入学試験 Ⅲ
優秀な魔法師とは何を指すのか。
一重に戦いの才能だけでは決定しない。生活系に特化した魔法師や、生産系に従属する非戦闘員もいる。
魔法師の優劣を決める基準には大まかに分けて三つの項目がある。
魔力を込めて魔法を発動する迄の《魔法式構築速度》。
火・水・風・土・雷・呪・無の七大系統の中《使える魔法属性の数》。
体内、体外の魔力をコントロールする《制御可能な魔力の総量》。
まぁ多少なりともその優劣の判定に例外は存在するが、それは稀だ。
故に、この魔法学校の実技試験も先程の三大項目で総合判定が成される。
大抵は毎年、少し距離をおいたところにマトを用意して魔法をぶっ放すのが習わし。
早速、詮索魔法をマトに照射する。
マトの距離は34メートル。対象物は金属……いや対魔法を付与した魔鉱石か。まぁ詮索魔法を遮断出来ないレベルの魔鉱石なら、そこまで硬度は高く無いだろう。
余り長く魔法を使っていると試験監督官にバレそうだな。
「一人づつ得意な魔法を打って下さい」
一人づつ消化していく。全員マトには届いている様だが表面をかすめる程度止まり。さっき風の魔法を使って1人傷をつけられたようだったが。
「次は……おぉ。オルグレン=アルフォードか」
「はい。お願いします」
途端に周囲がざわめき出す。
赤茶の髪にルビーの様に朱い瞳。ツンツンした身長は170を超えているだろう。俺よりか若干目線が上だ。若干だ。本当に。
後ろの女の子の反応からしても分かるように丹精な容姿だ。
「オルグレン様よ……」
「流石、プリンスって感じだよね」
「はぁあ神々しいわ」
「やっぱりアルフォード家の長男に相応しい御仁ねぇー」
「容姿端麗で才色兼備って妾にでもしてくれないかしら」
アルフォード家……。確かフォーケン家に並ぶ有力貴族。今はどうか知らんが。
当主であるグリュウエン=アルフォードは結構な魔術師だったな。前線で共同戦線を張った事もある。となると、オルグレンはグリュウエンの息子か。準じてオルグレンはそれなりの実力持ちだろうな。
「お前か、魔具無し……」
魔具無しって。まぁ否定はしないんだがな。
当然、オルグレン=アルフォードはマントと杖を所持している。これが普通のスタイルなのだ。俺が奇特であるだけで。
「グリュウエン様は如何様なされていますか?」
「……父上の事を知っているのか」
平民が知っていないとでも思ってたのか。やはりこの国の貴族が平民を愚図する構図は無くなっていなかった。
正直……――失望した。
「えぇ、グリュウエン様のインスポート戦線の戦功、活躍は国の端である田舎村まで届いていましたから」
「そうか、まぁいい。平民風情であまり周囲を掻き立ててくれるなよ……」
「……心得ております」
その風情如きに首根っこ噛み付かれないように気を付けておくといい。
オルグレンは杖を構え詠唱をしている。魔力を込め魔法陣を形成。
杖の先に蹴鞠ほどの大きさの火の玉が現れ火の玉の周囲に雷が纏う。火の魔法に雷を合成。二種類の魔法の複合か。
ドォオオオオオオオオン
雷を纏った火の玉が放たれ、爆発音を演習場内へ響かせる。見事、マトに命中。マトは半分ほど融解している。
当然の威力だ。攻撃型の雷と火、併用すれば超威力特化型の魔法となる。
流石は現代魔法具の安定機能。これには唸るものがある。
杖に組み込まれた安定術式は20年前とはまるで比較にならない。複合魔法でも魔法陣に乱れが見えない。マントも然り、高速化に関しては言わずもがな。
面白くなっているではないか。魔法具に興味が湧いた。
「……嘘っ! 同時発動?!」
「すごっ……」
「複合魔法じゃねぇかよ」
「真似できねぇよ、あんなの……」
同じ試験監督官の男子メンバー四人が声を上げる。
「次、エリファス=フォード=ベルンハルト」
「魔具無しか」
「平民は物売りでもしてりゃいいのにな」
「買えなかっただけじゃね?」
「まぁ見るだけ見てみるか」
