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若返った賢人  作者: かーむ
29/32

キングウェル牧師

 時は少々遡る。

 

 最終試験より1日ほど前の日。


 陽が登り辺りの気温を上昇させる最中、生徒たちは専攻科目の先生の下で授業を受けている。


 その様子を演習場の外から白いローブを被り、生徒を眺めるのはキングウェル牧師。(よわい)70に届く身体は痩せこけているまでいかないにしても、贔屓目を使おうと健康とは言い難かった。本人も己の老いを自覚している。だからこそ悔いた。


(私があと十年、いや、五年も若ければ、この国も未曾有の危機に陥る可能性もまた幾分、軽くなっただろうに)


 しかし、キングウェルは、投げやりになり自棄する事は無かった。何年もかけて各地から才ある者を可能な限り中央に集めた。相手の目を掻い潜れたかどうかは定かでは無いが、何もしないよりはマシだ。


 そう、各地を周ったキングウェルだから引っ掛かる事があった。それに気付いた。


 ひとりの魔法学校の生徒。


 異様なオーラを放ち、その瞳孔は餓狼のように飢え、ギラつき、そして鋭かった。魔法の腕もさることながら、それに見劣りしない剣術。手慣れた様子から相当な鍛錬を積んでいると見えるが、それからは類稀る才能は隠せない。


 努力でどうこうできる域を超えている。


 名は確か、『エリファス=フォード=ベルンハルト』と言ったか。


 騎士界隈(きしかいわい)で既にその鬼才が知れ渡っているトイロに対して真っ向から剣術で挑み、そして勝利した。


 自分が各地を周ったならこれほどの実力者を見逃しただろうか? いや、そんなはずは無い。あれだけ目立つ者を見落とす事など。


 だったらあのベルンハルトと言う奴は何者だ? 


 有力貴族の遠縁か? 


 しかし、また、そんな記録は無い。ベルンハルトという家系は国内に何族か居ることは既にこちらで調べはついている。それがどうだ。そのどれもが血縁を持つ中で貴族や戦闘における功績を残した跡はない。


 どこの家もまた平凡を貫いていた。


 強いて言うなら、三十年前の魔法学校在学生記録に女生徒で『アイファ=フォード=ベルンハルト』という者がいた事くらいだ。その女生徒もまた突出した才能は見受けられず、牙のない平凡と言えただろう。


 何も持ち合わせていない家系から有能な奴は産まれてこない。それは定説であり、世の中の(ことわり)でもある。黒髪の少女、シルフレ=アルカナードもまた叔母が優秀な魔法師で幼少期から何かと仕込んでいたらしい。人間本来、持って生まれてくる者もいるが、育った環境によって変化する伸びしろの方がその人物を占める割合は大きい。親が貴族ならすぐにでも英才教育を受けられるように。


 人間誰しも環境で丸代わりする。


 故にキングウェルも優秀な人物の足取りを追って、各地を周ったのだ。


 では、彼は一体何者だ?


 エリファス=フォード=ベルンハルトとは。彼の近くの環境には何もないのだ。見つからなかった理由は分かるが、何故あそこまで有能であるかは分からない。


 キングウェルは答えの出ない問題を脳内で錯綜させた。


 そこに勢いのある足音が近づく。


「ぼ、牧師様っ! っ、やっと見つけましたよ。ここに居られたのですね」


 弟子のひとりが肩を上下させ、息を荒くし、その片手に薄汚れた紙片を握りしめていた。


「どうしましたか?」

「そ、それが、大変なんですっ! 牧師様が先日調査依頼を出した例の人物の事で……っはぁ、」


 息切れの混じった、歯切れの悪い返答であった。例の人物はベルンハルトの事で、キングウェルはあらゆる(つて)を使い調査を依頼していたのだ。弟子の様子からはあまり良い返事ではない、と予想はつく。辺りに人が居ないことを確認し、さらにキングウェルは念には念を入れて結界を張り、話の続きを聞く。


「何か分かったのですか?」

「いえ、それが、――




 キングウェルは次に紡がれた言葉に理解が追いつかなかった。




 ――何もわからなかったのです」



「ど、どういう事です?」


 その言葉を発するのに無限の時間を彷徨した気さえした。


市民証(パーソナルカード)は偽造、出身地も身分も家系すら定かではありません。確実に言えることとしては……エリファス=フォード=ベルンハルトという人物がこの世に存在しない、という事だけです」

 


 牧師は考えた。


 もしかして彼は敵なのか?

 

 いや、違う。あれだけ目立ってしまってはこうやって勘ぐられる事位は予測出来たはずだ。自分の出鱈目(でたらめ)市民証(パーソナルカード)。身元不明、素性が曖昧である事を。


 むしろ、彼はバレる事を承知で行動している? 


