表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
若返った賢人  作者: かーむ
27/32

最終試験 前編

ふっ、間に合った……( ゜∀゜)・∵. グハッ!!


 ―最終試験―



 三泊四日の四日目の合宿最終日に設けられている試験。

 合宿が始まる前、生徒は皆、不平不満を次々と口にしていた。


 たった4日で何をするのかと、たった4日で魔法や剣技が目に見えるほど上達する訳がないと。事実、この短期間でそういう目に見える成果を得た生徒は数少ない。しかし、この最終試験の本質は別にある。マードレット先生の言うように『工夫』するのだ。変わった日常を過ごし、この合宿の最中で得たモノと、自分の持つとモノを組み合わせる発想力、試験の意図を汲み取る思考の柔軟性が問われるだろう。考えない者、停滞する者は敗者と格付され、自らを磨いた者のみがこの三日間を意義のあるものとした事になる。


 この合宿は、今の時期、若い世代において最も経験しておくべき必要性の高い過程である。努力をいくらしようと否応(いやおう)なしに人には行き着く成長限界点がある。実力行使には限界があるのだ。


 それ故に『工夫する力』が問われる。


 別段、それらは魔法や剣技に限った事では無い。生きていれば何処かで、確実に必要になる機会(タイミング)がある。


 持っていて損のない能力であるがゆえに、持っていないと損をするのだ。


 

 そうこう考えている内に最終試験の試験官の先生がようやく開始の合図をする。基本的に自分の試験官となる先生は無作為(ランダム)に選ばれる。


 顎に手を当てどんな魔法を使おうか思考を巡らせる。ざっと考えた手は二百くらいあるが、試験は1回きりの為、取り敢えず案はひとつに絞るしかない。


 ゆっくりまぶたを閉じ、深く息を吐き出す。ここに至る今までに学んだ事を咀嚼し、羅列する。



 魔素(マナ)の凝縮による魔法の火力を底上げ。


 座標変換と範囲制御を駆使する範囲魔術。


 そして三種類の複合魔法。


 まぁ、一応体術を嗜んだ分、ある程度は身体は丈夫になっているな。多少の無理には耐えられる。


 

 俺も自分で思っていたよりは成長している。いい加減に確固たる自信の1つや2つ持つべきだ。

 

 考えが九割近く纏まった頃、背中を小突く感触に反射的に振り返る。

 赤い髪に、男気質を感じる中性的な顔立ちをしながら女として見劣りしない美女と呼べるであろう女がいた。


 少女は満足そうな笑みで横に並ぶと、その先の試験を見詰めた。


「エリファスは最終試験、緊張してる?」

「リンこそ平気なのか?」

「……ヤバイかも。結構テンパってる」


 よく見るとリンの余裕そうな表情とは裏腹に、明確な焦りが感じられた。とは言ってもそこまで深刻な事態には至っていないようだが。


「そういえば、珍しくリンは昨日の内に策を練っていたな」

「ん、珍しいって何よ。まぁ、アインが協力してくれたしね」

「……そう言っている割には浮かない表情をしているぞ」


 リンは自嘲げに笑うと目線を地面へ向ける。


「マードレット先生言ってたよね。『工夫する事は必要になる』って」

「まぁ、そうだな」

「それ聞いてさ、私って、いっつもアインに頼ってばっかだったんだなぁーって思ったんだ」

「アイツも同じようなものじゃないか? 未だに座学は壊滅的だしな」


 「ううん」と否定的な反応を見せるリン。


「アインは魔法の才能、私より全然無くってさ、それでも私が魔法学校行くって聞いてからいきなり魔法勉強し始めてね。アインってまだ魔法に触れてから二年ちょっとしか経ってないんだよ」


 確かに魔力の絶対量や合宿の経過からしてアインよりもリンの方が魔法師として格段に上位の存在であることは明白だ。知識だけではない根本的な才能の差である。


「マードレット先生の話聞いてから思ったんだ。私が足りない部分、アインに追いつかれてるのって私が『工夫する』のが下手なんじゃないかなって。そんなんだからいつもアインに助けられてばっかり」


 少女は何処か俺に似ていた。


 兄さんは俺より機転の効く人だった。しかし、他に置いては俺が圧倒的に優っていた。魔力の包含量、戦闘におけるセンス。兄さんに優っていた筈だった。だが一度足りて勝った(ためし)がない。


