PRECIOUS DAYS〜三
episode−three
フォークト野生生物記録
【鋼熊】分類:動物界脊索動物門哺乳網ネコ目巨大獣科穏獣属穏獣種。
分布:比較的温暖な地域を好み集団で生息。稀に寒帯に適応し、その地に住み着いた例もある。
形態:雄は体長は最大で四メートル、雌もほぼ同じような成長が見られる。体重は1トンから4トン(※質量レポートを元に計測)。鋼熊は好んで食するリン鉄鋼の影響で、他の獣種と比べて体積あたりの体重が非常に大きい。体毛は成体になるにつれ色が濃くなる傾向がある。手の先にある三本の爪は非常に硬く鋭いため武器の補強に用いられる。加工が難しいが、複数種のレアメタルを混合させることで柔軟性が生まれ、汎用的に武器や防具に混ぜ合わせる、それは配合比は武器職人の必中の秘となっている。
生態:刺激しない限り、特に人に対しては興味を示さない。森を食い荒らすことも無く、食欲は旺盛でない故に人里に降りてこず、基本的に無害と、獣種では珍しい特徴。ただし、子を殺された時の親は精鋭兵二十人でも手に負えなくなる。
✳
木目が綺麗に残された本棚は三メートルほどの高さを成し、八段に各々書物が陳列されていて、それらの本棚は部屋の端から端まできちんと直立する。
レイブンクロー屋敷内に設けられた書物保管庫。司書は雇う金を切り詰めた為に、現在は1名たりともここに職を持っている者は居ない。ホコリのかぶり方からして半年以上は人の手がついていないと思われる。
そのレイブンクロー邸図書館の中に居るのはテトであった。テトがレイブンクローと協力し鋼熊を討伐する見返りとして、テトが求めたのはエイクリア傭兵団の優遇、そして残存する資料を閲覧する許可だった。レイブンクローは驚きながらも図書館の閲覧権限をテトに対して全て開放した。
まず真っ先にテトが手を付けたのは生物記録。とりあえず敵の情報を再確認する。やはり、どの記録にもあの薄い体毛で巨大な鋼熊を発見したという記述は無い。人間にも稀に成長ホルモン分泌過剰などの影響で身体が異様に伸びる例があるがそれと似た様な現象だろうか。
他にも鉱物の影響、環境条件が考えられるが未だに胸をはれるような確固たる証拠は見つかっていない。
既に生物関連の書物をテトが図書館で読みあさりながら篭って半日が経過していた。テトの両脇に積み上げられた本の数は、小山を作り上げている。
鋼熊の書物を片っ端から読み通し終わる頃にはテトの目は違う『未知』を漁りだしていた。
次に必要なのは戦力であった。
「……魔法剣は実質使い物にならない、と? 刻印魔法は武器に刻めないのか? いや、刻めることには刻めるな。衝撃で刻印がズレてしまうのか。……なるほど」
天才の芽は開花しつつあった。
✳
テトの様子を窓の外から覗く、ローヴァル=レイブンクロー。その視線は一点に釘付けになっていた。会議が終わり少年が図書館へと篭ってから半日は経っている筈なのに、テトにはその場を後にする気配が全くない。途中、飲み食いや手洗いに席を立つくらいで、他の時間はほぼ全て本に目を向けては何かを考えている。
一目見た時から思っていたが、テトの持つ異質な雰囲気は本当だった。興味を持った物事以外見えない、といったところだろうか。テトの集中力の底無しさに好奇心や恐怖をレイブンクローの脳髄に焼き付けられる。
しかし、レイブンクローは今回のロイゼール計画で、いささか強引な手を要しすぎた。彼の計画がどれだけ完璧であろうと、それを理解できるかはまた別の問題だ。
「おい、ヴァル。貴様一体何のつもりだ。……多少名が馳せた程度の餓鬼に大層な仕事を押し付ける腹か」
少女の様に可憐な小ぢんまりとした容貌に背中まで掛った霞仕上げの金髪。子供とも揶揄できるその容姿、ミハイ=ルージュは当時の魔法学校第三学年首席。発展途上のフェアベルゲンでもその実力は抜きん出ていた。
「……私には彼に相応の仕事を任せたつもりなんですけどね。まぁ、どうにでもなるでしょう。正直なところ私より戦力的な面ではテト君の方が『伸びしろ』は上ですし」
「お前は軍師寄りの人間だろう。もとより戦場に出るタイプじゃない。あんな小僧に頼らんでも私と母上なら鋼熊くらい問題なく駆除出来る」
