入学試験 Ⅰ
翌朝、入学受付時間に間に合うように起床し宿を出る。
宿舎から10分ほど歩くと見えてきた魔法学校。校舎は五階建て、横幅は一キロメートルは有るだろうか。
校内には課外授業の為の建物もちらほら見受けられる。
全学年の生徒、教師を含めて3000人を超過する、校舎も比例してそれなりの収容量は確保していなければいけない。
「当日受付の方ですか?」
受付嬢が尋ねる。俺は返事をして差し出された紙に名前を書き込み、当日料金を払う。
「エリファス=フォード=ベルンハルト様でよろしいですね。では09021が貴方の受験番号になります。試験結果は後日、本校の掲示版に貼り出されます。他に至らない事があれば近くの係員か在校生にお声を掛けてください」
「どうも」
そういって受験番号の書かれた羊皮紙を受け取り、踵を返した。
受験番号は09021か、もう9000人も受験している事になるな。
因みに現在は試験開始の二時間前、当日受付の奴以外はあまり居ない。
暇なのでその辺をぶらつくか。
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校舎内は試験会場となっているので開始までは入れない。
魔法学校に隣接している昨日の飯屋で適当に時間を潰す事にした。
今日は入試当日受付の人が復習のために利用する事もあり朝早くから営業している。その証拠にノートを開く者がチラホラと見受けられる。
「店長、何か落ち着く飲み物ひとつ」
「あいよー、って、昨日の兄ちゃんじゃないか。コーヒーでいいか?」
無骨なフリにもサラッと応えてくれるな。
「お願いします」
既に、店長は振り返り紙袋を取り出しドリンクを作りはじめている。
「クック、どうだったよ。受験番号は?」
番号=人数と言うのは皆知っているが、同時に受験者数を知ることが出来て絶望できる仕組みになっている。受験番号を見て真っ青になるのも分かる。
「もう俺が、受付を済ませた時点で9000人超えてましたね」
「おぉ、ついに十倍超えたか、の割には兄ちゃん落ち着いてるよな」
「ハイ、お待ち」と言ってカップが差し出される。優しく湯気がたつカップを手元のコースターに乗せられた。
落ち着いていると言われてもな、試験なんて緊張するもんじゃないだろう。緊張癖を治したいなら隣国の戦争好きな暴君と謁見してみれば良い。面白いくらい何も怖くなくなる。
「『筆記試験』はまぁ多分平気です。後は『実技試験』で点数稼げれば塩梅な位置には割りとイケると思ってますから」
「……本当、兄ちゃんって、佇まいといい喋り方といい魔法学校受験生って感じしないよなぁ。この時期ってな、受験生みんな揃って顔面真っ青にしてるからよ蒼白週間って呼ばれてるんだぜ?」
「そんなに血色いい顔してますかね。だったら店長の料理のお陰だと思いますよ」
「冗談かませる程余裕あるなら平気だな」
店長が、俺の横を指差す。その方向に目を向けてみると朝から勉強道具を広げて頭を悩ましている女の子が居た。
勤勉だな。
「なっ? 真面目だろ?」
店長は何故か自慢げに誇らしげに言った。
「まぁ……一般的にそう見えるでしょうけど人間は精神的に追い詰められると、魔力コントロールに大なり小なり影響が出ます。実技試験の方が配点が高いですから賢いとは言えませんね」
「……兄ちゃん現実主義者かよ」
「寧ろ理想主義者じゃないですか?」
突如、少女がスタタターと足音を立ててカウンター席に駆け寄る。
深いブルー、紺色の髪を腰まで伸ばしたロングヘア。アーモンドアイに小動物のような顔をしている。行動はどちらかと言うと貴族の振る舞いに近い。
「て、店長ここの問題が解らないんです。……なぜ氷結魔法の原理は属性魔法に分類されないのですか? 効果は属性魔法に分類されるのに」
「……寒いから?」
なんの捻りもない答だな、店長。
少し期待した俺が悪かったか。
「――氷結は熱運動の抑制による結果、だから効果をみた場合は属性系統に分類される。しかし目標物の分子運動をとめる物理魔法を使うから過程だけを見ると無系統魔法に分類される、」
「お、おぉそういう仕組みだったのか……」
「な、なるほど……」
感心するのは良いが、この程度理解していないのは不味いんじゃないのか。
「まぁ、初歩的な間違いでしょう。魔法発動の結果と過程は別物という事すら理解してない人も今じゃ多い」
「流石、現実主義者……」
「だから、理想主義者ですって」
「あ、あの、もしかして今日、魔法学校に入学試験を受ける方ですか?」
コースターの横に置きっぱなしになっている受験票を見て少女が言った。
「そうですよ」
「ですよね、先ほどの説明でやっと理解できました。何か魔法工学系の分野を専攻しているのですか?」
少女の言う魔法工学とは主に魔法によって何か利益をもたらす職業の事を言う。
そしてもうひとつは
「……実践兵だよ、過去に何回も戦場に出た」
嘘ではない。俺は魔法工学より実践兵として戦場に出ていた期間の方が圧倒的に長いことに加え、実践兵はあまり評判が良くない。遠巻きにされる分類だ
推測の範囲ではあるが、恐らくこの娘は貴族の娘だ。出来れば関与したくない。
もしかしたら俺が彼処で彼女の質問に答えたのは不味かったかもしれないな。
「……あ、その、すみません。変な事を聞いてしまいました」
「兄ちゃん、兵士だったのか………」
「えぇ、まぁ」
そのまま沈黙が訪れる。当然だろう。兵士の過去をえぐってしまったのだから。俺は大して気にしてはいないが、それを察せる二人ではないだろう。
「ティファニー=クラン=フォーケン。私の名前です。ぜひ、殿方の名前を教えては下さいませんか」
嫌な予感は的中したようだ。フォーケン家と言えば貴族の中でも指折りの名家。国内でもトップスリーに入る。
この店内に四名、外に六名いる、鎧をまとったのはこの娘の護衛か。もう少し目立たない格好ができないのか。
まぁ世間常識として名乗られて名乗らないのは非常識なんだけどな。名乗られた時点で終りだ。
ため息を吐き出したい気分になったが、必死に圧し殺した。
「エリファス=フォード=ベルンハルト。先月王都に上京してきた田舎者ですよ。こんな所でフォーケン家のお嬢様にお会い出来て光栄です」
「おいおい、こんな所言うなよ」
「……やっぱり知られてしまいましたか、エリファス様はとても博学な方なのですね」
至極、面倒だな。
「えっと……フォーケンさん、何か勘違いしていませんか」
「いいえ、エリファス様はとても賢いお方です。そして私の事はティファニーと呼んでください」
「褒めても勉強は教えられませんよ」
「……お願いします。試験前に邪魔かと思いますが、ほんの少しでいいので」
「兄ちゃん、女の子にそこまで言わせたなら、責任取らなきゃなぁ?」
妙なことを言い出すな、この店長は。
「……分かりました。可能な範囲でならお教えしますよ」
「ありがとうございますっ!」
結局、入学試験直前、試験会場である学校に着いても勉強を教える羽目になった。