そんな事より少しこの店内を見て回っても良いですか?」
元よりそのつもりだったのだが。少し趣旨がズレ始めていた。
取り敢えず許可を貰ったので見て回る。やはり現代の魔法具制作の技術はかなり進んでいる。もはや俺がいた時代の魔法具とは比較にならない。
杖に内蔵された魔法陣が良く効率化されている。マントもいい。さぞ、現代人は随分と安定した魔法が使える様になっただろう。
その反面、万能、便利な魔法具に頼り切ってしまっている様にも見える。
「善かれと思ってした行為が自分の知らない場所で災いを被っている、か」
珍しくない話だ。戦争を一切しないと宣言した国の武器商人が戦争による武器調達で経済の基盤を立てていて結果、それを知らなかった国の経済が崩壊したと。戦争は一種の経済政策とも言われる。やるやらないには明確な根拠が必要になる。
魔法具だってそうだ。安易に幼少期から魔法具を使わせても、必ずしも良い結果を生むものでは無い。魔法具を使い詠唱でお手軽に魔法を使える様になり、魔法の価値を安易なものと位置づける。
別に魔法具が悪いとは言っていない。
『魔法具は便利なものから逸脱しないという事を忘れるのがダメなのだ。』
懐かしい。師匠の口癖でもあったな。お陰で無詠唱が使える様になったと言っても過言ではない。
師匠は少しばかり金にケチではあったが。
「おいッ店主、なんだこの巫山戯た値段は? Cランクマント一つで五千ユグルだと? ボッタクリも良い所だな。商売うまく行ってないでおろう? あぁ? そうなんだろ?」
因みに言葉遣いも悪かった。
「それ以上騒ぎ立てるなら衛兵を呼びますよ」
困った人だ。ショーケースから向き直ると金髪ロールを両肩に垂らした小柄な少女が居た。武装した男に首を掴まれている。
「すいません。その人知り合いなんです。お代は俺が持つんで許してやってください」
と言って市民証をかざす。師匠は唐突の事で何も言わずにその様子を眺めていた。
外に出るとすぐ、
「お主何者だ?」
「マント代、お付き合い願えますか?」
✳
師匠を連れ魔法学校前の例の店へとやって来た。
「すまんな……と言いたいところだが、状況からするにキサマ、私のことを知っておるな?」
「えぇ知っていますよ。ミハイ=ルージュ。数少ない無系統魔法の使い手、パスハイト戦線で武勲を上げた、元宮廷魔法師団団長にして、
――俺の師匠です」
豆鉄砲を喰らったかのように一瞬硬直した後、苦笑い混じりにコーヒーを飲みだした。気付いた様だ、俺がどこの誰であるか。
「何年ぶりだ?」
「そうですね……国家官僚になってから全く会っていませんから、20年ちょっとといった所でしょうか」
「そうか、そうなるか、私は教えていた頃とそっくりだから、かなり違和感あるけどな」
「ですね、師匠も変わらず御美しゅうございます」
「世辞はウチにとどめて置け、馬鹿者。自己紹介がまだだったな。名前を教えてはくれんか?」
意味有りげにそう言った。師匠は見抜いている。俺が昔の名は名乗るはずが無いと。
「エリファス=フォード=ベルンハルトといいます。地方から魔法学校受験の為に越してきた15歳の少年です」
「エリファスと言うのか。よし覚えたぞ。にしても魔法学校受験者か、受かるとよいなぁ?」
師匠も俺の合格は目に見えている、と言った感じである。まぁ油断しない限りは合格判定は貰えるだろう。
「というより、師匠。なぜCランクのマントなどお買い求めになっていたのですか?」
「あ、あぁアレか。最近、私塾の方を初めてな。そこの生徒にそろそろ教えてもいいかなぁーっと思ってな、それでだ。お前が出ていってから少し経って『ラビット』を抜けたよ。もう魔法具造りはやってない」
何かあったのか。まぁ深く漬け込む所じゃないだろう。こんな世界だ。高度な魔法具が悪用される事例は少なくない。
「済みません。妙な詮索をしてしまいました」
「何、謝ることはないさ……それよりエリファス。君は在学中の保障人は誰にするのだ?」
「……まさか、それ必須事項ですか?」
保障人とは字から察するに、在学中に何かあった時、生徒と共に責任を負う役の事だろう。迂闊だった。
「マントの借りだ。折角だからな、返してやる」
「ご迷惑お掛けいたしました」
「なーに、お互い様だ」
何故か師匠は得意げな顔をしていた。弟子がコケているのを嘲笑。良くあるのだ。しょうがない。