レイブンクローはその答えを待っていたかのように口を紡いだ。
「やはり、貴方も信じているのですか? 彼の唱えた不確定要素である巨大鋼熊の存在を」
「……お前もその可能性に一票投じているではないか」
「それでもです。彼の発言にはえも言わぬ重みがある。実力者の言葉に裏打ちする証拠があるないに関わらず信憑性に長けるのと非常に理屈が似ている。もう少しテト君に頼ってみては如何ですか?」
「……否めんでも無い事だが。兎に角、母上だけには迷惑をかけるなよ、それだけは譲らんからな」
「平気ですよ、イリヤさんにはテト君の魔法使いの教師をしてもらいますから」
「――は?」
開拓開始までおよそ五日。
ミハイの間の抜けた声が、夕暮れの景色に妙に親和したのだった。
*
丁度、レイブンクロー邸で会議が行われた前日の夜、その日はフェアベルゲンの魔法学校と騎士学校の両校で【學園祭】という催しが開かれる前夜であった。
【學園祭】は開催期間は5日間と非常に長く、スケジュールが組み込まれている。その内容は日々の鍛錬や学術の成果を外部の人にイベントとして発表したり、屋台や舞台まで用意されている。
表向きには少し堅さの残る様に公表されているが、基本的に【學園祭】を知る者としては単にお祭り騒ぎに近いものという認識だった。別段、見せたい技能や魔法がない者はクラスの出し物に参加したり、楽しく過ごすのが一般である。
この当時、両校内には、レイブンクローの手が掛かった競争を煽るようなシステムは無く、生徒は皆、張り詰めた空気などなく、普通に楽しみにしている。というより、現在進行形で楽しんでいる。
そう、ここであるクラスに視点は切り替わる。
魔法学校第一学年13組。
殆どの学年が前日の夜まで忙しなく準備に取り掛かる、13組もその例外では無かった。材料の調達、室内の装飾、不備がないか確かめては、チェックを繰り返す。
全員、和気あいあいとしながらも迫る時間に少し焦りを感じ、また何とも言えない、しかし悪くない高揚感がクラスを包む。
このクラスの【學園祭】における当日の出し物は『軽食屋』。なんの捻りも無いが、接客するのは全員女子で尚且つ全員制服にエプロンというシンプルな格好。
しかし、ここに真価があるのだ。
魔法学校の女子の制服はその秀逸さから人気が非常に高く、人気ぶりは三十里離れている街からも、女子の制服を見に来るためにわざわざ道中泊まりがけでやって来る客も珍しくない。
そう、【學園祭】における『軽食屋』は王道であり特に工夫しなくても客が来る一石二鳥の奥義として語り継がれている伝統ある出し物なのだ。その手軽さあまり、毎年各学年にひとクラスしか運営権を持てない制約付きではあるが。
13組の女子生徒の数は15人。
接客だけに関してみれば午前と午後でシフトを分けられる余裕がある。裏方の男子も十二分に足りている。
どこかの偉人曰く、『楽しい行事というのは、その時ではなく、それを企画、準備する時が最も楽しい時である』という言葉を残した。いや、今となってはそれは共通認識に近い段階まで浸透しているだろう。
「あ、この机まだ飾り終わってないからよろしく!」
「あいあいさ〜」「ほいよ!」
そして何より13組の女の子は皆、美人と呼ばれる部類であった。
その一人一人がこの学校で男女問わず一番人気の高い主席のミハイ=ルージュにも匹敵する美女揃い。故に今年、校長ぐるみで、このクラスの注目度は異様なまでに外へと広告されている。
「あ、みんな接客の時の注意点、紙に書き出しておいたから参考にしてね」
「流石はアイファ。気が利く~」
「うふふ、どういたしましてー」
教室前方で会話を交わす二人の女子。
低めのポニーテール、艶のある赤毛が特徴のティアナ=ルシアス。数少ない極東インスポートの出身である。
もう一方の女生徒は160に満たない体躯、紺色の髪を腰の当たりまで流す、ふっくらとした唇に、真面目で一生懸命な性格が相まって男子の極秘クラスランキング一位に輝く、アイファ=フォード=ベルンハルト。田舎から上京してきて苦学生でありながらも飲食店で働き口を見つけ、生活をやりくりしており、彼女ひとりで今回の店では双方の面から、かなりの戦力となっている。
