合宿 Ⅲ
更新遅れて申し訳ありませんでしたーm(__)m
取り敢えず二十四話です。どうぞ
一日授業過程を終え、合宿は一日目の終わりを迎えていた。
「なぁ、ベルンハルトの奴を見てないか?」
ウォーカーは廊下で出会ったアインと立ち話をしていた。
「いや、見てねぇけど。どうした?」
「あー、まぁ風呂に誘おうかと思ったんだが。アイン、まだなら行くか?」
「……あぁ。そうするよ」
✳
その頃、別室にてエリファスは呼び出しを食らっていた。
リース=グリゼナムは頬杖を付き、いつにも増してやさぐれていた。マードレット=ハウエルは対象的に微笑ましい、にこやかな表情を作っている。
「適当にかけてね」
「……」
円卓にカップが三つ置かれ、うち二つが二人の前にある事から自然と自分の座る位置は決まる。
「……失礼します」
木製のウッドチェアだが一見すれば高級品だと判別のつく椅子を引き体重を預ける。宿泊施設の内装も然り、これだけの規模の合宿地を用意できるフォーケン家。やはり五皇貴の中でも頭ひとつ抜けているな。
「コーヒーよ、口に合うかしら?」
「えぇ、好みです」
取っ手に指をかけ、ひと啜りする。
悪くない。口に広がる苦味、それがまた癖になる。嗜好品というのは不思議なものだな。
「まぁ、エリファス。なんで自分が呼ばれたかは、理解しているよな?」
リースは目据えたまま、その腕を組み直す。
俺が呼ばれた理由は恐らくトイロとの模擬戦の話だろう。夕飯時になっても騒ぎ立てられていたからな。むしろそれ以外の理由は考え難い。
「明日の模擬戦の事ですか」
「まぁそうだ」
「トイロとの模擬戦なら騎士学校のアルドレイ先生が監督して下さいます。つまり、トイロと戦う事に問題があり呼び出された理由はそこにある、と」
「大方合ってる。それと伝え損ねていたが、二人の模擬戦の監督役には俺とハウエル先生も入る事になった」
なるほど。一戦交えるだけの模擬戦に二人の監督が追加。余程、大事なのだろう。
正直、周りがこの模擬戦をどう思っていようが、どうでもいい。気にする事じゃないからな。
トイロ=バイアス。奴は強い。それは幾千もの戦場を潜ってきた故に、容易に判断がつく。体術のみなら良い勝負かもしれん。
それらを総合すると――
エリファスの思考が纏まると同時にマードレット先生がこの話の発端を述べる。
「エリファスくん。そうね今まで魔法学校首席対、騎士学校首席は、戦ったことが一回足りとも無いの。二校間で公式の模擬戦を行える唯一の機会、少なくとも合宿の最中ではね。実質的に、君とトイロ=バイアスの模擬戦が首席同士では両学園設立してから歴史上初めての試合、という事になるわ。因みに現時点でこの情報は両学園に伝波しています」
まぁ、初めてなのは今知ったが俺の追う事になる責任は別だろう。
「学園側から、負けるな、とのお達しでも?」
「……その通りだ。今回の模擬戦はお互いに学園の看板を背負っている。どれだけ優秀な奴がその学園に入ったのか観客の数が数なだけに直ぐ皆に知れ渡る、そりゃ戦うのが首席同士だ」
観客とはこの合宿に来ている外部の集団の事だろう。スカウトの為に騎士団や魔法具制作会社の重鎮などが重い腰を上げて来た。
それらに今回の模擬戦で示す事になる。第三者の視点からすれば、どちらの学園が優秀かという判断材料になる。
「なるほど……リース先生達が監督役に付くというのは贔屓の目的ではなく、両学園による圧力で、模擬戦にも関わらず俺らが本気でやる事を見越した上、俺達が怪我をしないために補佐役を増やす、という見解で良いですね?」
「あぁ、大体そんな感じだ、騎士学校側からも更に教師が監督役に付く、まぁ主監督はアルドレイ先生だが。危なくなったら教師側が止めるからとことんやっていいぞ」
酷い話だ。まぁ向こうも本気でやってるくれるって言うなら構わないがな。元々腕比べの為に模擬戦を受けたんだ。
それと、やけにリース先生が活き活きしているな。この先生、普段からこんな調子じゃないだろ。入ってきた時は訝しそうにしていた気がしたが……
「俺が万が一にも負けたらどうしますか?」
「万が一も億が一でも負る結果だけは許さん」
目に力が入っている。必死そうな顔だ。
「そうですか。では明日に控えて部屋に戻りますね」
部屋の戸を開けて廊下に出る。
冗談抜きで今日は疲労を蓄積している。アルドレイ先生の体術しかり、魔法鍛錬も精神的な疲労を隠せない。
しかし、エリファスを追うように足音が続く。
「……何か伝え忘れた事でも? マードレット先生」
「エリファスくん、貴方の腕前を疑っている訳ではありませんが、負けたら理事長の叱咤を喰らうのは担任であるリース先生です。彼、以外と小心物で情けない事に、臆してるんです。本当に臆病者ですよね。色々な意味合いを含めて」