 俺に足りないのは『工夫する』以前に、


「劣等感に対して、それをただただ眺めているだけでは何も出来ない」

「え? な、なに、どうしたの?」


 俺は少女の相貌に目線を据えた。


「リンの家は鍛冶屋だっただろう?」

「何で分かったの?」


 「この間、勉強した時に錬金術系に詳しかった、まぁ事実の根底はアインから聞いた」と言われると流石にリンも納得した。


「リン……鍛冶屋の娘で無くても分かるだろうが、刃を研がなければいずれかは錆びて使い物にならなくなる」

「う、うん、そうだけど」

「そんな刃は、どんな機転の効く、刀の扱いに慣れた手練(てだれ)でも使い物にならない。昔の俺は刃を研ぐことを怠った大馬鹿者だった。そもそもの話『工夫する』の始めるのは自分の限界に行き着いてから始めても遅くない、むしろ自分の限界を知らない奴に『工夫する事』は満足に出来ない、何せまだ己の力を把握しきっていないのだからな。お前はまだ先がある、錆びついた部分が残っている。誰がどうこう言う前に、先ず自分の中に残っている未開の地を切り拓いたらどうだ?」


 リンはその潤った瞳を丸く見開いた。そして何かに頷くような態度を取る。


「……なるほどねぇ」

「なんだ?」

「いやね、アインが言ってたんだけど悩んでいるならエリファスに相談して見ろって言ってた意味が分かったかなぁって」


 ……まぁアイツの場合、勉強(悩み)の方で言っていたんだろうが、結果だけ見れば問題はない、か。


 リンは、はぁっと仕切り直しのため息をつく。そして吹っ切れたようだった。




「あっ! 試験受けてるのシルフィじゃない?!」


 リンの指差す方向へ向くと、黒いマントを羽織ったシルフレが二人の先生に見守られていた。


 若干シルフレの顔に緊張の色が見受けられるがこんな状況下だ、仕方ないだろう。しかし、その目には悲壮とは真逆の、迷いの無いしっかりしたものが宿っていた。


 片手に持った杖には覚えがある。シルフレの魔力の質に合わせた特別性の杖。持ちてから先端にかけて白を貴重とした外観も珍しい色合いになっている。


 シルフレはその杖をそっと目の前に添える。

 足元に大円陣が発生。蒼い粒子がシルフレの小柄な身体を包む。


 繊細なコントロールで魔法を駆使する姿はさながら腕利きの魔法師。凛とし、己を信じているその瞳を見れば一切の疑念など残らないだろう。


「すっご、あれってエリファスのやってた風魔法を範囲魔術で形作るやつだよね!」

「あぁ、そうだな」



 ――強くなったな……シルフレ




 ✳




 シルフレに試験官の終わりの合図がかかる。シルフレの満足そうな表情を見れば結果は聞かずとも分かった。 


「次、エリファス=フォード=ベルンハルト。準備しろ」

「はい」


 赤毛の少女は「がんばって」と一声掛けてくる。

 前に出る途中で先ほど試験を受け戻って来るシルフレとすれ違う。


「中々良い魔法だった」

「ぇっ?! あ、うん。ありがとう……」


 声をかけられるとは思っていなかったシルフレは一瞬慌てふためきそうになったが何とか表情を保っている。


「エリーも頑張ってね」

「あぁ……」


 一歩、そしてまた一歩、積み重ねて来た、歩んできた人生を再生するように前に出る。


 エリファスが学園生活を味わう『本当の理由を忘れない為』にもその行為は必要だった。


 試験官の指示した場所に着く。


「採点に関してはこちらの独断と偏見によって成されるが文句はつけるな。いいか?」

 

 その警告は依怙贔屓をするためではない。今回の最終試験は生徒ひとりひとりで見せるものが違う。それ故に共通した採点基準となるものが存在しない。


「えぇ、お願いします」




 ✳




 リース=グリゼナムは最終試験の監督には着かなかった。最終試験をモニターの設けられた別室で傍観する集団のまとめ役を任されたのだ。


 騎士、魔法師、両団の団長と数名の幹部を筆頭に経済界の担い手、魔法具制作会社の代表取締役会長、国一番の信仰者数を誇る『ルクス教の始祖』キングウェル牧師。


 ここにいる外部の者は全員、入学して間もない学生に今のうちからツバをつける為だけにやって来た。魔法学校、騎士学校共に生徒の将来の選択肢を増やすなどギブアンドテイクの成立した関係になっている。


