PRECIOUS DAYS〜二
episode-two
俺は別に好んで傭兵の世界に、武力を売り物にする世界に己の身を落とした訳じゃ無い。
産まれてから粗野な生活を強いられ、遂に両親は共に息絶え、己は腹を空かし、極限を迎えた身体は何日前から地面を離れていないか、それすらも記憶になかった。
ただ空腹を、限界を超えて何も望めなかった。
周りには俺と同じような奴がいたがそんな事も、3日経てば死んで忘れた。俺は運が良かっただけだ。偶然転がり込んだ食い物を追って行ったら生きていた。
霞んだ視界は右も左も分からない、その世界に光をくれたのが団長だった。
あの日の会話、動作はその時の色味を帯びたまま鮮明に覚えている。
『腹が減ったら好きなだけ食いたいか?』
あぁ、食いたい。
『なら、その身体を使え。健康体で今から鍛えれば、三食昼寝付きの生活が待ってる』
『生きたいならこっちに来い』
別段、団長だって孤児を拾っては手厚く育てている温情で朗らかな人でもない。
多分、俺が声をかけられたのは気紛れだったのだろう。
✳
――レイブンクロー領地 中央区
レイブンクロー館内事務室にて開拓予定の目処を示すため、今回の最高責任者であるローヴァル=レイブンクローと、護衛兼補佐役のルージュ家のミハイとイリヤが構える。
「なんでお前がいる……」
睨みをきかせたままミハイは目の前の少年に疑問を投げかけた。
事務室では開拓事業に参加する傭兵団の団長とその護衛役が1人、ひとつの傭兵団で2人、この場に8名4傭兵団が集まった。
少年テトはエイクリア傭兵団内において団長に次ぐ実力者である故にここにいるのは当然の帰結である。
しかし、ミハイにとっては相性の悪い奴だと思っていた。実力については年齢に不相応、力を持て余しているのは薄々察していた。それ以上に言葉では言い表せない嫌な予感がするのだ。プライドをエグられそうな、そんな嫌な塊が。
「先日はどうも」
「生意気な……」
「あー! テトちゃんだ! こんにちわ!」
イリヤは、傭兵達の作り出す張り裂けそうな空気を全く顧みずいつも通り。そんな事からか、テトは心底面倒くさそうな顔をしていた。
マンシンガントークがテトに炸裂してるがテトのスルースキルもまたそれを捌く。
「まぁその辺にしてはどうだい? イリヤさん、そろそろ会議が始まるよ」
イリヤの一方的な言葉の投げかけを止めたのはフォーディ傭兵団団長、ガブリエル=クラン=フォーケン。柔和なその表情で三人を、仲裁する。
当初、エイクリア傭兵団はそう大規模な兵力を抱えていた訳ではない。団長の元に集った少数精鋭で運営している。
エイクリア傭兵団含めたレイブンクローの意志のもとに集った他の団も似たような構成をなしている。これにはレイブンクローの引き抜きによりある程度、選定されているため、少数精鋭のみが必然的に集まった。配れる給与が限られる中で雑魚を束ねても意味はない。
そうしたら時間と金を浪費するだけ。
他にも幾人か集ってくれた者もいるが中心となって動くのは、結果的にやはりここの四つの傭兵団になる。
これらを束ねる、指揮者の平均年齢からはかけ離れて若い、ローヴァル=レイブンクロー。後から参加したエイクリア傭兵団以外はその手腕を目の前で見てきている。
レイブンクローはそれぞれの面々を見渡して改めて実力確かな面子が揃っていたことを肌で感じる。
フォーディ傭兵団
団長 ガブリエル=クラン=フォーケン
団員総数17名。
アルフィネ傭兵団
団長 グリュウエン=アルフォード
団員総数14名。
パーミル傭兵団
団長 ロキ=M=トゥーンタウン
団員総数15名。
エイクリア傭兵団
団長 シーザス=ロッド
団員総数6名。
✳