 そうなると、敵か味方か判断すべきだ――



 途端に、バリンと硝子の砕け散るような音と共に展開していた結界が呆気なく破壊された。 


 音のする方へ反射的に身体を向けると、牧師の顔は驚愕の一色に染まった。


「――やっと気付いたか。遅い」


 後頭部で()った金髪を揺らして両手を広げる。

 見下すような仕草はどこか学生離れしていた。


「エリファス=フォード=ベルンハルト……貴方は私達の味方か?」


 思わず訪ねてしまう。

 身体が硬直しながらも口だけは何とか動いた。伝えるためではなく、本能的な何かが動かしたような気もする。


「ちっ、まだ気付かんのか。阿呆が。しかし、思い返せば懐かしいな……。キングウェル=フーバー、まだアンタが若かった頃、ルクス教の布教を求めて直談判をしようと、王宮に侵入したところを私に見つかった」


 刹那、キングウェルは呼吸を忘れていた。

 王宮に布教活動の許可を求めていた時、手紙の返事が帰って来ない事をもどかしく思った私は直談判しようと王宮に侵入した。賢人様に会えば絶対に分かってくれる。若い頃の至りだったが理解してくれたのは侵入を発見した賢人様であった。彼に見つからなかったら、彼じゃない誰かに見つかっていたら私は処されていたに違いない。


 キングウェルはようやく、すべてを理解した。

 目の前の男が誰であるかを。


「……やっと会えました。あの時の恩を是非あなたに返したい、貴方に救われ、再びこうして会えたことに感謝したい」

「……別に大した事はしていない。資金援助と王を懐柔したくらいだ。ルクス教はあんたの努力あっての今だ」

「謙遜なさらずとも、それより貴方がこうして会いに来て下さった、と言う事は改めて何かお話することがあっての事でしょう」


 キングウェルの下手に出る態度に弟子は理解出来なかったが、話の大凡を知る由もなく、おいて行かれた。


「……まぁ、な。大雑把(おおざっぱ)に説明しておく、細かい事はその場、その時で対応してくれ。今回特に、勝敗に重要な点は戦力を王都から遠ざけない事だろう。可能な限り中央に留めておけ。俺の正体をバラす結果になっても構わない。絶対に戦力を散らすな。散った場合お前の首を飛ばす」

「はい、承りました。私の命に変えても貴方様の意を全うします」


 その脅迫とも言い換えることのできるだろう台詞に、身震いしながらもキングウェルは返答し、疑問を紡いだ。


「……しかし、腑に落ちませんな……。何故、いまさら学園などに身を置かれているのですか? 貴方が戦ってこその今回の戦争でしょう」


 ばつが悪いのか、エリファスはその問に口を閉ざす。キングウェルの問は正当なものだった。目の前の男以外、敵に勝てるカードは今現時点でこちらに無い。多少なりとも優秀な奴がいる事にはいるが、それでは十分な対抗勢力と胸を張るには心ともない。


「俺が学園に居る事がそれ程に不思議か?」

「……え、えぇ。賢人様が学園レベルの座学、実習などした所で得るものなどほとんどないでしょう。それを論点に入れないとしても何故、その歳を若返る地点にしたのか、不思議でなりません」


 はっ、と笑い飛ばすエリファス。その瞳はどこか遠くを見つめていた。


「若返る前、学園生活というモノを見聞きするだけで、まるで知らなかった。未だに(ぬぐ)いきれない後悔がひとつだけある。それを取り戻しているだけだ。まぁもう遅いんだがな……。それにお前が今になって口出しする事じゃない。安心しろ、敵の本丸は俺が止めるさ」

「……そこまで仰られるのであれば、こちらも口出しするべきではないでしょう。元々、意見出来る立場ではありませんから」


 ひと呼吸おいてキングウェルは続けた。


「差し出がましい願いですが、どうか、どうか、私をこの老害を戦える身体にして下さい」


 キングウェルもこの国を愛し、ともに創り上げてきた者として、今回の戦争を傍らから眺めているだけでは居られなかった。


 禁術『蘇生魔法』があれば闘える。

 若返りさえすれば戦場で遅れを取ることも無くなる。


「キングウェル、お前はあと何年自分が生きられるか知っているか?」

「……えぇ、魔法使いの手練とならば、己の生体エネルギーの残量値くらいは分かります。私は戦死しない限り、生きれて五年と無いでしょう」

  

 キングウェルは勘違いしていた。

 あらゆる損傷を元の状態にまで戻す絶対的な回復力、禁術と謳われた『蘇生魔法』に如何様なリスクがあるのかを。


「なら、俺の余命二年の半分、一年を足してもお前は五年しか『若返り』は出来ない」


 『蘇生魔法』の『若返り』は代償が大き過ぎたのだ。


 リスクの概要は大まかに若返った年数分の生体エネルギーを消費する。十年、自分を若返らせようものならば、十年分の生体エネルギーを必要とする。


 つまり若返った分、寿命を削るのだ。


 エリファスは現在、二十五年とファーレンハイト卿の五年を足して三十年分の自身の生体エネルギーを消耗している。


 既に年齢は四十に届いていた。

  

 70ちょっとの生涯だとして生体エネルギーを換算すると、もう残りが無い。


「一応、戦争が長引く事も視野に入れておくと、一年は生きられた方がいいだろう。どうるする? 五年若返っても大して身体は楽になるとは思えんが……」

「四年で充分です。賢人様の御命を削ってまで戦えません。私の残っている生体エネルギー分だけでもお願いします、四年も若返ることが出来たならば膝の痛みも少しは解消されるでしょうし」

「……ふん、強情だな。まぁいい。無理強いする訳にも行かない。覚悟しろ、来年の桜は拝めないぞ」

「この戦いに負ければどの道死にますから、変わりませんな」


 その承諾の言葉と共にキングウェルの足元に魔法陣が発生した。


「……済まない」


 消えそうな声でエリファスではなく、賢人として、謝罪した。

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