入学試験 Ⅱ
フェアベルゲン王国の国民にとって魔法学校と騎士学校の入学試験は半ば祭りごとに等しい行事だ。
端的に言うと不合格、才能が無ければ将来の道が絶たれ、合格ならば家族一同、挙って喜び合う。
伊達に蒼白週間と呼ばれてはいない。
フェアベルゲン王国屈指の貴族、フォーケン家お嬢様でも落ち着いていられないような次元だ。平民なんか気が気でない。
「エリファス様はとても落ち着いていらっしゃるのですね」
血色の抜けた貴方に比べれば、の話だが。
「……ティファニーさん。様付は不要です。俺はそこらの庶民ですよ。身分はお互い弁えるべきでしょう」
後方で護衛隊の雲行きが怪しくなっている。迂闊に行動するべきじゃないだろう。
ここいらでひとつ牽制しておくべきだ。
「……ではエリファスさんとお呼びします」
「宜しく、ティファニーさん」
この国では会話における互いの呼び名は最も簡単に、お互いの立場を明確化する道具である。簡素なロジックである分、立ち位置が一発で分かる。
一流貴族と庶民。
ティファニーは多分、そういう建前を気にしたくない、実力主義の娘なのだろう。だから俺に様なんてつける真似をする。
しかし、ティファニーの考え方はごく少数で周囲から糾弾される的になる。その的とは俺だ。
――だから貴族は面倒なんだ。
『筆記試験が指定の教室で行われます。各自指定された部屋へ移動してください。試験は50分後に開始されます。混み合うことが予想されますので時間に余裕を持った会場入りをお願いします』
✳
筆記試験がはじまり、筆記試験終了。
筆記試験の難易度は予想通りの範疇。
賢人の偉業が問題になっていたのを見た時は悶絶仕掛けたが、それ以外の歴史やら魔法理論だったり、隠居してから今に至るまで目に見える様な劇的な変化は無く、まぁ一言で言ってしまえば味気なかった。
とは言っても楽々潜り抜けられた訳でもない。手こずる問題は多少なりとも存在した。
最後の錬金術と質量保存の法則の証明。あれは多分俺が論文に出した奴だったな。20年前の研究結果という事もあり、少し忘れかけていた。
まぁ、あの程度の問題ならティファニーも解けただろう。教えた内容の応用編だ。点に繋げるかどうかはティファニー次第。
『実技試験を開始します。受験者は演習場へ移動してください。マントと杖は持参したものを使うようにお願いします。他人との貸し借りは厳禁です――』
機械的なアナウンス。それと同時に筆記試験の終わった受験生のモチベーションを更に落す。
「エ、エリファスさんっ!」
気配に気付いては居たが、敢えて無視したい場面に声をかけられた。
少女の呼吸が途切れ途切れになっている。小走りで寄ってきたのだろう。耳から紺の髪が何本か垂れている。
「……その様子を見る限り、概ね満足する結果を得られたようですね」
「えへへ……これもひとえにエリファスさんの御教授の賜物です。ありがとうございます」
「言い過ぎな気もするけど、取り敢えず。どういたしまして。お役に立てて光栄です」
「いえいえ。感謝するのはこちら側です。その、エリファスさんは試験どうでしたか、なんて聞くまでもないですよね」
やはりこの娘は貴族の風潮を嫌うのか。会話に不慣れな点が目立つ。
もしや作為的にやっているのか?
もし、そうだとしても向こう側に庶民と絡む有益性が無いな。気のせいだろう。
「そんなことは無いと思いますよ?」
「そ、そうですか?」
顎に手を当て筆記試験をリプレイする。
「たしか、三問くらいは知らない問題がありましたね」
「……期待した私が悪かったです」
はぁ、とため息を吐くティファニー。試験前よりかは幾分ましな気がするだけいいか。
✳
演習場へやって来た。どうやら演習場は校舎に併設してあるようでともかく、でかい。一つの建物の内部が奥行き目測だが200メートルはある。その広さは皇族の内輪パーティー会場レベルに匹敵する。
「「マントと杖は各自持参したもののみ使用して下さい。他人のを使用して万が一魔力暴発が起こったとしても学校側は一切の責任を負いません。注意して下さい」」
試験監督官が拡音魔法を使い声を上げた。
すると一斉に受験生はそれぞれのマントを着だす。
「「そこの君、呆けていないで早く準備をしなさい」」
案の定、試験監督官に絡まれた。まぁ想定内の事だが、些か周囲から視線を感じる。
「あー、その……マントとか杖とか必要ないんで平気です。別段、それらを着けて実技試験を受けなきゃいけない義務は無い筈ですよね?」
「ひ、必要ない、と? ま、まぁこちら側としても使用自体強制はしていませんし……。ですが実技試験は杖及びマントを着用している周りと差異ない扱いになります……それでも宜しいですね?」
「構いません。お気遣いありがとうございます」
周囲からしてみれば、俺は料理人と名乗り料理をするのにキッチンも材料も持た無い胡散臭い奴にしか見えないだろう。
しかも俺は今や賢者の気質など何処にもない庶民、所謂平民。奴隷を除いた場合、この場で社会的身分が最も低い。
何故、そんな舐めきった要素を掛け合せた様な奴に、誰も突っかかって来ないのだろうか、という疑問に至るが、その解は既に出ている。
――試験に集中しなければいけないから。
単純明快にして現在ここに居る大半を難航させている要因である。
数字だけを見れても魔法学校の受験生数の倍率は十倍を超える高競争率。しかし、これはあくまでも『目安』であり、受験生は一定ラインを超える技術を持たないと定員割れしていても、合格判定が貰えない事例が多々ある。
何年か前に入学者数が700人台にまで切り詰められた時があったそうだ。そういった場合は編入試験が残り枠で組まれるが、当然、その試験内容は難しくなるし、倍率は二桁じゃ済まない。故に、入学試験に落ちると、必然的に色々と不味い事になる。
因みに魔法学校の入学試験を受けられるのは15歳の一回こっきり。次からは自動的に編入試験しか受けられない。
ここに来ている上流身分、貴族出身の人は少なからず家の誇りを背負って来ている。近くに変な奴が居ようとも、気にしていられない。平民も将来の職を掴むため、必死こいている。
つまり、俺は試験中には誰にも絡まれる心配は無いのだ。一人巫山戯けていようと、オイこらと絡みに来る余裕が誰にも無い。
しかし試験が終了したら話は別。
(ここはひとつ何か、手を打っておかねばならないな。……こんな事になるなら建前のマントの一つや二つ、買っておくべきだった)
「「それでは実技試験を始めます」」