 リースはこの場の案内人という名目で配置されているが、役割は監視役の方が内容的には合っているだろう。


 白い羽織りから血色の抜けた肌を晒した老人がリースに近付いた。


「久し振りですね、グリゼナム」


 キングウェル牧師、ルクス教の始祖であり、リース=グリゼナムの師範。

 師範の見た目より元気そうな声にリースは少し安心した。自分の師範はそれなりに歳がいっているので身体的に頑丈とは言い難い。弟子の立場からすれば親の心配に似た気掛かりはあったのだ。


「先日、貴方の相棒と会いましたよ。話し通りの殿方でした。まぁ私の弟子(グリゼナム)も劣らずよく育ってくれましたが、強いて言うなら未婚と既婚の差くらいでしょうね」

「……再会懐かしむ間もなく無理を急かさないでくれませんかね。俺、別に好きで結婚してない訳じゃないんですけど」

「はははっ。まぁ、グリゼナムは私の子供同然、私が死ぬ前に孫の顔くらい見せて欲しい、いわば欲ですよ」

「おい、牧師だろ、アンタ」


 そんな会話が一旦途切れると、二人の視線は最終試験を映し出すモニター画面に向く。


「いやはや、今年の新入生は例年と比べてレベルが高いですねぇ。ここにいらっしゃった皆さんも終始、画面に活目しておられるようで」

「……その優秀な奴の大半はアンタが集めたんだろ」

「ほほ、知っていたのですか?」

「気付かない方がおかしい。特に今年は平民の奴らが異様に強い。俺のクラスだけでも四人は貴族と張り合える実力持ちだ、いくら何でも粒が揃いすぎてる」


 リースの見解に対してキングウェルは満足そうに微笑んだ。


「先ほどの黒髪の少女は私が手に掛けた者です。他にインスポートから平民の子を二人、魔法学校に行ってみてはどうかと(そそのか)しました。……この際、私は(よこしま)な気持ちを持っていたので唆す、という表現が適当でしょうね。他にも何人か居ますが、私が手を加えた中ではその三人が特に優秀ですな」


 キングウェルは言い切った。しかし、疑いの晴れないリースだった。  


 試験の様子を映し出すモニターを見て口を開けたまま掠れた声で言った。


「……じゃあ『アイツ』は何者なんだ」

「エリファス=フォード=ベルンハルト。確かにアレは普通じゃない」

「その口調は知っているふうに聞こえますね、是非教えてはくれませんか?」


 キングウェルはいつになく真面目な表情を作った。そして強張った口調で言った。


「――人呼んで『若返った賢人』」

「は?」

「彼は近うちに争いに巻き込まれる。彼が困っていたら助けてやって下さい。この国を賭けた勝負は目の前までやって来てますから」


 「では、これにて失礼」と言って姿を消すキングウェル。食えない人だと毒づくが、それどころでは無い。


 ――賢人、だと?


 あり得ない、そんなはず無い。

 アイツがあの賢人様だと?


 

 現実を否定するリースはモニターに映る金髪の少年を見てふと我に返った。



 いや、本当に……


 本当に、そう言い切れるのか?










 最終試験結果


 合宿中の総合獲得ポイント「増減を含めた総合判定」


 ※順位順に発表




 【騎士学校】



 一位[−] トイロ=バイアス


 合宿中獲得ポイント 1,103Point↑


 総累計ポイント 3,964Point



 二位[↑] サシャ=グレイシア


 合宿中獲得ポイント 932Point↑


 総累計ポイント 3,025Point



 三位[↓] ローランド=M=スフィアライト


 合宿中獲得ポイント 840Point↑


 総累計ポイント 2,951Point




 【魔法学校】



 一位[−] エリファス=フォード=ベルンハルト


 合宿中獲得ポイント 2,107Point↑


 総累計ポイント 5,120Point


 

 二位[−] オルグレン=アルフォード


 合宿中獲得ポイント 1,304Point↑


 総累計ポイント 3,002Point


 

 三位[−] ティファニー=クラン=フォーケン


 合計獲得ポイント 1,400Point↑


 総累計ポイント 2,981Point

次回、最終試験の後半を書きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