男子も二人の会話で思わず頬が弛緩する。だらしないその表情も疲れを感じさせないいい清涼剤になったのだ。
「ね、アイファはミスコン出る? どうせ主催側からオファー来てるでしょ」
ティアナ自身もオファーは来ていたが、何より今年が【學園祭】をするのが初めてであり、出場しようかどうか少々悩んでいた。
「あー、うん。でも私は遠慮しておこうかなぁ。ほら、私熱中したらクラスそっちのけになっちゃいそうだし……」
アイファの言い訳はもっともらしかった。ミスコンの優勝から三位までには一体どこから経費が落ちているのか怪しいレベルの商品が並ぶ。それを鑑みなくてもアイファは何事にも生真面目で、熱中しやすい性格である。
「あー、惜しいけどしょうがないかぁ。クラス忙しいもんねー」
「うん、初めてだし、こっちに専念したいかな」
「……でもなんだか毎年二位をぶっちぎる三年のミハイ先輩もミスコン出ないらしいよ。今年なら優勝できるかも!って皆騒いでたし」
「まぁ、あの人も毎年出たく出てるわけじゃないでしょ?」
「かもね、聞く話によると運営がなし崩しで参加させてるらしいし。ほんとにミスコンで優勝できる美女で魔法も使えるとか、正直、羨ましすぎる」
「うんうん、私も魔法頑張んなきゃ、って思うんだよね。あの人見てると」
アイファが言い切ると、ひと呼吸おいてティアナが声のボリュームを落として続けた。
「……まぁ、本題というかぶっちゃけこっちメイン……ゴホン、話変わっちゃうけどさアイファってさ、ルーク先輩に告られたの、ホント?」
「……。まぁ、ほんとだけど……」
「おい、マジかよ。でさ、あんた、つい昨日、恋人いないって言ったよね? まさかあのイケメン貴族様をフッたの?」
「え、いや、うん、そうだけど……」
はぁー、とため息をついて目頭を揉むティアナ。
「……全く、どんだけ理想高いのよ」
「いや、だって、好きじゃないもん。」
「……あーあれね、あんた。理想高いんじゃなくて理想の相手像が決まってる訳ね。ぴったりハマる相手見つかってないとか?」
「わー、一発でばれちったよ〜。ティアナはやっぱり経験豊富だね〜。私もどんな相手がいいのか具体的には分からないけど、多分、いると思う。理想の相手って人が。何となくそんな気がする、かな?」
「んじゃぁ、王子様見つかったら報告よろしく! ちゃんと応援してあげるから」
「あはは、ありがとー」
微笑む呑気なアイファにこれ以上の言及する気が失せたティアナは、クラスメートに呼ばれ、残っていた作業を再開したのだった。
ティアナの後ろ姿を見送りながら、息を吐くようにそっと呟いた。
「ごめんね、ティアナ……
私に王子様を探す時間、もう無いかも……」
✳
翌朝、テトはイリヤに対鋼熊戦に備えて魔法を習熟する為、ルージュ邸へと呼ばれた。別段、断ってもいい話ではあったがイリヤの鬱陶しさと執着ぶりに耐えかねての結果だ。魔法を習う事には大きな違和感が拭えない。何せ本に書いてある通りやれば出来るのだから、全てにおいて。実際に、先日の段階でレイブンクローの図書室にある魔法書の中級レベルであれば問題なく使えた。その旨を伝えた筈だったのだがレイブンクローに、習っておいた方がいいと後押しされてしまう始末。
そんな仏頂面をかますテトを後目に
「うふふふふ〜」
目の前に、非常にご機嫌の優れている婦人がいた。
「……よろしく、お願いします」
目線を合わせず、左後方の気に止まる小鳥をみつめながら挨拶をかますテトとどうにかして目を合わせようとするイリヤで中々に面白い光景が出来上がっていた。
ふいに、テトは何か違和感を感じて周りを見渡す。
「ミハイはいないのか?」
「ミーちゃんなら、お祭りで学校に行ってるわよ~! だからミーちゃんに、今日はテトくんをお守りしていて、って頼まれちゃった!! 母として頼られたからには頑張りませんとな! あ、因みにお祭りはテトくんも行こうね。絶対たのしいから!」
……
…………
………………あのガキ面
テトは激しく憤怒した。ミハイの奴は俺に母親のお守りを任せたのだ。そういう事か。いい度胸だ、後であのガキ、いっぺんシメてやろう。
✳