言い含めたマードレット先生からただならぬ雰囲気を感じた。これは……触れない方がいいだろう。
「リース先生は臆病者でしたか。……まぁでも俺は負けませんよ」
「その言葉を聞けて安心したわ」
✳
エリファスは廊下にあったソファに腰掛ける。道中で購入した飲み物を片手に持ち一気に流し込む。
(トイロとの模擬戦は勝たなければいけないとは言え《門》を使う理由にはならんな。まぁ今回の模擬戦において魔法は予備武器に過ぎなくなってはしまうが)
武術を嗜む者に対して魔法はあまり有効な手段ではない。一対一の場面だと発動までタイムラグのある魔法使いが不利だ。いくら無詠唱とは言え魔法陣を見られたら方向もバレる。元々、戦場での魔法使いの攻撃の仕方はあくまで見えない所、死角からの攻撃に限る。
唯一有効な手段とすればニーアの様に無詠唱の無系統魔法くらいだろう。発動兆候が無ければ、タイムラグも無い。
だが、無系統魔法は使い手がいない故に、使う事に遠慮がちになる
両者の公式の場での模擬戦が行われなかった背景は魔法学校側が明らかに不利な勝負を今に至るまでかたくなに断ってきた事があったのだろう。
学校側の圧力は関係してない。負ける勝負にただ了承の返事をしなかっただけだ。
「あっ、エリー……」
角を曲がった所に風呂上がりと思われるシルフレが立ち尽くしていた。濡れそぼった黒髪を、毛先から拭く仕草でピタリと停止している。
「ここの風呂はどうだった?」
「……凄すぎてちょっと困ったかな。宿の大浴場が四つくらいある広さだったよ」
「隣いい?」とシルフレが言って来たので取り敢えず横にズレて幅を確保する。
「エリーの方の、授業はどうだった?」
話は授業の事へと移る。
「まぁ、色々と無茶振りはあるがついて行けないことは無いな。今の所は、だが」
「……珍しいね。エリーが言い淀むなんて」
「そうか? これでも明日の模擬戦の事で不安になっているんだ」
負けたら面倒そうだし。
「私ね、今回の合宿、本当は参加するつもりはなかったの。ほら私、実際学園に通うだけで目一杯だから……」
彼女の境遇は知っている。相槌をうつだけで特に問い詰めることはしない。
「でもね、ウォーカーさんから才能を買われて最近有名な温泉街で働かせてもらってるんだ。適性は無いけど火でお湯加減の調整役やったりね。だからこうして今日もここに来れたの。ウォーカーさんとエリーには本当に感謝しているの……ありがとう。それが伝えたかった」
無論、これは以前ウォーカーから打診が来ていた話だ。シルフレを雇いたいとの事で。能力的にも申し分無いのでミラには許可してもらった。
「まあ、頑張って働くといいぞ。あそこの経営者は中々、面白味溢れる人物だ。関わる機会があったら積極的に話してみろ。きっと良くしてくれる」
「へぇ、知り合いなの?」
「あぁ」
くすっと笑いを零すシルフレ。不思議そうに見詰めていると
「あのね、私もエリーが困った時、ちゃんと手助けするから遠慮しないで言ってよね?」
「そうだな。……その時は助けを求めるかもな」
「うん! あ、お風呂まだだったらごめんなさい。引き止めちゃった……」
「いやむしろ助かった。人が少ない方が気兼ねしないで済む」
「あはは、そうかもね。じゃあ明日頑張ってね!」
その会話を最後にシルフレと別れた。
✳
その頃、女子の浴槽ではサシャ=グレイシアが騎士学校の女子と今日あった話を始めたばかり。
そのなかの友達であるルプラ=ローレンスと睦まじく戯れる。
「さっき居た黒髪の女の子、かわぁいいかったよねー」
サシャは湯船のお湯を肩にかけながら言った。豪華な浴室には唸ったが彼女もルプラも貴族だ。それでも大浴場が凄い事には変わりないが、狼狽する事もない。その外観にもすぐに慣れた。
「うんうん。『はわわわー』なんていう娘久し振りに見たよー。襲いたくなっちゃった……」
「分かるわ。ていうか魔法学校って可愛い娘多すぎでしょ」
「そうだねぇ。でもサシャも可愛いよー!」
「え、えへへ〜。そ、そうかなぁ」
ルプラは口角を上げながら両手をサシャの後ろから回し、褐色がかった肌に手を忍ばせる。
「スキあり!」
「ちょルプラ?! だ、ダメだって!」
「相変わらずけしからん身体ですなぁ。何を食べればこんなナイスボディーにぃ?」
騎士学校の生徒は鍛錬を行う上でどうしても筋肉が付いてしまう。鍛え方によりその指向性はよりけりだが、騎士学校の女生徒に対してそのデリケートゾーンに触れると誤って命を落としかねない。
サシャは体質から来るものか、ふくよかまでは行かないにしても騎士学校の女生徒からすれば羨望の体型を持つ。