周囲が今更なんと言おうが知った事じゃないが今後に響く亀裂になるなら黙らせるべきか。
「では、始めっ」
――知らないだろう。こ奴らは
魔素という概念その物を
『魔法の発動は魔力を使う』それは『魔素を練り上げ自分の魔力と練合わせる手間を省く行為』だと言うことを。
――その一手間省くだけでどれだけ魔法本来の機能が低下するのかを。
まぁそう安易に考えるのも仕方ない。魔素の存在自体、知る者は少ないのだから。第一、この世界において魔素の存在自体がまだ解明されていない。
杖やマントは詠唱を前提とした道具であり、魔法具が魔素には作用出来ない理がある以上、選択肢が限られてくる。
魔法具の補助を使い威力を落とすか、自力で魔素を魔力に練り込み威力を最大限発揮するか、
魔素を集中、制御し全て魔力と共に魔法式へ。この作業を蔑ろにすると反動作用で魔法が暴発しかねない。未だに俺が魔素の存在を公表しない大きな理由でもある。
無詠唱で《風魔法》発動する。大気が目に見えない動きを成し、周囲の空気を大量に収束する。同時に無系統魔法の《加圧魔法》を使い物理法則を無視して大気を圧縮。
ちょうど掌に収まる位の大きさまで圧縮される。
「何してんだ?」
「風魔法じゃね?」
「無詠唱か、すごいなぁ」
「でもまぁ、大見得切った割にはなんか足りねぇよな」
試験監督官は俺の使っている魔法の数には気付いている様だな。採点に不備があっては困る。
無系統魔法の《転移魔法》でマトの手前に圧縮気体を移動し、《加圧魔法》を解除。
ドッゴゴゴォオオオオオオオオン
演習場が震え、元に戻ろうとした大気が風を発生させ、マントをなびかせる。
マトに無数のひびが入り、その場に崩れる。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「い、一応聞いておきたい。今、三つの魔法を同時発動したな?」
「ん、あぁ」
せいぜい採点に不備がないようにしてくれよ。
「と、取り敢えず、実技試験はこれで終了だ」
✳
試験監督官は受験生が解散した後、審議会を開いている最中である。
「フォーケン家のお嬢様は優秀だったな」
「見事だったな。繊細な魔法だった」
「でも、やっぱり今回の首席はアルフォード家のプリンスか? なぁリース」
オルグレン=アルフォードを監督したリースは素直になりきれなかった。
「いや……今年の首席はアルフォード家の坊っちゃんじゃない。フォーケン家のお嬢さんは見てないから判断しかねるが恐らく首席はどっちにも与えられないな。筆記試験の結果待ちだが今年の首席は恐らく試験番号09021だろう」
「なんと……」
「あの両家を凌ぐ猛者か」
「どこの家紋の者だ?」
リースはため息を吐いた。
優秀な魔法使い=貴族出の子という認識が未だに抜け切っていない周囲に。
「平民の子だ。三つの魔法の同時発動。しかも魔具無し。無詠唱だ。これだけ揃ってれば文句あるまい」
「……平民の子だと?」
「秀才なこった」
「魔法具を使わないのか」
「「筆記試験採点終わりましたッ!」」
「おぉ、良いタイミングだ」
「一位は誰だ?」
「あ、はい……し、試験番号09021です。そ、その」
リースは悟った。多分、カンニングを疑う様な点数だったのだろう。
「問題ない。試験番号09021は首席候補者だ。くだらない詮索はいらん。それでどれほどなのか、試験番号09021の博識は?」
リースの強い口調に気圧される。
「は、はい。その……試験番号09021の筆記試験結果ですが。魔法暦は100点中93点、魔法工学に至っては97点を記録しています。何れも過去最高点です」
魔法学校の試験問題は60点を取ればそこそこ。70点を超えればその分野に特化している。今年も例年に並ぶ難易度設定であることは、みな理解していた。
その場にいる全員が目を合わせた。
「今年の首席は決まりだな」
2015/03/01 魔法属性の内容を改変しました。