「いいですかー? 魔法はねとにかく練習を重ねることが大切なんです! 成功したらその感覚を脳に記憶して、その感覚を忘れずに使う、つまりは詠唱無しで投影出来するようにする事が大切です。杖なんか使っちゃメッ!です」
雲ひとつない穏やかな晴天の元、少年にとっては少し大きめの古びた机に向かい椅子に腰掛けて、イリヤのお守りが始まった。どっちがする側でされる側かは知らぬが仏というものだろう。
なぜか眼鏡を掛け、短い棒のようなものを持ち後ろの板に書き込むイリヤ。娘より薄めの白金色の髪が朝日より少し強くなった日差しを照り返す。白を基調とした長目のワンピースは年の割にやたら似合っていた。多分、ルージュ家は見た目が若く見える呪いでもかけられたのだろう。イリヤなら何処のぞの神を馬鹿にすることすら想像に難くない。
「――そもそも、無詠唱なんかする以前に、戦闘中に魔法のイメージを湧かせる暇はない、そんな事すれば剣の太刀筋が鈍る。魔法を使うなら多少、威力が落ちたとしても近距離戦を主にする俺にしてみれば、刻印を刻んだ物を予め装備して戦闘中に魔力を流すだけで自動発動する魔術刻印の方が遥かに効率がいい」
「むふふふーん。確かーに、バリバリの格闘やろうテトくんの言っていることは正しいです。魔法は不意打ちに使えればー、位に思ってるでしょ。でもね、お姉さんも伊達に魔法使い三十年やってるわけじゃないの。君の知らないことは世の中に沢山あるわよ」
「……下らない、」
「――例えば、杖じゃ絶対不可能な同時発動とか。」
一瞬、好機の色がテトに宿るが、そんなもの夢物語である。子供のテトをからかっているのだろう。
「そんなもの架空の存在だ。魔法の同時発動は過去、誰も成功していない。不可能だ」
同時発動は物理的に不可能なのだ。杖で陣を構築する以上、その陣は形成された形から変化することが無い。
「――ほいっ!」
テトの反論が終わると同時にそれは起こった。
イリヤの反した手のひらの上には、魔法陣が2つ。ひとつは淡い青色を帯びており、もうひとつは夜空の様に際限無く黒い魔法陣。テトからしてもその2つが違う種類の魔法であることは明白である。
すると2つの魔法陣は交差し、時折、青と黒の混じったスパークを放ちながら何時の間にか『一つ魔法陣になったもの』がテトの目の前に現れる。
「どう、凄いでしょ?」
「……水系統と、もうひとつの魔法陣は無系統、だな」
「おぉ、流石。見ただけで分かるなんて二つ名も嘘じゃないみたいね〜」
「どうでもいいが、原理は大凡理解した。つまり、同時発動は、無詠唱か、無系統で魔法陣を調整する、というこか」
「――え? そうなの?」
「――……は?」
言葉を理解するのに無限の時が流れた気さえするテト。
「まさか、同時発動を理論でなく、感覚だけで……」
「同時発動って無詠唱と無系統が鍵だったんだ! あ、でも相性良い系統も成功すると思うよ! 火と風とか雷と火とか!!」
テトはこの短い間に、自分の理解力を超える人物二人に出逢ったのだった。
更新が遅れていること、マリアナ海溝より深く、反省し申し上げます。
言い訳臭いですが、以前、私はこの賢人の話を一話書き上げるために半日考えて、半日書いてました。
ぶっちゃけてしまうと、受験生になった作者はこのサイクルがぶっ壊されてしまい時間という時間が全く取れていません。
とりあえず、物語が終わる前に作者がやる気なくなるような事はあっても最後まで書き切ります。それだけは明記しておきます。大雑把なストーリーはプロットがあるので、こんな作者の作品を読んで下さる方には(居るかは定かでない)、他の面白くてexciteな作品を味わいつつ、「あ、そういえば、こんな小説あったやん」みたいな感じて待って頂けたら幸いです。
あと、感想欄に関して、すいません。全部読んでるんですが返信してる余裕がないので、一旦、返信はしません。でも、何か思った事があったら気兼ねなく書いて下さい。主にやる気の出る方向だと助かります。誤字脱字、全然直せてません。時間をとって一気に直します。平らにご容赦を。
因みに過去編、PRECIOUSDAYSはかなり長くなります。田舎娘アイファと、ルージュ親子、そしてテト&レイブンクロー兄弟、傭兵団の団長さん達、くまちゃん、今出てるキャラ全員に活躍してもらいます。