カジュアルな色で整えられたレイブンクロー邸内に設けられた一室。その中心部に置かれた直径10メートルはあるだろう漆塗りの円卓。
現在その一室で各傭兵団とレイブンクロー、ルージュ家が巨大な円卓を囲んでいた。
予め手元に配られていた、右上を紐で結ばれた厚めの資料を1枚、1枚開く。
「開拓に当たっての配役とそのシフトを明記しておきました。今回は『ロイゼールの森』を切り拓き、新たな耕作地を作ろうと思います。手元の資料に示してあるようにロイゼールを開拓することで、私達の手取り、ひいてはフェアベルゲンの未来がかかっています」
ローヴァルは用意していた説得材料をすらりと言い流す。
「うむ、あそこの地層は堆積している肥料、地層のレベルはそこらの田畑とは段違いだ。木々が生い茂っているのが勿体無くていただけない。その点に関してはレイブンクロー殿に納得出来る」
フォーディ傭兵団団長、ガブリエル=クラン=フォーケンがあとに続く。
議題であった、イリヤとテトが迷い込んだ場所でもある『ロイゼールの森』の開拓予定はその後の議会で大方の目処が立った。
予算、時間、規模、など要点は全て抑えた。
しかし、その場にいた二人だけが、完璧に思われるプランに少なからず不安を抱いていた。
椅子に腰掛けると胸の前にテーブルが来てしまう小さな少年は、納得していなかった。
「レイブンクローさん。これでは開拓は予定通り終わらない可能性が高いですよ」
――少年テトは訴えた。
理解してしまっていたのだ。この膨大な資料、昨日森に入った実体験を統合し、いとも簡単に結論に結びついた。
ロイゼールが敵国の国境に近い事や、森に生息する普段は温厚だが手強い獣が多く生息していることを念頭に置くと、やはり護衛に人数を半数以上は割かなければなかった。しかし、護衛に少ない人員の半数も割けば自ずと開拓の速度は遅くなる。
レイブンクローの方法は開拓に従事するメンバーは地を肥やす土魔法使い、切断系をの魔法を持つ者、水路を作り実際に水を流し、灌漑を行う者が軸になる。
当然、魔法使い自体、このご時世に多くいる訳がなかった。まして野良育ちの筋肉マシンである傭兵は魔法を得意としない。ルージュ家の二人が協力しているが、裏を返してみれば明らかな人員不足が浮き彫り状態になっていた。
「ほう? テト、だったか……何処が問題なんだい?」
ローヴァルは興味深そうに聞いた。
それも、彼は理由を知っていながら、とぼけるように。
「あの森には厄介な鋼熊が居る。そこの女が昨日殺したのは妙にデカかったが鋼熊の子供だ、間違いないです」
「な、あれで子供だと?! 雪男と変わらん大きさではなかったか!!」
凄まじい勢いで喰い付くミハイ。
それもそのはず、鋼熊の平均体高は成長を終えた個体で五メートルに届くかどうかの大きさ。
「あの、鋼熊は体毛が灰色だった。あまり知られていないが、あれは鋼熊が好んで摂取する鉱物色素の変化が薄い証拠のはず。正しければ色の変化具合からしてまだ生まれて十年と経っていないでしょう」
「……じゃ、じゃあ昨夜私が射止めたくま助は本当に子供……?」
「と、仮定した場合、親はあれよりデカく硬く、強く、そして我が子を殺されたあまり怒り狂っている。その怒りは半年先まで静まらないでしょうね、興奮作用を持つトワの実なんて要らない」
事実を知っていたローヴァル以外の誰もが息を呑んだ。
あのまま何も知らず、ことを運んでいたとして少年の言ったことが事実だったら、一体どれだけの被害を被っていただろう、と。
「もし開拓を行いたいなら、護衛を増やすか、全員で熊を叩きに行った後です。それ以外は、立案させない」
「そう来ると思っていたよ、まぁ実際、他に案があるんだがね、
経費が一番かからないし、もし望むなら君がやって欲しい……
――出来るだろ?