羞恥が優ったサシャの振り抜かれた肘鉄がルプラの頭に炸裂する。鈍い音を立て湯船に突っ込むルプラ。ぷかーと肢体が池に落ちた木の葉の様に浮遊する。
「ぶはっ! 全くもう。サシャ、手加減してよねー」
「全然、余裕じゃん……」
いつも通りの二人がはしゃぐ姿を見て周りも思わずほっこりする。
その時、浴室と脱衣所を繋ぐドアが開かれる。女子の喋り声が聴こえた。
「魔法学校の人達だ」
サシャの判断がついた理由は、青髪の女性が見えたからである。というかあの容姿では髪の毛の色云々抜きで、普通に目立つ。隣にいる赤髪の女の人もまた美人だった。
魔法学校の女生徒が身体を洗い終わるまでサシャ達は風呂場を後にすることはなかった。別段、意識はしていなかったがルプラや皆と話をしていたら時間を忘れてしまったのだ。
そこに先立った魔法学校の女生徒が湯船に脚をかけた。明日の模擬戦の事もあり、食事中にずっと両学院の男子立ちはお互いににらみを効かせていた。この場に険悪な雰囲気が流れるかと、皆の脳にそんな予感が過ぎったが。
「グレイシアさん?」
「は、はいぃ!」
ティファニーとサシャ、二人が既に知り合っていた事がこの場の大きな飽和剤になった。
二人の会話が弾むとルプラが続き両校の女子は完全に隔てを取り除いたのだった。
赤髪の美人はリン=ルシアスという名前も知った。というより友達になった。心の中でガッツポーズをするサシャを尻目に
「ティファニーさ〜ん、ちょ〜っと聞きたい事があるんですけど〜」
ルプラが意味深な笑みを顔を貼り付けティファニーに言い寄る。
ティファニーは汚れを知らない無垢な表情でこちらに耳を傾けてくれた。
「あのぉ、単刀直入に言いますとエリファスさんとお付き合いしていますか?」
風呂場の音を捉える耳は、ほぼ全てこの会話を聞くことに神経を集めだす。
「エリファスさんとは交際、していませんよ」
その返事はルプラ含めたその場の女子の予想に相違していた。ルプラは昼間のティファニーとエリファスの行動を勿論見ていた。あれだけ距離を縮めておいて付き合っていないとなると、何か訳ありなのか。
邪推が暴走し出すと、ティファニーが頬を掻きながらワケを答えた。
「エリファスさんは元々そう言う事に無関心です。まぁでもそういう所に惹かれたんですけどね……」
ティファニーに昔から寄ってくる殿方は全員、漏れなく何か下心か野心を持っていた。それも良いとは到底思えなかったが、多少は当然のことだろうと半ば諦めていた。無論、この人ならと一度は全てを捧げようと思った人も過去にはいた。その人でさえも結局は私ではなく私と結ばれた結果の当主の座しか見ていなかった。
そんなことを経る内に早々に自分を誤魔化せなくなったティファニーは自身に何らかの意を寄せる男性に興味が湧く事が無くなった。当然の帰結だろう。
しかし、そんな最中現れたエリファス=フォード=ベルンハルト。全て覚えている、最初出会った時から今に至るまで。知識に飢える大狼の様な彼の表情に、気付けば目が離せなくなっていた。彼がオオカミなら私はその辺に植わっている植物だろう。対象として見られていないのだ。
だからこそ、この恋は叶うものでは無いのかもしれない。
だが、もともと自分はそういう結果を望んでいた事になる。
「エリファスさんは手強いんですなぁ。勿論、魔法の方も凄いようですけど」
「えぇ、負けませんよ。明日の模擬戦は」
急にムスッとなるルプラ。
「トイロも強いですよ、」
「ふふふ、さぁ、どうでしょう」
「あはははは」
次回から本気で模擬戦です。
後、二、三話で合宿編は終わりになるかなぁ。あまり進みは早くないですね。そろそろ決戦編も構想がだいたい練り終わってますので、完結の目処は立ちそうです。(あとは作者のやる気のみ)
余談です。
唐突ではありますがある作者に共感してちょっと思った事を。最近、リアルでも小説でも時事ネタが本当に使い辛い、いやこの作品はそう言う時代をなぞるネタは全く持って皆無なのですが……。やっぱり昔みたいにテレビひとつで情報を得ている訳ではありませんから、知人と話していても「こいつこのネタ知らねぇのかよ」とか思ったり、思われたり……。取り敢えず最近は仕入れている情報元いいネタの統一性が無いですね。だから時事ネタは極力、使わないです。使ってみたら読者が知らないのが嫌ですし、作者もたまに読んでいてネタを知らない時あったりで結構時代遅れ何じゃね?って焦ります。
まぁ振り出しに戻って、余談書くくらいなら本編書けって話ですよね。でもこの後書き書いてる時が何だかんだ言って楽しかったりします。
追記:ご指摘や感想、ご意見ありがとうございます。書いているうちに迷走しそうになるので、助かっています。本当にありがとうございますm(__)m