『餓狼』」
テトは発言した後に、今更嵌められたと実感してしまう。
この男は気付いていたのだ。
俺が問題を指摘し、そこに乗るように返答をすれば断ることの困難な状況になると。
不気味な男の違和感に、テトに嫌な汗がにじむ。呼吸も微かに乱れ、視点に定まっていない。これでも十代の世を知らぬ少年。いつかの未来のように気丈ではなかった。
テト、元いい戦力に食いつく大人。
「……二つ名持ちだと?」
「まさか、まさか、ですな。しかし、そうならば戦力的には申し分ない」
場の流れが傾く。
「少し論点が逸れてはいないか? 確かにうちのテトなら可能だろう……だがな、私の団員が欠けるような真似が出来るとでも思ってんのか?」
流石に見逃せない話にはうちの団長も口を挟む。
(うちのテトが言い包められているのは初めて見るな。……単純な落とし穴だがそれに至るまでが実に周到だ。全員にリスクを振りまき、わざと食いつかせる、
コイツは注意しておくべき、か)
「その点は承知です。
鋼熊の親角を狩る際、私も参戦します」
「なっ?!」
「……あんたが参戦するのか」
「もし万が一、鋼熊討伐中に危険な状況に陥った場合、私の命を懸けて、彼を逃します。という事で開拓は迅速に計画通り進めて下さい。私たちには時間がありません」
全員納得、とまでは行かないが最善の形へまとまると、ガブリエル=クラン=フォーケンが脱線した話を戻す。
「まぁ……本題に戻りましょう。鋼熊は推測の話です。最悪、皆で対応すればどうにでもなります。レイブンクローさん、以前から気になっていた点ですが申してもよろしいでしょうか?」
「何でも言って下さい。答えられる範囲で、ですが」
「意外な返答ですな……。まぁ、この場を借りてお聞きします。何故、貴方はこんなにも開拓を急ぐのですか? 今回の熊の件にしてもゆっくりと進めればいいのでは? 私達は『あの確約』がある限り、多少、手取りが無くても仕事は確実にやってのける気概くらい備えてますが……」
「……ありがとうございます。しかし残念ながらゆっくりはしていられません。
あと一ヶ月経たないうちに、堕王が動きます。恐らく、王は何らかの強硬手段を用いて私達の開拓地を奪いに来るでしょう」
「何故だ? フェアベルゲンの王は自ら開拓を推奨しているではないか。荒れ果てた土地に精を撒く行為に一体どんな害があるという」
「えぇ、フォーケンさんの言う通り直接的には我々の開拓事業が迅速であろうが、王政側に害はないでしょう。しかしながら、我々の行っている開拓は外から見れば国に仕えているように思えてそうは思わない人もいる、何より私達の開拓地面積と収穫予定量は一介の貴族が保有する領土にしては余りに巨大に膨れ上がりました。先月に開拓した領地を含めれば、この国の食料生産量を、レイブンクローの領地内の食料生産量だけで追い抜いてしまう」
ひと呼吸おいて、ローヴァルは続けた。
「更に、新たに加わったエイクリア傭兵団の戦力を足せば、足元のひ弱なフェアベルゲンの軍隊に匹敵する集団になります。さぁ、この先どうなるか、自ずと分かるでしょう」
「……おいおい、まさかアンタ、ここにいる集団だけで国取りでもする気か? 正気じゃねぇな」
グリュウエン=アルフォードはあくまで強気の体勢を崩さない。
「私も反対かしらぁ。無理とか言う前にやる必要ないじゃない?」
団員の構成員が全員女性でありそのトップに立つ女団長、ロキ=M=トゥーンタウン。
「えぇ、しかし、国取りはあくまで最終的な目標であり、王政と正面から戦う気も更々ありません、その点はテト君同様、私の首でも財でも賭けましょう。安心して下さい。皆さんは私の傘下に居ることで、力をお借りしたいと存じております」
「つまりは、我々は王政に対する脅し、という事か?」
ローヴァルの口元が細く三日月の様に歪む。
「……そちらの策のほうが、ここにいる傭兵団みなさんにとって最終的に好都合でしょう?」
「……」
「……」
「……」
「……」
なぜか各員、ローヴァルの一言に全員押し黙ってしまう。その目には欲を抑えるが必死であるようにテトとエイクリア傭兵団団長シーザスには見えた。
「異論が無いようなので、予定日より『ロイゼールの森』を開拓します」




